凡人が成果を出すための習慣

残業ゼロで成果を出すには、どうしましょうか?

異世界×プロジェクトマネジメント 第12話『スコープ管理すべし』

プロジェクトマネジメント知識をライトノベル感覚でお伝えする小説です。
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翌日、ヒロはいつものように定例を終え、ギルドの会議用に使っている一室に一人で残っていた。
メグやジュドーと言った、優秀なメンバーにもっとパフォーマンスを発揮してもらうにはどうしたらいいだろうか。
そんなことを一人、考えていたのだ。

ガチャッ

いきなり、ドアが開く音がした。
考え事に集中していたヒロは、ビクッとしてドアの方を見る。

「ヒロくん、ここにいたのかぁ」

ヒロの上司である、ギルド長のジューマンであった。
ひょこっとドアから顔をだした姿は、さながら親指のようだ。

「あ、ギルド長。
 何かありましたか」

「いやぁ、ヒロくん。
 頑張ってくれてるみたいだねぇ。
 そんなヒロくんに、折り入って相談があってだね…」

ジューマンからはだいたい丸投げや無茶ぶりが来る。
ヒロは嫌な予感がした。

「は、はい。なんでしょうか」

「キラーマンティスがね。
 最近増えてるらしいんだって」

「らしいですね
 私も、森で見たことがありますし。
 ゾームの影響で住処を変え、北上してきてるのかもしれません」

「うん、そうなんだよねぇ。
 でね?
 あの魔物…ゾームだっけ?を倒す兵器を作ってるでしょ?
 そこに、ちょちょっとキラーマンティスも倒せる感じに変更加えてくれない?
 キラーマンティスもゾームも、虫型の魔物でしょ。
 ちょちょいといけるでしょ、ちょちょいと」

何を言い出すんだ、この上司は。
ヒロは思った。
同じ虫型でも、キラーマンティスとゾームでは全く違うモンスターだ。
ヒロたちはあくまでもゾーム討伐の仕組みを作っているのだ。
キラーマンティスなんて、今更言われても困る。

「えっと、それは一体全体、どういう理由からですか?」

「えっとねぇ。
 依頼があってね。
 キラーマンティス討伐のね?
 で、ヒロくん兵器作ってるから、その中でできたら、楽でいいなぁって思ってね?」

ファシュファルといい、ジューマンといい、ヒロに指示を出す奴らはなぜこうも適当なのか。
いや、グレンダール総指揮官は例外か。
そんなことを思いつつ、ヒロは答えた。

「いや、それは難しいです。
 新しい要件が入って来ると、費用も増えますし、なによりも再度兵器や討伐方法の設計が必要になります。
 スケジュールが…伸びてしまいますよ?」

「いや、そこを何とかしてよ」

「私もギルドに来る依頼を効率的に捌けたら、と思います。
 要望にお応えしたいのおは山々ですが…グレンダール総指揮官にどう説明したらよいやら…。
 キラーマンティス討伐をゾーム討伐と一緒にすべき必要性を、ギルド長が一緒に、グレンダール総指揮へ説明してくれるのであれば、可能かもしれません」

ジューマンが、めんどくさそうな顔をした。

「いや、それは…
 この案件の担当はヒロくんだからねぇ。
 私が出ていっちゃ迷惑かなぁと思うんだよねぇ」

 

こいつは、プロジェクトを膨らまそうとする人間だ。
ヒロはそう思った。

プロジェクトは周りから見れば、何かを成し遂げようとしている組織だ。
いろいろなことを実現してくれそうな組織に見える。

そんなプロジェクトに対して、あれもこれも、と要件を増やしてついでにやってもらおうとする人々がいる。
それが、プロジェクトを膨らませようとしてくる人間。
往々にして、プロジェクトの周りにはそんな人々がいる。

プロジェクトは目的があり、追加で入ってくるものがその目的に合致しているのであれば、受け入れることもある。

例えば、ゾームが他の地域でも発見され、それに対応するということであれば、王都をゾームから守るということに合致はしている。
その追加要望を受け入れることは検討すべきだ。
そして、要望が追加されれば、費用もスケジュールも変わって来る。
基本的には費用は増えるし、スケジュールは伸びる。

その管理は、《《プロジェクトの極意、スコープ管理》》である。
スコープとは範囲。プロジェクトが行う物事の範囲だ。
範囲を定義して起き、範囲が増えれば、コストやスケジュールを見直す。

そのコストを受け入れられるかどうか。
目的も考えず、コストの判断もなしにいきなり『これもやっといて』という人間は、プロジェクトマネージャーとしては毅然に対応せねばならない。

とは言え、ジューマンはヒロの上司。
ヒロは、個人的には徹底的に論理的に何がいけないのかジューマンに理解させたかった。
だが、感情で動いてはいけない。
ジューマンを言い負かしたところで、ヒロがすっきりするだけで、何も生まれない。
むしろ、ジューマンのプライドを気づ付けて敵対意識を持たれでもすれば、プロジェクトを妨害されるかもしれない。
上司とは、うまく付き合うべし。それがどんな上司でも。
これもヒロのモットーであった。

ヒロは仕事が増えるなぁ、なんて思いつつ、ジューマンに伝えた。

「キラーマンティス討伐は分けて、プロジェクト化したほうが良いと思います。
 少し、私のほうで検討しますので…」

言い終わる前に、ジューマンが言葉をかぶせた。

「よし、じゃあ、よろしく頼むよ!」

おいおい、ゾーム討伐プロジェクトで引き受けたわけじゃないぞ!?
分かってんのかコイツ!?
ヒロは焦りつつ、次の言葉を探した。

 

その時、ドアの方で声がした。

「失礼」

開きっぱなしのドアの前に、ランペルツォンが立っていた。

「ドアが開きっぱなしで、盗み聞きするつもりではなかったのだが、外からあなたたちの会話が聞こえてしまった。
 失礼ながら、少し気になったので発言してもよいかな?」

ジューマンからすれば、ランペルツォンは顧客であり上司のようなものだ。
ここは王国直轄の冒険者ギルドなのだから。

「お、ランペルツォン殿!
 最近はよくギルドにいらっしゃいますねぇ。
 ご足労をかけます」

「私はゾーム討伐プロジェクトのメンバーだからな。当然だ」

ランペルツォンの口から、プロジェクトと言う言葉が出た。
ヒロは、なんだかプロジェクトという概念を認めてもらったようで、嬉しく思った。

ランペルツォンが話を続けた。

「部屋の外で聞いていたが、ゾームの討伐に、キラーマンティス討伐の要件を加えようとしているのか?」

ジューマンを見通すような目で、ランペルツォンが見ている。
ジューマンは、汗を拭きつつ答えた。

「え、ええ…
 そのほうが効率的かと思いまして…」

「王国としては、ゾーム討伐とキラーマンティス討伐には、別の依頼料を用意しているはずだ。
 一緒にして、費用はどうするつもりなのだ?
 ゾーム討伐に上乗せするのか?
 それに、ゾーム討伐は急務だ。
 一方でキラーマンティス討伐は猶予がある。
 それを一緒にするのか?」

「え、いや…あの…
 ヒロくん、どうなんだい?」

何も考えてねぇな、コイツは。
ヒロは思った。
ヒロは話を振られたので、答える。

「一緒にしてしまう場合は、費用も変わりますしゾーム討伐のスケジュールも変わります。
 できなくはないでしょうし、メリットとしては、個別にプロジェクトを立ち上げるよりも同じ人員を使い合えるので、費用がさがるかもしれません。
 が、元々のゾーム討伐までの期間が延びる可能性を考えると、別にしておいた方がいいと個人的には思います」

ランペルツォンが、ヒロの話にうなずいた。

「私も、ヒロの言う通り分けておいた方が良いと考える。
 ジューマン殿の意見は?」

ジューマンはひきつった薄ら笑いを浮かべながら、答える。
汗が尋常じゃない。

「ランペルツォン殿がそうおっしゃるなら、そうしましょう!
 それがベストですよぉ!」

そういって、ジューマンは部屋からそそくさと出ていった。

部屋にはヒロとランペルツォンが残された。

「ランペルツォンさん、助けてくださり、ありがとうございます。
 正直、困っていました」

「たまたま聞こえたのでな…。
 このプロジェクトを阻害させるわけにはいかない」

 

ランペルツォンがヒロをじっと見た。
ヒロは何か言われるのかと思い、焦って目を離した。

が、ランペルツォンの口から出たのは意外な言葉だった。

「お前を見くびっていたようだ。
 私は、部外者というものを信用していない。そう言ったな…」

「え、ええ。
 確かに手厳しいことを言われた記憶がありますね…」

「それには理由がある…」

ランペルツォンが宙を見て、目線を上に向けて思い出すように話した。

「昔、王国兵と傭兵ギルドの傭兵で、共にモンスター討伐をしたことがある。
 オーガの群れの討伐だった。
 オーガは巨躯で、ランクも高い魔物だ。
 手練れをそろえる都合上、傭兵ギルドと協力して頭数を確保したのだ」

ヒロは、ランペルツォンを再び見た。
ランペルツォンが話を続けた。

「私も当時は兵士の一人だった。
 隣国から移動してきたオーガの群れがマルコ村の方へ向かっている、そう調査隊から連絡を受け、討伐へ出たのだ」

ヒロは神妙な面持ちでランペルツォンの話を聞いている。

「いざオーガの群れと対峙した時、傭兵たちは一向に戦わなかった。
 おじけづいたのか?そう思ったが…違った。
 オーガは人間も食べる。オーガたちは、恐らく、移動によってかなり長い間何も食べていなかった。
 空腹のせいだろう。弱るどころか凶暴性は増していた。
 我々をを見るや否や、襲い掛かって来るほどに。
 我々王国兵士は勇敢に戦った。
 だが、凶暴なオーガに捕まり、すぐに口にほうばられるものも、残念ながらいた」

ヒロは悲惨な状況を想像し、眉をしかめた。
満月の夜にゾームに捕食された冒険者の姿が、頭によぎった。
ヒロは尋ねた。

「傭兵たちはどうして、攻撃をしなかったんです…?」

「ずっと攻撃をしなかったわけじゃない。
 ただ、奴らは、兵士を捕まえて食しているオーガにだけ、攻撃を仕掛けたんだ」

「部外者…傭兵たちが、兵士を利用した…
 安全にオーガが倒せるように…」

「その通りだ。
 オーガは人間を食べている時、隙ができる。
 傭兵たちは、兵士を利用し、兵士を見殺しにし、オーガを狩ったのだ。
 その証拠に、傭兵たちは兵士にオーガの手が迫っても、全く助けようとはしなかった。
 そんな戦い方では、オーガの移動は止められず、マルコ村の逃げ遅れた村人たちも犠牲になった」

ヒロは察して答える。

「傭兵たちが、わざとマルコ村までオーガを引き寄せたという可能性すらあったとお考えですね…」

ランペルツォンが答える。

「ああ。
 傭兵たちは、自分たちが安全にオーガを殺すためだけに、村人も、兵士も見殺しにした。
 結果的にオーガは全て討伐できたが…
 村人と兵士の犠牲は大きなものだった…。
 私は、なんとか生き延びることができたが、多くの同朋を一日で失った」

「そんなことが…
 それで、王国以外の人間…部外者を信用しないんですね…」

ランペルツォンが続ける。

「他にも、ギルドのような部外者は報酬の高い方に寝返ったり、裏切ることが何度かあった。
 私は部外者を信用しないと女神ファシュファルに誓ったのだ」

ヒロは、あんな女神に誓ってもなぁと思いつつも、ランペルツォンがヒロにきつく当たっていた理由を理解した。

「だが…
 お前は王国の100年後のことまで考えて決断を下そうとしていた…
 信じて良いかもしれないと、少し思えた」

とても控えめな言い方だが、ランペルツォンがヒロを信頼しようとしてくれている。
それだけで、ヒロは嬉しく思い、礼を口にした。

「ありがとうございます!」

 

★つづく★