ヒロがこの世界にきて、一ヶ月が経過した。
森でキラーマンティスの群れを消滅させた後、ヒロはジュドーとメグに街まで送ってもらった。
シュテリア王国の王都、シュテール。
3万人ほどが住む、この世界では大きな街に分類される街だ。
”この世界”とは、この異世界のこと。
地球ではない。にわかには信じがたいが、ヒロは街の人々の話を聞いていて、確信した。
本当にファシュファルに異世界転移されたのだと。
一ヵ月前、ヒロが魔法をぶっ放した時、ジュドーから矢継ぎ早に質問を受けた。
メグからも
「あなた、何者?」
と少し感情をあらわに尋問された。
だが、ヒロは女神ファシュファルからお願いされた、としか答えられなかった。
ジュドーは
「すごいなおい!神の使いか!」
と興奮したが、メグは大魔法のすごさは認めたものの神の使いであるということは眉唾と思っている様子だった。
メグによれば、キラーマンティスを倒した破壊の魔法も、転移の魔法も、とてつもない大魔法で、使える人はシュテリアにはおらず、もはや書物にのみ書かれた伝説のようなものだと言う。
ファシュファルは、本当にヒロに対して大魔法の力を授けたということだ。
ヒロという謎の魔導士の存在は、ギルドへの土産としてはかなり有用だったらしく、ジュドーとメグ、そしてマーテルはそれなりの報酬をもらったようだ。
マーテルは途中で逃げたにもかかわらず、ヒロはジュドーとメグに平等に報酬を分けるように促した。
ヒロは、まだこの世界に来て右も左も分からなかったので、敵をなるべく作りたくないと考えたのだ。マーテルでさえも。
森での状況を覆した、半ば命の恩人たるヒロには、ジュドーもメグも従った。メグはしぶしぶだったが。
その後のシュテリア王国内でのヒロへの尋問は激しかった。
王宮へ連れて行かれ、いろいろと問い詰められた。
ジュドーとメグという知名度のある人間がヒロの大魔法使用を証言したことで、ヒロがとてつもない大魔導士と思われたのだ。
急に現れた大魔導士。何が目的なのか、皆いぶかしんだ。
だが、実際のところヒロは魔法が使えない。
森でなぜ使えたのかと言えば、女神ファシュファルの気まぐれのような気がする。
結局、王国の魔導士ケルンという老人にいろいろ体を調べられたが、危険性はなさそうなので解放された。
が、シュテリア王国配下には置きたいらしく、王国直轄の冒険者ギルドで働くことになった。
ギルドで働く人数は十数人。
その一員として、ギルドの受付雑務処理のような役割を任せられた。
そんなこんなで一ヵ月。
この世界の生活にも慣れ始めたヒロ。
この日も、昼時にギルドで冒険者からの受付をしていた。
冒険者ギルドはシュテール内にいくつかあるが、王国直轄の冒険者ギルドは最も規模が大きい。
国からの仕事もここで募集されるし、他国の仕事もこのギルドに集まりがちだった。
その分、冒険者の登録も最も多く、冒険者たちが仕事を探しに来たり、仕事を街の人が依頼しに来たり、ひっきりなしに人が来る。
今日も忙しかったが、少し人に切れ目ができ、ヒロは一息付けそうなタイミングだった。
「今日もヒロさん、がんばってますね」
そうヒロに話しかけるのは、ギルドで働く女性、レインだ。
金髪の髪を束ねた、活発な印象の従業員である。
仕事としては、何かといろいろこなす。事務処理から交渉まで、ギルドに関することならなんでもやってのける。
全ての仕事が完璧!と言うわけではないが、ギルド内ではとても重宝されている。
人当たりも良い。
若そうなのに、仕事ができる。素晴らしい人材だ。
しかも見た目も良いとくるので、看板娘のようになっている。
なお、ヒロが大魔法を使ったことは、一部の関係者を除き、伏せられている。混乱を招くのを防ぐためだ。
レインも知らない。
ヒロは、違う世界から来たと言うと信じてもらえないので、基本的に遠い国から来た、と自分のことを説明している。
その甲斐あってか、みな普通に接してくれる。
ヒロはレインに、自虐的に言葉を返す。
「いやぁ、そんなことはないですよ。
レインさんはすごいですよね。
レインさんと話すために来た冒険者が、私が受付だった時の落胆の顔をよく見ますから」
レインがさらに返す。
「ギルドで働いて、結構経ちますから!
"一日の長"です。
ヒロさんの受付も、なかなか評判が良いんですよ?聞いたことありませんか?」
「私の受付が評判が良い…?いや、それは初耳…」
と話している最中に、冒険者と思わしき男がヒロのもとにやってきた。
ヒロはレインに会釈し、仕事に戻る。
「お越しいただき、ありがとうございます。どんなご用件でしょうか?」
ヒロはつつがなく対応した。
冒険者の男が答える。
「仕事を探してるんだ」
「なるほど、どのようなお仕事をお探しで?」
「魔物の討伐…東のケーナ平原での魔物討伐依頼はないか?」
「ございますよ」
ヒロは依頼書を何枚か取り出した。
「今はこの4つ、依頼が来ていますね」
男はじっと依頼書を見た。内容を吟味しているのだろう。
「うーん、そうだなぁ…」
男は悩んでいる様子だ。
ヒロはそれを見て質問した。
「お悩みのようですね。差し支えなければ、どんな依頼をお望みか、お聞かせ願えますか?」
「ああ、飛んでいるタイプのモンスター討伐をしたくてな。
たしか、ケーナ平原には鳥系のモンスターがいるだろ?大型のヘルバードとか。
そんな依頼はないかと思って」
「ああ、今はケーナ平原には鳥系モンスターの討伐依頼はないですね」
ヒロがそう答えると、冒険者は残念そうにした。
「そうか…」
ヒロはまだこの冒険者の要望を聞ききれていない。
もう少し要望を深く確認すれば、他の依頼でも満足してもらえるかもしれない。
ヒロはそう考え、質問を投げかけた。
「なぜ飛んでいるモンスター討伐をご希望で?」
「恥ずかしい話だが、弓を新しく強い弓にしたんだが、少し扱いが難しくてな。
弓の腕を上げたくて、練習を兼ねた依頼がないか探しているんだ」
「なるほど。でしたら、アルト川でペリニー討伐の依頼がありますよ」
「ペリニーって、超すばしっこい小型の鳥か?
それは、ちょっと弓で射るには難易度が高すぎるぞ…」
「魔物の動きを遅くする”スピードダウン”が使える魔導士がギルド登録しておりますので、一緒に行かれると良いかと思います」
「おお、それは良いかもな!」
そうして、男は依頼を引き受けた。
受付を終えたヒロに、レインが待ってましたと声をかける。
「そうそれ!その対応ですよ!それが評判良いんです!」
「この対応って…普通の対応でしょ?」
「いえ、私もそうですけど、ギルドの受付なんて、冒険者の依頼を聞いて、希望のものを単純に提供するだけなのが普通です。
さっきの冒険者で言えば、ケーナ平原で鳥型モンスターの討伐依頼がない、と言う時点で、ギルドからの依頼紹介は終わりです。
ヒロさんみたいにわざわざ話を深堀して、要望に合った依頼を提案するなんて人は、いないですから!」
「そういわれてみると、確かに」
レインも、他のギルド受付の人間も、ヒロのような対応はしていない。
この世界には、知識労働の体系的なノウハウはまとまっていないのだろう。
相手の行動の目的を聞く。
相手の口から出た要望は表面的なこともあるので、さらに掘り下げて聞く。
プロジェクトマネジメントの極意。質問による真意の確認。
クライアントの要望を実現するには、真意を掘り下げる質問は欠かせない。
要望を確認するという、プロジェクトで要件定義する上での基本を行っているだけだ。
ヒロはそう思った。
「これ、評判広まっちゃうんじゃないですか?冒険者のコミュニティは情報交換が早いですから。
そうしたら、もっと忙しくなりますよー?」
レインがいたずらそうに笑いながら言った。
ヒロは、この世界で生きていく上で、冒険者へのコンサルティングっていうのも悪くないなぁ、なんて思っていた。
だが、ヒロがプロジェクトマネージャーとして力を発揮するべき案件が、すぐに姿を表すことになる。
★つづく★
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