凡人が成果を出すための習慣

残業ゼロで成果を出すには、どうしましょうか?

異世界×プロジェクトマネジメント 第7話『要件定義するべし 後編』

プロジェクトマネジメント知識をライトノベル感覚でお伝えする小説です。
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そして、今は冒険者ギルド事務所の一室で、メンバー数人と集まって要件定義書を書いている。

メンバーの一人は兵器開発全般に詳しいランペルツォン。
もう一人は、魔道具に精通したマーテル。兵器は魔道具中心で構成されるためだ。
そして、実際に戦った者としてメグ、ジュドー。
加えて、レインとヒロである。
サレナは予算の都合上、ゾーム調査のみの依頼となり、打ち合わせには入れられなかった。

ヒロは、戦いの記録を元に、簡単にゾームの倒し方を書き出した。

①ゾームの機動力を削ぐ
②ゾームの上半身の人間部分に剣を刺す
③雷撃の魔法を剣に通す
④弱ったゾームの首を切り落とす

「この4ステップを、安定的に行える仕組みが必要です。
 一体どんな兵器にする必要があるのか…その要件を文章として書くのが、今日の目的です」

プロジェクトマネジメントの極意。プロジェクト会議は目的を明確に
ヒロは、会議を始める時にまず、目的を伝えるようにしている。
これから何を話し合うのか。
ただ、何となく集まって話し合い、特に進展ないまま次の会議をまた開くことになってしまう”会議のための会議”を防ぐには有効だ。

キラーマンティスに襲われたときもそうだったが、チームで仕事をする上では、目的を意識合わせすることは物事を進めるうえでまずすべきことだ。

レインが目を輝かせながらヒロに聞いた。

「ほほう!
 で、どう進めるんですか!?」

相変わらず知的好奇心が旺盛だ。

「議題としては、次のような感じですかね」

そう言って、ヒロは黒板に書き出した。
この世界にも黒板があり、みなに見える形で文字を書く時には重宝している。

議題1
 倒し方のステップをどう実現するかの意見出し
議題2
 倒し方案の確定
議題3
 倒し方案を実現するための要件の文書化

「簡単に言えば、倒し方4ステップを兵器などの仕組みで実現するには、具体的にどうすればよいか?をみんなで考えて案を出します。
 その後、議題2で案の中から方法を決め、議題3でその実現のために兵器などの仕組みに持たせる機能を明文化します」

ジュドーが眉にしわを寄せている。

「うん。よくわからん…」

「ははは…
 まぁ、やってみるのが早いです」

ヒロはジュドーを見てそう答え、会議を進めた。

「まずは、議題1の”倒し方のステップをどう実現するかの意見出し”ですね。
 ”ステップ①ゾームの機動力を削ぐ”ですが、実践ではサレナさんが技を使ってゾームの足元をぬかるませていました。
 ゾームの機動力を削ぐための一般的な方法って、他には何がありますか?」

ジュドーがまず意見を言った。

「特技で言えば、サレナの使ったトラップ系の他に、戦士系の特技で地面に剣を突き刺してモンスターの足元で小爆発を起こすような技はあるな。
 ゾームを転ばせることはできるかもしれないぞ。
 ただ、誰もが使える技ってわけじゃないが…」

ジュドーは率直に意見を言ってくれる。こういう人間は会議を活発化するためにはとてもありがたい。
ヒロはそう思った。

「なるほど。
 マーテルさん、ジュドーさんの言う技は魔道具で再現できるものですか?」

ヒロはマーテルに話を振った。

「出来なくはないですが、トラップ系のほうが簡単ですねぇ。
 なにより、トラップ系の魔道具は需要がありますが、戦士の使う特技を模した魔道具は需要が少ないのです。
 魔道具は補助に使ったり、込められた魔法の力で遠隔的に攻撃できることが利点ですからね。
 直接、武器で攻撃する技を再現するのは、あまり現実的ではないですから」

このような感じで、徐々に議論が進んでいく。
みなの発言も多くなってきた。
レインも議論に参加する。

「じゃあ、比較的魔導士の中でも覚えやすいスピードダウンの魔法とかが、ゾーム足止めにはいいんじゃないですか?」

マーテルがレインを顔をかしげて見ながら返す。

「ゾームは魔法のバリアがかかっています。スピードダウンの魔法は効きませんよ。
 素人は黙っていてください」

レインが、みるみる委縮する。しょんぼりと言う感じだ。
ヒロは、すぐさま介入した。

「マーテルさん。そう言わずに。
 マーテルさんの専門知識は偉大です。
 一方で、レインさんのように素人だからこそ、出てくる意見もあるでしょう。
 レインさんも思う存分発言してもらいたいんです」

ヒロはそう言ってレインに優しく微笑んだ。
レインの緊張がゆるむ。
マーテルはしばらく逡巡した後、分かりました、と答えた。
その後、メグがポツリと言う。

「マーテルの言う通り、スピードダウンはバリアに阻まれる。
 けど、地面にツタをはって足にからめるアースバインドなら、地面への魔法なのでゾームに魔防バリアがあっても関係なく使える」

ジュドーが乗っかる。

「確かにな。
 魔法でもゾームへ直接かける魔法でなければ、使えるよな」

素人の意見でも、こんなふうに議論は活発化する材料になる。
誰も話さない、と言う状況はチームとしては機能しづらい状態なので、ヒロは誰もが話しやすい雰囲気づくりに注力している。

 

「でも、弱い魔法なら魔道具に頼らずとも、魔導士にかけさせればいいんじゃないのか?」

 

ランペルツォンが発言した。
すぐさまマーテルが反論する。

「魔道具を使わずして、何が兵器ですか?」

ジュドーもかぶせて言った。

「確かに、兵器じゃなくなるよな…」

ここで、ヒロが意見を述べる。

「このプロジェクトの目的と達成条件を思い出してください」

ヒロは、プロジェクトの目的と達成条件を見せた。

・プロジェクトの目的
  ゾームの襲撃に対して、王都の人間を守る

・プロジェクトの達成条件
  ゾームからの襲撃があった際に、二ヶ月間で死亡者お呼び重傷者を3人以下に抑える兵器を作る
   三度の満月連続で3人以下となれば、プロジェクトは完了とする

ヒロは言葉を続ける。

「これは、兵器で実現しないといけないわけじゃありません。
 それこそ、全て人力でできるならそれでも良いとは思います。
 ジュドーさんやメグさんのような特別な人しかできない方法で実現するのは、必ず高レベルの冒険者がいないと実現できないという点で安定しません。
 ですが、誰もが使えるような魔法や技で実現できるなら、安定的な仕組みにはなるでしょう」

ヒロは思った。
これは、プロジェクトにおいて陥りがちな状態だ。

手段が目的になってしまう、というもの。
”兵器を作る”というのはあくまでも目的達成のための手段であるのに、そこにこだわってしまう。

プロジェクトの目的や達成条件を見失わずにプロジェクトを進めること。
これもまたプロジェクトマネジメントで重要なことだ。

 

そうして、意見出しは進んでいった。
議題1の”倒し方のステップをどう実現するかの意見出し”があらかた出尽くした。
そうして、議題2”倒し方案の確定”にて議論した結果、下記の案が出来上がった。

ゾームの安定した倒し方案

①ゾームの機動力を削ぐ
 案1:トラップ系魔道具を兵器に組み込む
 案2:アースバインドの魔法を魔導士がかける

②ゾームの上半身の人間部分に剣を刺す
 案:金属の矛を射出して刺す機能を兵器に組み込む

③雷撃の魔法を剣に通す
 案:刺さった矛に魔道具で雷撃を通す機能を兵器に組み込む
 ※矛を刺してから雷撃までのタイミングが難しいので、
  魔導士による魔法ではなく②と③は魔道具での一連の流れにする

④弱ったゾームの首を切り落とす
 案:人力で首を落とす

要約すると、魔道具か魔導士部隊で機動力を削ぎ、兵器から金属矛を射出してゾームに突き刺す、そして矛に兵器から魔道具で雷撃を通し、弱ったところを人間が首を落としてとどめを刺す、ということになる。

10体同時にゾームが襲ってくると想定すれば、この兵器は10台必要になる。魔導士部隊も10人必要になる。
④の最後に首を落とす担当は少なくても良いかもしれないが。

ゾームの機動力を削ぐ部分に2案あるのは、費用の問題だ。
トラップ系魔道具と、魔導士部隊の動員と、どちらが費用対効果が高いか。
それがわからないと判断できないため、2案とも残している。

ただ、マーテルとしては2案残っていることが気に入らないようだ。

「魔導士部隊を使うよりも、魔道具を兵器に組み込んで対応するほうが安定しますよ。
 いっそのこと、トラップ系魔道具だけでももっと大量に用意して、王都の周り全てにいつでもトラップを発動できるようにしてはいかがでしょうか?」

ランペルツォンが言う。

「それは、どれだけ費用がかかるんだ。現実的じゃあないだろう。
 マーテルは自分の魔道具を売りたいから、そう言ってるんじゃないのか?」

「正直に王都のことを思って言っているのです。
 ただ、ある一定以上の売り上げや利益が出ないと、商売人としてはやる気が出ないのは事実ですがね」

「隣国との緊張状態は知っているだろう?
 そんなに膨大な支出は出せない」

マーテルは眉間にしわを寄せつつ、反応した。

「ちんけな商売なら、私はおりますよ」

次はジュドーがマーテルに言葉を放つ。

「おい、王都の危機なんだぞ!?
 サムソン村の状態を見ただろ?
 なぜそんなに自分のことばっかり考えるんだよ!」

「商売人は自分の利益あってこそです。
 この国が滅びようとも、金があれば他の国で生きていけます。
 正直、私には国の存亡などどうでもよいのですよ」

一触即発の雰囲気になった。

 

ヒロがまたも介入する。

「マーテルさん。
 マーテルさんの魔道具の供給力はシュテールで最も高いですし、あなたの知識も必要です。
 なるだけあなたの意向に添えるようにはしたいと思います。
 ですが、我々の顧客たるグレンダール総指揮官が費用について良しと言わない限りは、実行できません。 
 この案件の取引が全くなくなるのは、マーテルさんとしても得策ではないでしょう?
 王国との大きなパイプもできることになりますし」

マーテルがふてくされた様子で答える。

「まぁ、魅力的な案件であることは確かです」

「少なくとも兵器に使う雷撃発生の魔道具は必要になりますし、王国との大きなコネもできます。
 まずは、魔道具を使った場合の費用がいくらぐらいか、算出していただけませんか?
 折り合えば、魔道具の採用を優先します。そのほうが仕組みとして安定するというのは、事実ですから」

マーテルが答える。

「手を引くとさっきは言いましたが、確かに案件がなくなるのは嫌ですからね…」

「ランペルツォンさん、ジュドーさん。
 すべてを魔道具で賄う、というのは人手を使うよりも危険も減ります。
 理想と言えば理想です。
 だから、マーテルさんの言うことも間違ってはいない。
 ただ、ランペルツォンさんのおっしゃるとおり費用との折り合いが必要なので、その範疇でできるだけ魔道具を採用していくというのが良いと私は思います」

ジュドーは息をふーっと大きく吐きつつ、言った。

「ヒロがそう言うなら、分かった」

ランペルツォンは、了解した、とだけ言った。

その後、さらに細かく要件を書き、文書にした。
議題3の”倒し方案を実現するための要件の文書化”である。
例えば、射出する矛はどの程度の強度で打ち出されるべきか、ゾームとの距離をどう想定するか。
次のフェーズである”フェーズ②兵器の設計”にて必要なインプットだ。
一部人手が入っているので、”兵器”だけではなくなったので、”フェーズ②討伐の仕組みの設計”としたほうがよさそうである。
なんだか奇妙な日本語で、”討伐システムの設計”とするのが正直しっくりくるのだが、この世界では”システム”という単語は一般的ではない。
便利な単語だったんだなぁ、とヒロはしみじみ思った。

こうして、調査フェーズの大部分は終了した。
後は、次のフェーズのスケジュール、費用を明確にして、調査フェーズの結果とともにプロジェクトオーナーであるグレンダール総指揮官へ報告し、次フェーズ実行の承認がもらえれば次に移ることができる。

メンバーはそれぞれ帰って行った。すでにギルドの営業時間は過ぎている。

 

今は、レインとヒロでギルド事務所の戸締りをしている。

「ヒロさん、マーテルさんはプロジェクトから外したほうがいいんじゃないですか?
 あの人、道具使いとか商売人としてすごいの知ってますが、感じ悪いですよ」

「まぁ、確かにマーテルさんには相手への配慮に欠ける点はありますが…
 それでも、彼はこのプロジェクトに必要な人材です」

チームの和を乱す人間は、どこにでもいる。
可能であれば、そういう人間は排除する。それもチームでプロジェクトをうまく進める際に必要なことではある。

が、人的リソースの采配はなかなか難しいものだ。
元の世界のプロジェクトでも、更新対象の既存システムを知っているのはこの人しかいない!となれば嫌な人でもプロジェクトには必要になる。
専門知識、立場、様々な理由でプロジェクトにメンバーとして入れざるを得ないことは多々ある。

レインが反発する。

「もっと、ヒロさんも怒ってくださいよ!
 ヒロさんなら、あの人を言い負かすことなんてできるでしょ!?
 なんかこう…痛めつけて悔い改めさせたいんです!」

「言い負かすなんて、とんでもないですよ。
 思い出してみてみてください。
 レインさんが初めに発言した時、マーテルさんが”素人は黙っていてください”と否定しましたよね。
 その時、どう思いましたか?」

「あの時は、ショックで、私なんかが話しちゃいけないのかな、もう怖くて話せない。
 そんな風に思いましたよ。
 まったく、嫌な人です」

「もう話せない、話したくない。そう思っちゃいますよね。
 私がマーテルさんを仮に言い負かしたとして、マーテルさんも同じように感じるでしょう。
 そうなると、マーテルさんは意見を言わなくなります。
 せっかくの、マーテルさんの専門知識が生かせなくなるのです。
 そんなことが続いて行けば、レインさんが否定されたようなやりとりがどんどん増えていきます。
 いつしか、誰も意見を言わない、殺伐としたチームになってしまいます。
 それだけは、プロジェクトマネージャーとして阻止しなければなりません。
 正直、私もマーテルさんは好きにはなれませんが、プロジェクトの目的達成のためにはうまくやっていく必要があると思っています」

ヒロがプロジェクトマネージャーとしてふるまう時に最も気にしていること。
プロジェクトマネジメントの極意。感情的にならないことだ。

感情に任せて人に攻撃したり、人を言い負かしたり、貶めたり。
それは、一時自分はスッキリするかもしれない。

だが、プロジェクトチームで目的を達成する上では、全く良い点はない。
ヒロが冷静にマーテルに言葉を返していたのは、その意識が強く働いていたからだ。

レインが驚いたような表情でヒロに話す。

「そんなことまで考えていたんですか。
 嫌な人とも、人当たり良く接する…ストレスたまりそうですね。プロジェクトマネージャーって」

「辛いこともないといえば嘘になりますが、私はプロジェクトで目的を達成し、役に立つことが好きなんですよ。
 うまく物事が進むって、楽しくないですか?」

「確かに、私もギルドの仕事がうまく進むとうれしいです。
 感情的にならない…か。忘れないように、メモしておきますね!
 ヒロさんみたいに、もっとうまく進められるようになったらどんな世界に見えるのか、私も見てみたいですから」

さっきまで腹を立てていたのに、どこまでも前向きな娘だなぁ。
ヒロはそう思った。

 

★つづく★