凡人が成果を出すための習慣

残業ゼロで成果を出すには、どうしましょうか?

異世界×プロジェクトマネジメント 第8話『暫定対策すべし』

プロジェクトマネジメント知識をライトノベル感覚でお伝えする小説です。
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ヒロは机に向かい、悩んでいた。
コストという問題に直面しているためだ。

昨日、グレンダール総指揮官へ調査フェーズの報告と、次のフェーズであるゾーム討伐の仕組み設計フェーズの開始承認を得るため、王宮へ足を運んだ。
事前に次のフェーズの計画を伝えるという点をヒロはグレンダールに話していたため、王国の経理担当が報告の場に同席していた。
オールバックで、眼鏡をかけた神経質そうな男だ。名前はリーガルという。

プロジェクトチームとしてその場に居合わせたのは、ヒロとランペルツォンである。
ヒロが報告と、次のフェーズの説明をした。
兵器の話に入った時、経理担当のリーガルが口を挟んだ。

「私は、そもそもこのゾーム討伐に兵器が必要というのが納得できません。
 冒険者で討伐ができたのでしょう?
 ゾームの調査も一流の冒険者へ依頼して費用がかさみましたが、なぜわざわざ国庫から費用を出し、兵器を作る必要があるのです?」

「おっしゃる通り冒険者や王国の兵士、魔導士でも討伐は可能でしょう。
 が、ゾームは強力なモンスターです。
 全て人力で対応すると、けが人や死人が多く出てしまいます」

「ジュドー殿やメグ殿と言った、強い冒険者に頼れば、死人も出ることなく倒すことはできるのではないですか?」

「ゾームを討伐する力を彼らは持っています。ですが、サムソン村は10体以上のゾームに襲われています。
 複数のゾームを同時に相手するとなると、いかに高レベルの冒険者と言えでも危険だと考えています」

「高レベルの冒険者は王都に、他にもまだいるでしょう。
 集めれば、複数のゾームにも対応できるのでは?」

「高レベルの冒険者は需要がそれだけ高いですから、依頼するための費用が高くなります。
 ゾーム調査でかかった費用同様…。
 長い目で見れば、兵器を作る方が安くつきます」

「国の危機ということで、国の命令として低賃金での防衛命令を冒険者にだせば、費用は抑えられます」

なんだそれ。治安維持法か?
ヒロは思った。
グレンダール総指揮官が助け舟を出してくれた。

「リーガルよ。そんな、奴隷のように冒険者を扱ってもやる気を出してはくれまい」

ヒロもそう思った。
マーテルのように自分の利益が第一の人間もいる。
まともに戦わない人間も出てくるかもしれない。
だが、リーガルは折れない。

「グレンダール総指揮官。そうは言いますが、私の使命は費用が抑えられるものは抑えることなのです。
 やる気なんて良く分からないものが原因で費用が上がるというのは、私には了承できません」

結局、リーガルを納得させることはできなかった。
だが、ヒロは焦りつつも次の満月への対策費用を確認する。

「分かりました…次フェーズの費用については再検討します。
 ただ、次の満月はもう2週間後です。
 そこへの暫定対策は、ゾームの倒し方を冒険者たちへレクチャーし、討伐依頼する他ありません。
 その費用については、了承いただけるでしょうか?」

リーガルがメガネを右手でつまみ上げながら答えた。

「高レベル冒険者への依頼が本当に必要であるかが分からない状況ですので、一般レベルの冒険者への依頼、および少し王国兵を充てるということで初回のゾーム対策費用とするのであれば、許容できます」

「了解しました」

少し悩ましい表情をするヒロに、グレンダールが話しかけた。

「ヒロ殿。
 すまないが、次フェーズの費用について再度検討をしてきてくれ。
 リーガルはシュテリア国王からも信頼が厚い。
 ゾームの調査は他に方法が無いということで無理やり通したが、本来は私の一存では費用に承認を出すことはできないのだ」

 

 

そして一日が明け、ヒロはどうすべきか悩んでいた。
解決すべきことは一つ。
”フェーズ②討伐の仕組みの設計”の費用をどうリーガルに納得してもらうかである。

リーガルは費用を抑える、という使命に実直だ。
この国に必要な経費は、このプロジェクトだけではないのだから、当然だ。

だが、ゾーム討伐にもある程度の費用をかけないと、多くの人間の命が奪われる。
投資コストでどれほどの人間が助かるのか。どれほどこの国に良いことがあるのか。
リーガルを説得するには、費用としてそれを説明せねばならない。

プロジェクトマネージャーがすべきことは、ざっくり言えば、プロジェクト目的を達成できるように何とかうまくやるということだ。
プロジェクトに必要な人材、費用。プロジェクト達成に必要なものを手に入れられるようにすることと、プロジェクトマネジメントの一つである。
リーガルからプロジェクト完遂のための費用が引き出せないようでは、プロジェクト目的は達成できないだろう。
きっと、死人が多く出る。
そうなれば、プロジェクトマネージャーであるヒロの重責である。そうヒロは考えるのだった。

次の満月、つまり次にゾームが襲ってくるであろう夜に対しては、暫定対策を取る費用承認はもらった。
その準備も始める必要がある。

ヒロは悩んだ。
悩んだ挙句、一つ、説明のための策が思い浮かんだ。
ただ、それはヒロにとってはあまりとりたくない、残酷な選択肢ではあった。

 

満月まであと2週間。
ギルド長ジューマンに許可をもらい、レイン経由でゾームに対抗する冒険者と兵団の兵士や魔導士を集めた。

そして彼らを討伐隊と名付けた。

彼らに求めることは、3人一組となってジュドー、メグ、サレナが立てたゾームの討伐方法を覚えてもらい、満月の夜に実践してもらうことだ。

サポート担当がゾームの機動力を削ぐ。
接近戦闘担当がゾームへ金属の武器を刺す。
魔法攻撃担当が雷撃の魔法を金属武器へ落とす。
最後に、接近戦闘担当がゾームの首を落とす。

ジュドー、メグ、サレナは湿地帯での戦いで簡単にやってのけたが、本来はチームワークが必要な行為である。
2週間かけて、3人組での一連の討伐の流れをレクチャーし、いくぶんトレーニングしてもらう必要がある。

次のフェーズがまだ始められない今、暫定対策に注力するしかない。
ジュドーとサレナの人徳もあって、急遽集められた討伐隊も素直にレクチャーを受け入れた。

ヒロは討伐隊への目的説明を熱心に行った。
目的が明確でなければ、集団でうまく動くことはできない。

ヒロは冒険者や兵団たちとの触れ合いも多くなった。

そんな折、ある冒険者からジュドーやメグについての話を聞く機会があった。
トレーニングの休憩中の雑談の時である。

「ジュドーさんもメグさんも、今では冒険者のあこがれの的ですよ」

ヒロは言葉を返した。

「やっぱり、そうなんですね。
 私は戦いのことには詳しくありませんが、二人ともモンスターに対して、とても的確に行動されますよね」

「ヒロさんは来て数か月だからあまり知らないでしょうけど、二人とも、ここ数年で一挙に成長してトップになったんです。
 私は魔導士なので、メグさんにあこがれています。
 私よりも年下なのに、あんなに魔法がつかえて…
 メグさんにもちろん才能はあるでしょうが、それ以上にコツコツ努力して魔法を身に付けたことが一緒に仕事をするときにわかるんです」

メグは両親の仇であるエルザスに復讐するため、攻撃や調査の魔法をとにかく訓練して覚えたのだろう。
回復魔法が使えないのは、復讐に焦点を置いているからかもしれない。
メグが早くに目的を達成し、呪縛から逃れられれば良いな。
ヒロはそう思った。

そうして、時間は経っていった。
2週間が過ぎ、夜が訪れた。

 

空を見ると、満月。
ヒロは緊張していた。

死と隣り合わせの戦場をすでに何度が経験したヒロだが、慣れるものではない。
できれば逃げたい。

ヒロとしては、今時点でできることはやったつもりだ。
そういう意味では、開き直って自信が多少ある気持ちもあった。

ゾームが襲撃してきたとして、何体来るかは分からない。
だが、費用との折り合いで10体まで同時に対応するための人数である30人、10組の討伐隊を確保できた。

それとは別に、ジュドー、メグを隊列に加えている。
もうゾームの倒し方の要件定義は終わっているので、ジュドーとメグには上位の技や魔法を思う存分使ってよいと伝えている。

これで、10体以上のゾームが来たとしても対応ができるだろうという算段である。


王都シュテールは城壁に囲まれている。
街の端と外の境目は、全て壁。
そのため、迎え撃つのは壁の外。

城壁の外は荒野が広がる。
夜で真っ暗な荒野を臨みつつ、ヒロと冒険者は待機している。

中に入られれば街の人に多くの被害が出るため、プロジェクト達成条件である”被害者5人以内”は満たせなくなる。
外で討伐しきることが条件なのだ。

ヒロは満月の明かりに照らされても、それでも真っ暗な街の外を眺めている。
ゾームが必ず襲撃にくるとは限らない。もしかしたら、来ないかもしれない。
もう他の国に移動したかもしれない。
そうであってほしいとヒロは願う。

だが、冒険者の一人が、悲報を叫んだ。

「赤い光が見える…!」

そうか、来たか。ヒロは思った。
冒険者並みの視力がないヒロには、まだ赤い光は見えない。
だが、ジュドーもメグも南を見て武器や杖を構えた。
ジュドーが真剣な顔でつぶやいた。

「数が…多そうだな。
 10体以上いるかもしれない」

徐々に、ヒロにも赤い光が見えた。
確かに、かなりの数の赤い光がうぞうぞとこちらへ向かって動いているように見える。

ジュドーが叫ぶ。

「全員、配置に付いてくれ!」

冒険者たちが3人一組で横に広がった。
メグとジュドーは隊列の中心に陣取っている。
ヒロは戦いにおいて足手まといなので最後尾にいる。
だが、隊列に参加したのは、大魔法を使えるかもしれないという一縷の望みがあるためだ。

ジュドーが鼓舞する。

「トレーニング通りにやれば、ゾームは倒せる!
 みんな、見た目は恐ろしいモンスターだが、落ち着いて対応してくれ!」

了解、とか、おう!とか、それぞれの冒険者の声が聞こえた。
そうして、一度目の満月においての戦いが始まった。

 

 

城壁に備え付けられた明かりに照らされ、ゾームの姿が見え始める。
15、6体はいる。
ヒロはゾームをとっさに数えた。

整列しているわけでもなく、雑多にこちらへ突っ込んでくる。

冒険者たちが迎え撃つ。

サレナがトラップをかけたように、足に特技や魔法をかけて、ゾームの軌道を削ぐ。
ゾームから糸が吐かれれば、接近戦闘担当が糸を、薙ぎ払う。
足を止めることができたら、すぐに接近戦闘担当の冒険者が技を使って剣や槍を刺し、魔道士が雷撃をお見舞いする。
ただ、10組しかいないため、全てのゾームを止めることはできない。

トラップを逃れたゾームが2体、ヒロのいる最後尾へ迫る。
だが、ジュドーとメグがそれを許さない。

「剣技強化!」

ジュドーがそう叫ぶと、彼の体がほのかに青白く光った。
身体能力を底上げする特技である。

そのまま、ジュドーは剣を両手で構え、続けざまに特技を放つ。

「絶技、瞬(またたき)!」

ジュドーが、ヒロの視界から消えたように見えた。
気が付くとジュドーはゾームの後ろにいる。
そして、ゾームの8本の脚全てが、第二関節と第三関節の間あたりで切り落とされていた。
目にもとまらぬ速さ、とはこのことだろう。ヒロにはジュドーが斬っている様は、全く見えなかった。

ゾームは腹を着き、動けずにじたばたしている。

そのまま、ジュドーは後ろからゾームの体に駆け上がり、首をはねた。

「これが、ジュドーさんの本当の実力なのか…。
 ジュドーさんが10人いれば、兵器なんていらないなぁ」

そんな独り言をヒロはつぶやいた。
だが、そんな特殊な人間ばかりではない。彼は王国でもトップの剣士なのだから。
このプロジェクトは誰もが扱える兵器で、ジュドーと同等の成果を対ゾームにおいて出すことなのだ。

「ヒロ、もう少し下がって。
 ちょっと、強い魔法使うから」

ジュドーに首付けなヒロの耳に、メグの声が聞こえた。

「は、はい!」

ヒロはすぐに走ってメグから離れた。
ゾームがメグの目の前まで来ている。

だが、すでにメグは魔法の”アースバインド”を唱えていたようで、ゾームの足元にツタが絡まっていた。
ゾームの動きは鈍くなったが、強力な力でツタを引っ張り、ちぎりながらメグの方へ近づいていた。

ゾームを尻目に、メグは目を閉じて呪文を唱えている。
杖が黄色く光る。
そして、メグが杖を上に振り上げた。

「ストームスフィア!」

ゾームの周りに稲妻が現れる。
イメージで言えば、静電気を発生する丸い装置。その装置の中心にゾームが閉じ込められたような状態だ。
直後、ゾームに対して、四方八方から雷撃が降り注ぐ。
ゾームには魔法を封じるバリアがある。
そのバリアが反応し、紫色に光った。
だが、激しい雷撃にさらされ、次第にバリアが割れていくのがヒロの目にも見えた。

数秒後。
ゾームは黒焦げになった状態で、ドサッと倒れた。

メグも、強力な魔法でゾームを葬った。

ジュドーとメグは非常に心強い。ヒロは思った。

周りを見ると、他の討伐隊も善戦している。
暫定対策は、うまくいったと言えそうだ。
ヒロに充実感が満ちてくる。

だが、ゾームの数が多い。
冒険者の足止めを逃れたゾームがさらに1体、すでに他のゾームと戦っている冒険者たちに不意に襲い掛かる。

近くにいたメグが、そのゾームに対して応戦しようとした。

「…え?」

だが、ゾームを見た途端、メグの動きが止まった。
メグがなぜか攻撃をやめたため、ゾームが冒険者たちに襲い掛かった。
3人一組の冒険者の内、足止めを担当している冒険者の体が、ゾームのとがった足に突き刺された。
大きな悲鳴。そして、そのまま蜘蛛の頭によって無残にも捕食された。

「仲間がやられた!
 撤退だ!」

残った討伐隊が叫ぶ。
3人のうち一人でもやられたときには、すぐにそのグループは撤退するように指示を出している。
だが、ゾームとの距離が近い。もともと対峙していたゾームもいるので、2対に囲まれる形である。
続けざまにゾームは討伐隊のメンバーを攻撃し、もう一人も突き刺されてしまった。

そこに、ジュドーが助けに入り、冒険者が刺さったゾームの足を切り落とす。
突き刺された冒険者は捕食は免れたが、重傷である。
ジュドーはそのまま、剣で2体のゾームの攻撃を華麗に捌くが、さすがに2体相手だと防戦一方だ。

「おい!メグ!
 どうしたんだ!」

ジュドーがメグに向かって怒鳴る。
メグは立ち止って小刻みに震えながら、呆然としている様子だ。
ヒロもメグの様子がおかしいことを察知し、メグの元へ向かった。

「ダメ!
 そのゾームを倒しちゃダメ!」

メグから予想だにしない言葉が発せられた。

「どういうことですか!?」

ヒロが問いかける。

「そのゾームは、兄さんの姿をしているの!
 殺さないで!」

メグは、いつもの無表情ではなく、泣きそうな顔をしている。

「だが…!
 押さえきれない!
 このままじゃあ、他の冒険者もやられちまう!
 残りの冒険者と協力して、こいつを斬るしかない!」

そう言って、ジュドー他の冒険者に援護を依頼した。
冒険者がゾーム剣を投げつけ、ゾームはそれを払う。
少しの隙がゾームにできた。その隙を逃さず、ジュドーは剣を構え、絶技を繰り出そうとした。

「ダメ!お願い!やめて!」

メグは泣き叫ぶ。
ジュドーは無視して力を込める。

「俺たちの目的は、ゾームの討伐なんだぞ!
 絶技…」

「待ってください!」

ヒロは、いつの間にか体が光っていた。
暫定対策の成功による充実感。
魔法が使える。ヒロは、今自分ができることを感覚的に理解した。

 

「時間よ!とまれ!」

ヒロは、時間を止めた。
ゾームも、ジュドーも。他の討伐隊たちも。

ただ、メグとヒロを除いては。

静寂に包まれた。
メグの嗚咽だけが聞こえる。

「時間停止…大魔法…?」

メグが嗚咽をこらえながらヒロに聞いた。

「はい。時間を止めました。
 しばらくは、大丈夫です。
 あのゾームがお兄さんってどういうことですか?」

「ゾームの上半身…
 人間の部分が…レン兄さんの姿をしているの…
 探していた、兄さんがあのゾームかもしれない」

ヒロはゾームの方を見た。
湿地帯で見たゾームとは異なり、若い男の姿がゾームの上半身となっている。
メグは混乱している様子だ。
ヒロは、落ち着いて考えを整理した。

「ゾーム…というよりパラサイトスペクターが寄生している生物は、捕食した者の特性を得る…
 あなたのお兄さんは、防御型の魔法が得意だったと…」

どう考えても、残酷な答えしか出てこない。
魔法から身を守るバリアの特性を得るため、ゾームがメグのお兄さん、レイを意図的に捕食した。
レイをさらった殺人鬼のエルザスがどう関連するかは分からないが、レイは捕食され、ゾームがあの特性を得たとしか考えられない。

だが、全てのゾームが同様の魔法バリアを持っているのはどういうことなのか。
レイを全てのゾームが分け合って捕食したのか。
それとも、他の方法があるのか。
まだわからないことはある。

「メグさん。
 落ち着いて聞いてください。
 お兄さんは…もう、ゾームに…
 あのゾームは、お兄さんの特性を持っているのです。
 姿がお兄さんなだけで、お兄さんでは…ない」

「いやだ!
 そうだとしても、それでも倒せない!
 ヒロ!
 あなたの大魔法で、なんとかならないの!?
 兄さんを助けて…!」

これまでに見ない、感情的になったメグの顔。
怒りと悲しみが入り乱れた、めちゃくちゃな表情。
彼女の五年間探していたものが、目の前にある。
だが、それは望まぬ形での再会である。
そんなメグに懇願されたヒロには、答えが見つからなかった。
あのゾームからレンを復元するような魔法なんて、頭に出てこない。

「…すいません。
 メグさんのつらい気持ちは、想像を絶するものだと思います。
 ですが…私にも彼を助けることはできません」

ヒロは、下を向いて歯を食いしばりながらメグに答えた。

しばらく、静寂が続いた。相変わらず、メグの嗚咽だけが耳に響く。
ヒロは言葉を探した。

「ゾームが、エルザスや失踪後のお兄さんと関連しているのは、確かでしょう。
 エルザスとゾームの関係を明らかにすること。
 これを目的としたもう一つのプロジェクトを、私が責任をもって進めます。
 プロジェクトオーナーはメグさん。
 あなたが、私をプロジェクトマネージャーとして任命してくれるのであれば」

次第にメグ嗚咽が収まる。

「こんな時にもプロジェクトなんて…」

自分はプロジェクトマネージャーバカである。自分が情けない。
ヒロはそう思った。

「すいません…
 気の利いたことも言えなくて…」

そう言ったヒロに、メグが言葉を返した。

「あなたなりの慰め方…だと分かる。
 あほすぎて、ちょっと落ち着いた」

メグは落ち着いたと言うが、涙は溢れ続ける。
覚悟したようにメグを言葉を出そうとした。
さらに涙があふれた。

「せめて…ヒック、苦しませずに…ヒック
 あなたの大魔法で…とどめを刺して」

泣きながら、嗚咽をこらえながら、メグは兄の姿をしたゾームを倒すことを決めた。

「…分かりました」

ヒロは、答えた。

周りを見ると、ほとんどのゾームが討伐されていた。
残るゾームは、ジュドーが相対する2体のゾームと、他に2体がまだ冒険者たちと交戦中のように見える。

その、残る全てのゾームに対して、ヒロは消失の魔法をかけた。
分子レベルで物体を分解する魔法である。
再生することは、不可能。

ヒロは、時間停止を解除した。

交戦中だったゾームは、一瞬で跡形もなく消えた。

技を出そうとしていたジュドーは、いきなり目の前からゾームが消え去ったことに驚いた。

「おい、急に消えたぞ!?
 メグ、何かしたのか?」

ジュドーがメグの方を見た。
メグは目を腫らして、兄の姿をしたゾームがいた場所を呆然と見つめていた。
ヒロがジュドーに答えた。

「私が、倒しました。
 今日は大魔法、使えちゃいました」

「すごいなヒロ!
 だが、はじめっからそれ、使えなかったのか?
 被害者が出ちまったからな…」

結果的に死者はゾームに突き刺された二名。
周りをみると、倒れている冒険者は他に四名いる。
息はあるようだが、血があふれており、重傷者のようだ。

ヒロの大魔法が初めから発動していれば、確かに死傷者はゼロだっただろう。
だが、戦い始めて対策やプロジェクトの成功が確認できないと大魔法が使えない。
つまり、ヒロの大魔法は、当てにはならない。
大魔法に頼らないプロジェクト運営は、これまで通り必要なのだ。

とは言え、今回はメグのハプニングがあったため、ヒロの大魔法が無ければもっと被害は出ていただろう。
ヒロはこの女神がくれた力に、もどかしさとともに感謝をした。

結局、暫定対策ではゾームによる死亡者及び重傷者を3人間以下にする、というプロジェクト目的は達成することができなかった。
メグの兄のこともある。

ゾームを抑えることはできたが、ヒロは喜ぶことはできなかった。