凡人が成果を出すための習慣

残業ゼロで成果を出すには、どうしましょうか?

異世界×プロジェクトマネジメント 第3話『プロジェクト目的を明確にすべし』

プロジェクトマネジメント知識をライトノベル感覚でお伝えする小説です。
初めからご覧になりたい方は、こちら↓から

異世界✕プロジェクトマネジメント カテゴリーの記事一覧 - 凡人が成果を出すための習慣

 

 

王都シュテールの南。ヒロがこの世界で最初に足を踏みいれた森の、さらに南。シュテリア王国領内に小さな村がある。

その日は満月で、月明かりに照らされていつもよりも明るい夜だった。
この村の南は湿地帯で、トカゲのようなモンスターは少しいるものの、湿地帯を越えてくることはほとんどなかった。
比較的モンスターからの襲撃の危険性が少ない、平和と言える村である。

とは言え、小さなモンスターが襲ってくることもあるため、村には自警団が存在する。
そこには、警護の能力を確実なものにするため、何名か、王都シュテールの王国兵団から派兵された人間も交じっている。
今夜も、その自警団の一人が、当番として夜の見張りをしていた。

モンスターが出ることはまれであるため、その村の男はのんきに湿地帯がある方を眺めていた。
とは言え、湿地帯方面に人はおらず、明かりはない。完全な暗闇である。

「満月で明るい夜っつっても、村の外は真っ暗だな。何にも見えねぇや…」

だが、男が目を凝らすと、暗闇に赤い光が見える。
それも、複数。
そして、うぞうぞと動きながらこちらへ向かってくるように見えた。

「な、なんだぁ?ありゃ」

赤い光はどんどん村へ近づき、村を飲み込んだ。
そうして、一つの村が、満月の一夜に壊滅した。

 

***

 

ヒロがコンサルティングを意識し出してから、数日が過ぎた。
レインの予言通り、ヒロの冒険者コンサルティングは繁盛していた。
ヒロが受付に立つ日は冒険者がいつもよりも多く来る。
ヒロはやりがいを感じていた。

だが、一方で、物足りなさも感じた。
これまでプロジェクトマネージャーとして、自分もチームの一員となって目的を達成してきた。
だが、この冒険者コンサルティングは、あくまでもチームビルディングの助けをしているだけだ。
もっと、元の世界にいた頃のようにチームで何かを成し遂げたい。そんな思いもあった。

ファシュファルはこの世界を豊かにしろとかほざいていたが、こんな無茶ぶりは上司にもされたことはない。
何をすればよいのやら。

そう思って今日も冒険者コンサルティングしていた。
そんなヒロにレインが話しかける。

「ヒロさん、ギルド長が呼んでます。
 ここは私が代わりに対応しますから、ギルド長のところへ行ってください」

「え?ギルド長が?」

レインがヒロの耳元に口を寄せ、ヒソヒソ声で言った。

「(なんだか、特別な依頼のようですよ)」

いきなり顔を知近づけてきたレインに、ヒロは少し緊張しつつ返事をした。

「特別な依頼…王国からの依頼かな?」

なお、ギルド長とはこの冒険者ギルドの取りまとめをしている人間だ。
ヒロからすると、直属の上司となる。

ヒロはギルド長の部屋に向かった。
ドアをノックする。

「ギルド長、入りますね」

「おお、ヒロくんか。入ってきてくれ」

ギルド長のジューマンの声がした。

「失礼します」

部屋は応接間のような作りである。
部屋にはヒロ以外に、二人の男がいた。低い机を挟んで、二人が向かい合わせに座っていた。
一人はもちろん、ジューマンである。
ジューマンが椅子から立ち上がり、ヒロに声をかけた。

「ヒロくん。王国からお呼び出しだ。王国からの特別な依頼があるのだよ」

太った体。禿げ上がった頭。鼻の下には整った髭が生えている。
ジューマンの向かいの座席に、ジュドーがいる。

ジュドーさん、こんにちは。
 1週間ぶりぐらいですかね。」

ヒロはジュドーに挨拶をした。
ジュドーとは、仕事の依頼で森の一件の後も何度か顔を合わせていた。
ジュドーがヒロに言葉を返す。

「おお、ヒロ!ヒロのギルド受付、評判いいぜ!
 助けた甲斐があったよ。
 いや、ヒロの魔法で結局俺が助けられたのかな?」

「そんな、ジュドーさんがいなかったら死んでましたから。
 感謝してます」

ジューマンが割って口を開いた。

「王国から、ギルドへ特別任務の依頼なのだよ。
 それで、私はジュドーくんを推薦したのだけどね?
 ちょっと、内容がちと複雑で、ねぇ」

そう言って、ジューマンはジュドーの方を見た。

「そうなんだ。
 俺は基本的に依頼は断らないんだが、今回の依頼は何をすればいいのか分からなくてな。
 ヒロなら、どうすればいいか分かるんじゃないかって思ったんだ。
 一緒に王宮へ来て、依頼内容を詳しく聞いてほしい」

「えっと、何をすればいいか分からない依頼ってどんなんです?
 具体的には、何をする依頼なんでしょう?」

ジューマンが答える。

「簡単に言うと、未知の魔物を討伐できるようにせよ、ということだねぇ」

「…なんですか、それは」

ジュドーも加えて話す。

「まぁ、本当にそんな感じの依頼なんだ。王宮に一緒に来てくれないか?」

「よろしく頼むよ」

ジューマンがヒロに向き直って行った。
ヒロがジューマンに尋ねる。

「いいですけど…ギルド長は同席されないのですか?」

「君に任せた!最近のヒロくんの活躍なら、きっと王国の特別な依頼も対応できる!」

ヒロは思った。
ダメだこいつは、と。
こんな新参者に王国からの依頼を丸投げするなんて。

ジューマンは、ギルドのまとめ役。一応管理職的な側面ががある。
ヒロからすれば、ヒロが部下でありジューマンは課長的な立場の人間だ。
が、ジューマンが管理をしている様子はなかった。いつも部屋にいて、何をしているか分からない。
面倒そうな依頼は、大体誰かに丸投げする。

元の世界で言うなら、ダメ上司である。

が、そんな上司の元で働いたことは、これまで何度もあった。
それに、もともと管理されるのが好きではないヒロは、逆に言えば放置してくれるジューマンの元で働くのもいいかと思っていた。
信頼されている、と肯定的に受け取るとしよう。

「了解です。王宮へ行って、依頼の詳細を聞いてきますね。
 ジュドーさん、行きましょうか」

 

***

 

王宮はとても大きい。
ヒロは元の世界で、テーマパークの城を見たことはあるが、あの何十倍も大きい。
そんな王宮に足を踏み入れるのは、ヒロにとって二度目である。

この街に初めてジュドーとメグに連れて来てもらったとき、王宮内で尋問や魔導士による検査のようなものを受けた。
こうして自由にはしてくれたが、王都のシュテールから出ることは禁じられているし(外に出る用事はないので問題ないが)ヒロは王国にとっては、まだまだ”怪しい奴”なのである。

守衛を通って城に入る。
ジュドーは、さすがに顔が知れているので顔パスである。
続いてヒロが門をくぐった。
その先の小さな部屋で待つように言われ、しばらくすると男が迎えに来た。
その男は、深緑のぴっちりした服装をしている。所々に綺麗な刺繍が付いた、軍服を連想させる服装だ。
ヒロより、少し年下ぐらいか。
深緑はシュテリア王国の代表色である。

ジュドーとその男は軽く挨拶を交わした。
面識があるようだ。
ヒロもその男に挨拶をする。

「初めまして、ヒロと申します」

「私はランペルツォン。シュテリア王国兵の指揮官補佐だ。
 ご足労、感謝する。こちらへ」

無表情にランペルツォンはそう言った。口調は威圧的かつ、見下すようなまなざしだ。
俺はお前を認めていないぞ。そんな雰囲気が漂っている。
ランペルツォンが足早に歩く。ジュドーは歩幅が大きいので難なくついていけるが、ヒロはすこし小走りになりながらついて行った。
そうして、豪華な調度品が置かれた部屋に通された。

「ここで、お待ちを。総指揮官を呼んで参る」

ランペルツォンがそう言って、部屋を出ていった。
しばらくして、ランペルツォンともう一人、白髪の初老の男が入ってきた。
ランペルツォン同様、深緑の服を着ているが、装飾がさらについていた。
なんだか、落ち着いた中に、圧倒される迫力がある。
ヒロはそう思った。

「初めまして。ヒロと申します」

「話は聞いている。
 私はシュテリア王国兵団の総指揮官、グレンダールだ。
 ヒロ殿は、ギルドでは冒険者の話を聞いてパーティ編成や依頼内容を臨機応変に割り当てるとか。
 今回の依頼についても、力を発揮してくれることを期待しているよ」

「ご期待に添えるよう、尽力いたします。
 ただ、依頼内容をほとんど聞いておりませんので、まず詳細をお伺いしたいのです」

「うむ。
 とても、とても重要な任務だ。
 この国に危機が迫っているかもしれん」

グレンダールは任務について語り始めた。

 

「一ヵ月前の夜。シュテリア王国領内の一つの村が、壊滅した。
 モンスターの仕業と思われる」

ヒロが眉をしかめつつ、答えた。

「壊滅…ですか」

「村の人間は、ほぼいなくなるか、体が部分的にしか残っていなかった。
 モンスターによって、食い殺されたのではないかと考えている。
 村には、生きている人間は確認できなかった。
 目撃者は一人。たまたま、村への移動が予定より遅くなり、村につくのが夜遅くなった結果、災禍を逃れたようだ。
 道中で、遠くで村が襲われるのを見たらしい」

悲惨な状況を想像して、ヒロはさらに顔をしかめた。

「…その村の周辺に、凶悪なモンスターがいるのですか?」

「いや、南に湿地帯があり、そこに多少のモンスターはいるが、人を積極的に襲うようなことはなかった。
 キラーマンティスが最近森に現れたことも、もしかするとこのモンスターが現れたがゆえに、逃げてきたのかもしれない。
 村には王都から送った兵および魔導士もいたにもかかわらず、モンスターの死骸はなかった。
 一方的に全滅させられたということだ。
 私は総指揮官として、国の防衛を任されている。
 凶悪なモンスターがいるのだとすれば、対処せねばならない。
 ただ、一ヵ月このモンスターについて調査をしたが、有効な情報が得られなかった。
 …さらに、隣国との緊張関係があり、大きく兵を動かすことができないのだ。
 他国を刺激し、戦争になるとモンスターではなく、人との争いで多くの人が命を落とすことになる。
 よって、王国兵団だけでは対応できないものと考え、ギルドに依頼をしたのだ」

確かに、隣国とは関係が良くないらしい。
それはヒロも知っていることだった。

「なるほど。
 その、依頼内容というのは、具体的には何になるのでしょうか?」

「この、未知のモンスターの脅威を無くすことだ」

ヒロはたじろいだ。
謎のモンスターに対しての対策を打て、もっと言えば無力化せよ。
何から手を付ければよいか分からない。
依頼慣れしているジュドーが困るのも無理はないと思えた。

「な、なんと…。
 今わかっているモンスターの情報、他にありますか?」

ヒロがそう尋ねると、王国側が調べた情報が提供された。
唯一の目撃者も、モンスターを近くで見ていないため、どんな外見であるかは分からなかったらしい。
だが、数多くの赤い光がうぞうぞと動き、多足のモンスターのように見えたという。
以前から、村の南の湿地帯で満月の夜には赤い光を見たという人が多数いたらしい。
村が襲われたのは同じく満月の夜であったため、そのモンスターは満月の夜に活発化するのかもしれないと思われた。
その情報から、モンスターの文献を王国側が調べたところ、”ゾーム”というモンスターの情報が見つかったという。
湿地を好むモンスターで、ここ百年以上シュテリア王国に現れた記録がないモンスターである。
赤い目で、集団で行動し、人間を含めなんでも襲う。満月の夜に活発化する。
だが、外見や特徴などの詳細は文献では分からなかったらしい。

総指揮官グレンダールが情報をひとしきり述べた後に、最後に付け加えるように言った。

「ヒロ殿にモンスターを倒してほしと言うわけではない。どうすればこの危機に対処できるかの、知恵が欲しいのだ」

ジュドーは熱いまなざしでヒロを見る。
ランペルツォンはお前に何ができる、というまなざしをヒロに向けている。
グレンダールも、迫力のある目でヒロをじっと見た。

ヒロは、どう回答すべきかを考える最中、次のことが頭をよぎった。

これは、プロジェクトだ。
正確には、プロジェクトにすべき案件だ。

 

ヒロは数多くのプロジェクトをこなしてきた。
プロジェクトとは何か?と問われれば、ヒロはこう即答する。

ある目的を達成するために、チームで行う活動

そこから、プロジェクトをプロジェクトたらしめるために必要なものが、2つある。

①目的
 何を達成するために、活動を行うのか

②チーム
 目的を達成するための、人員

具体的な目的がないプロジェクトほど、進まないものはない。
いくつか職場改善のプロジェクトなんかをヒロは見たことがあるが、”職場改善”がなされた状態が具体的にどういう状態であるのかが定義されていないことが多かった。
職場改善の目的が何であるのか?残業の削減?売り上げを上げること?自主的な企画が立ち上がる事?
それぞれの目的によって、活動は異なる。
それぞれの目的によって、設定する数値目標も異なる。
そのため、目的が決まっていないプロジェクトは”何をしているか分からない状態”、”意味があるか分からない行動をしている状態”になり、頓挫する

そして、多くの場合目的を達成するには一人の力ではできない。
よって、チームが編成される。

そうして、目的とそれを達成するためのチームが出来上がった時、プロジェクトが発足するのだ。

今回の依頼の場合、目的は”モンスターの脅威を無くすこと”だ。
だが、まだまだ”職場改善”同様に曖昧な目的ではある。
そして、まだチームとしての体をなしていない。
そのため、まだプロジェクトとは言えないが、プロジェクトとして対応しない限りはこの苦難は乗り越えられないように、ヒロには思えた。

ヒロは、少し考えてからボソッと言った。

プロジェクトマネジメントの極意。目的を明確に定義する

グレンダールが反応する。

「何か言ったかね?」

ヒロは、言い直した。

「いえ、独り言です。
 分かりました。その依頼を引き受けましょう。
 ですが、まずは目的の定義と、チームの構築をさせてください」

ランペルツォンが答えた。

「目的?それは未知のモンスター、ゾームを葬る事だ。それ以外に何がある?」

ヒロが言葉を返す。

「もう少し、皆さんの真意を詳しく知りたいだけなのです。ゾームを葬ることで、何を達成したいのでしょうか?」

「そんなこと、王国の平和に決まっている!」

ランペルツォンが明らかに苛ついている。

「王国の平和…国民をゾームによって死なせないこと、ですね」

「そうだと言ってるだろう!総指揮官、これ以上の話は無意味なのでは?」

ランペルツォンがグレンダールに向き直って言った。

 

「いや、ヒロ殿は冒険者に対しても、質問を重ねて良い提案を出すと聞いた。
 きっと意味がある確認なのだ」

グレンダールがランペルツォンをなだめるように答えた。
ヒロは二人に向かって話す。

「稚拙な質問、申し訳ない。ですが、グレンダール様のおっしゃる通り、必要な確認なのです。
 次にゾームによる被害がありそうな場所は、どこなのでしょうか?」

「恐らくは、この王都シュテールだ。
 壊滅したサムソン村の次に湿地帯から近いのは、この王都だからな」

グレンダールが答えた。

「なるほど…。となると、次の満月以降、ゾームからの攻撃に対して、王都の市民に被害が出ないようにする。
 これが、今の目的と考えて良いですか?」

「もちろん、他の町にゾームが現れれば別だが…。
 とは言え、王都が壊滅しては元も子もない。誰も守れなくなってしまう。
 また、本当に村を襲ったモンスターがゾームなのかの確証は無い。
 だが、これまでの私の経験上、ゾームである確率は高いと考える。
 新種のモンスターは、めったに出てこないからな。
 …現時点ではヒロ殿の言う目的の実現が最も効果的だろう」

「元々の”ゾームの脅威に対策する”というような目的ではシュテリア全土へ対策を施さないといけません。
 ゾームを討伐するにも、隣国との緊張で大きな兵が動かせないと言うことであれば、どこかに集中しての対策が良いかと思ったのです」

「ほう…ヒロ殿には期待できそうだな。
 全面的にこの依頼を、ヒロ殿に任せたい」

「グレンダール様、この依頼を達成するために必要なチームを作りたいのです。
 少し持ち帰って検討し、チーム編成を行います。また、費用も明確にしないと、依頼側としては不安でしょう?」

「分かった。ただ、時間はない。満月は二ヶ月毎に来るのでな。」

この世界の満月は二ヶ月に一度のようだ。
ヒロのそんな思考をよそに、グレンダールが続ける。

「ヒロ殿の言うチームに必要とあれば、ランペルツォンをつけよう」

ランペルツォンが驚いた顔をした。

「なぜ、私なのです!ギルドに依頼するのであれば、私は不要でしょう!」

「私はお前を評価している。この難しく、重要な依頼にはお前のような優秀な人間が、きっとヒロ殿に必要だ。
 ヒロ殿とギルドに行き、必要なことを決めるのだ。
 これは、命令だ」

「…了解しました」

ランペルツォンは、不服そうに答えた。

 

ヒロは思った。
この世界にはプロジェクトという言葉も、概念も無い。
この世界の人々は、何かをする時には、基本的に既存の組織の中でやり切ろうとする。
ギルドならギルド内で、王国兵団なら兵団内で、商工会なら商工会内で。
いわゆる縦割り社会だ。
だが、それでは達成が難しい目的がある。
プロジェクトは、普段の業務では対応できないもののために発足するものだ。
普段の通りの対応でこなす事ができる仕事であれば、既存組織で対応ができる。プロジェクトなんていらない。
だが、今回の未知のモンスター対策は、まさに普段の通りでは対応できない仕事だ。
立ち向かうには、組織を横断したチームが必要となり、それがプロジェクトチームとなる。
業務改善然り、システムの開発然り、未知のモンスター討伐然りだ。

グレンダールは、この世界にいながらもプロジェクトの概念を否定しない、柔軟な考えの人物に思えた。
この人が総指揮なら、王国は安泰かもしれない。

しばらく今後のことを話し、ヒロとジュドー、そしてランペルツォンは応接間を後にした。
ヒロとジュドーの後ろに、少し離れてランペルツォンが歩く。なんだか、ヒロが嫌われているようだ。

「ヒロは、やっぱりいろいろ知っているな。なんか、かっこいいぜ」

ジュドーがヒロに言った。

「まぁ、こんなことばかりして生きてきましたから」

そう言いつつ歩いていると、白い髭の魔導士が前に立っていた。
魔導士ケルンだ。
王国一の魔導士と呼ばれる、王宮仕えの魔導士である。
ヒロが初めて王宮に来た時、ケルンにあれこれ体を調べられたことを思い出す。

「お、お久しぶりです」

ヒロは、恐る恐る挨拶をした。
ケルンは元々落ち着いた雰囲気だが、ヒロを調べている時は集中しているのか、全く話さなかった。
ようするに、会話をしたことがない。

「おぬしが来ると聞いてな。待っておった。伝えたいことがある」

意外な言葉がケルンから飛び出した。

「私にですか?ジュドーさんじゃなくて?」

「ヒロ、おぬしじゃ。
 おぬしの魔力の源が分かった。」

 「え!?大魔法を放った原因が分かったということですか!?」

ヒロは驚いて聞いた。
ケルンが続ける。

「元々、人には精神エネルギーがある。
 精神エネルギーを魔力に変換し、魔導士は魔法を使うのじゃ。
 そして、精神エネルギーは生まれついてある程度枠が決まっておる。
 コップをイメージすると良いな。
 魔法に長けたものはそのコップが大きい。魔力がそれだけ多く使えるからじゃ。
 逆に、そのコップが小さなものは魔力は少ない」

「私のコップはとてつもなく大きいと?」

「いや、おぬしの精神エネルギーは少ない。
 コップはとても小さいのじゃよ。
 だから、魔法は使えん」

「なら、どうして…」

「おぬしには、異常な特性があるんじゃ。
 精神エネルギーはゆっくり休んだり、嬉しかったり楽しかったりすると、コップ内に増える。
 気力が充実すれば魔力も回復するということじゃ。
 その精神エネルギーがコップを溢れるほど増えたとき、おぬしの精神エネルギーは魔力に変換されることが分かった。
 その際の精神エネルギーから魔力への変換効率が、おぬしは異常なのじゃ」

ジュドーが顔をしかめながら聞いた。

「ケルン様、もうちょっと分かりやすく言うと、どういうことです?」

「分かりやすく言えば、精神エネルギーが満ち溢れるほど嬉しいことがあれば、大魔法が使える。
 そういうことじゃ。
 だが、魔力があれば魔法が使えるというわけではない。
 魔法の仕組みも知らぬおぬしが魔法を使えるというのは、まだよく分からんがのう。
 とは言え、おぬしが大魔法が使える時、というのはそんな時じゃ」

「なんじゃそりゃ」

ヒロは思わず言葉を漏らした。
ファシュファルはなんともややこしい能力を授けてくれたものだ。

思えば、この世界に来た時も前夜のプロジェクト完遂によって、充実感に満たされていた。
ファシュファルからその力をえた直後に、その充実感を魔力に変えて世界に転移してきたのかもしれない。
森でも、ジュドー達のパーティーを協力に向かわせたことに充実感を得た。
だから、キラーマンティスを消し去る大魔法が使えた。

なんじゃその仕組みは。
思わずツッコんでしまったのだ。

だが、充実感を得ることができれば、転移の魔法が使えて、元の世界に帰ることができる。
そんな希望が見えた。

だが、そんな充実感を得られるようなものなんてあるだろうか…。

「あ、今、大きなプロジェクトを受けたばっかりだ。
 これ、やり遂げたら世界間の転移なんて簡単にできるんじゃ…」

ヒロは独りごちた。

プロジェクトに必要なものは二つ。
目的と、それを達成するためのチーム。
だが、実際はもう一つ必要なものがあると、ヒロは思っている。

それは、プロジェクトマネージャーのやり遂げるという目的意識だ。
プロジェクトは、やる気のないプロジェクトマネージャーの元では必ず失敗する。

その、プロジェクトに必要なもの。
ヒロにとって、ゾーム討伐プロジェクトに対するこの上ない目的意識が芽生えた。

 

★つづく★