凡人が成果を出すための習慣

残業ゼロで成果を出すには、どうしましょうか?

今のリソースでできる最善で挑む。完璧主義は失敗する

みなさんこんにちは。

爽一郎です。

 

正論は、暴力である。

完璧主義は、自らをすり減らす。

 

と、これらは私の持論です。

 

ゴール達成のために完璧な行動、というのは、唱える人も行動する人も安心できるかもしれません。

何せ、完璧な行動なのです。

 

資格を取るためには毎日3時間勉強したほうが良い。

それは事実かもしれません。

完璧な行動なのかもしれません。

 

ですが、本当に成果を見たときに、正しいと言えるかと言えば、私は誤っていると思います。

その理由について、今日は書きたいと思います。

 

■事実の正しさと社会的正しさの戦い

アルキメデスの大戦』という映画を観ました。

非常に面白い映画でした。おすすめです。

 

映画の内容としては、

事実を明らかにして「事実をとして正しい」状態にしようとする者

人の感情を考慮して「社会的に正しい」状態にしようとする者

その両者の戦いを描いたものでした。

 

1933年。欧米列強との対立を深め、軍拡路線を歩み始めた日本。海軍は、世界最大の戦艦を建造する計画を秘密裏に進めていたが、省内にはこの計画に反対する者も。そのうちの一人である海軍少将・山本五十六は、巨大戦艦の建造がいかに国家予算の無駄遣いか、独自に見積もりを算出しようと考えていた。必要なのは、軍部の息がかかっていない協力者…。山本が目を付けたのは、元帝国大学の天才数学者・櫂直。ところがこの櫂という男は、数学を偏愛し、大の軍隊嫌いという変わり者だった。初めは頑なに協力を拒んでいた櫂だったが、山本の「巨大戦艦を建造すれば、その力を過信した日本は、必ず戦争を始める」という言葉に意を決し、帝国海軍という巨大な権力の中枢に、たったひとりで飛び込んでいく。同調圧力妨害工作のなか、巨大戦艦の秘密に迫る櫂。その艦の名は、「大和」…。

(C)2019「アルキメデスの大戦」製作委員会 (C)三田紀房/講談社

 

Amazon作品概要から引用

 

 

 ※ここから先、物語について少しのネタバレがあります。

 

数学者の主人公が四苦八苦しながら戦艦の正しい予算を見積もる、という地味な内容にもかかわらず、各所に興奮要素があります。

クライマックスは軍の会議で予算についての正しさを数学的に熱弁する、という一見すると見栄えしなさそうなシーンですが、とてもハラハラドキドキする展開で物語に飲み込まれました。

なお、史実に着想を得たフィクションとのことなので、実際の歴史とは異なります。

 

で、私がアルキメデスの大戦が面白かったことをつらつら書くのには理由があります。

 

その物語に、社会的なジレンマが凝縮されていたからです。

道徳的に、とか、正義として、という正しさは、みなさんもご存知のように答えがないものです。

基本的に、議論というものにおいてははお互いが自分の意見を正しいと考えています。

ガンダムでは悪役のジオン軍も、味方の地球連邦も、どちらも正義を掲げ、それぞれの視点ではどちらも正しい。

 

ですが、意見として正しいことと違い、事実として正しいという状態は明確に正解があります。

例えば、「この時間に、誰かあの場所にいたか。」

確かめることさえできれば、明確な答えが導き出されます。

 

アルキメデスの大戦では、主人公は正しい事実というものを、数学の力で明らかにしました。

が、事実だけでは社会的には正しくないことがあるのです。

社会というのは、人で構成されています。

人は、先に述べた正義や道徳、そして、人々の感情を持っています。

事実とは違い、そういったものは正しさが曖昧なものです。

 

アルキメデスの対戦の物語としては、事実を知った上で、事実を捻じ曲げ、社会的な最善策を見つけるという結論に至ります。

日本は必ずアメリカに負けるという、国力から見た明らかな事実を知ってなお、軍が大戦艦を作る理由は何であるのか。

それは、物語を見て欲しいと思います。

 

■完璧な正論より、現実的な最善策

この話が教えてくれたのは、目的達成に対して必要な下記の姿勢です。

①事実を明らかにすること

②その事実から、目的を達成するためにはどうすべきかを考えること

③その際は、正論にこだわらない最善の方法を考えること

 

仕事のプロジェクトを思い出してみてください。

プロジェクトマネジメントは事実を把握する事から始まります。

マネジメントとは何とかうまくやる、ということであり、そのためには現状を把握する必要があります。

スケジュールはどうであるか、どんな問題をメンバーが抱えているか。

「①事実を明らかにすること」ができていないと始まらないのです。

 

そして、「②その事実から、目的を達成するためにはどうすべきかを考えること」を行うわけです。

が、正論ばっかり言う人は「③その際は、正論にこだわらない最善の方法を考えること」の視点がありません。

完璧な、理想的な結論が良いのはその通りです。

しかしながら、そんな理想的な状態であることの方が少ないでしょう。

 

プロジェクトにおいて、そう簡単に有能なメンバーが揃うことは多くありません。

だから、多くのチームは今調達できる、またはいま存在するリソースでプロジェクトに挑みます。

それが、今のプロジェクトゴールに対して絶対的なスキルや工数の不足があっても。

その場合は、理想的な完璧なゴールや行動を掲げるより、現実的で最善のゴールと行動を考えるべきでしょう。

 

別の例をだしましょう。

資格勉強をする人で、完璧にこなそうとするがゆえに一日に2時間や3時間も、いきなり始める人がいます。

目的達成から考えると、完璧で正しいこと答えかもしれない。

が、それは自由時間や睡眠時間を削り、過酷な状況に自分を追い込むことになります。

経験上、こういう取り組みは失敗します。

今の自分が継続してできない時間配分をしても、続かないのです。

 

今のリソースでできる最善、を目指さないと、プロジェクトも個人の取り組みも、失敗します。

 

もちろん、ビジネスは厳しい。

決められたゴール、決められた売上、利益。

それを達成するためになんとしてでもがんばれ。

それを達成できないなら、実力がないからだ。

そう言われてしまうかもしれません。

 

資格も、〇月までにとるには、もう3時間毎日勉強するしかない!

という考えもあるかもしれません。

 

ただ、できないことをやろうとするのは、非効率だし、成果はでない。

それは、成果に対して真摯ではない行いなのです。

延々とできないことを「できる!」としてやり続けるのは、ブラックです。

 

完璧な事実や正論より、それを踏まえたうえでの最善。

最善を積み重ねて理想に近づける。

これが、社会的に生きる我々が「何とかうまくやる」ために必要な方法なのです。

 

つまり、アルキメデスの対戦に出てくる

舘ひろしはめっちゃ渋い。

浜辺美波はめっちゃかわいい。

そういうことです。

 

 

★終わり★