凡人が成果を出すための習慣

残業ゼロで成果を出すには、どうしましょうか?

異世界×プロジェクトマネジメント 第4話『達成条件と体制表をつくるべし』

プロジェクトマネジメント知識をライトノベル感覚でお伝えする小説です。
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ヒロはギルドに戻った。
まずは、ジュドーランペルツォンと、プロジェクト発足の相談を始めるためだ。

とは言え、ランペルツォンはヒロとジュドーが座る机から距離を置き、腕組みをして下を向いている。参加する気がないように見える。

めっちゃ嫌われている…。
ヒロは悲しく思ったものの、とりあえずはそのままにした。

卓を囲んでいると、レインが近寄ってきた。

「今日は、もうギルド事務所、締めちゃいますよ?」

いつしか、ギルドの営業時間が終わったようだ。
ヒロは、この王国民の命がかかる案件に対し、今日は残業を覚悟した。

ヒロはレインに答えた。

「少し、ジュドーさんと話してから、私は帰ります」

「特別な依頼の件、ですか?」

「そうなんです。今から、ジュドーさんとどう進めるか話そうと思って」

レインは、目を輝かせて言った。

「私も、聞いていいですか?
 特別な依頼って、なんかかっこいいですし!」

好奇心旺盛な子だな、とヒロは感心した。
レインはギルドのことを良く知っているし、もしかしたらプロジェクトに必要になるかもしれない。
話に入ってもらうことにした。

「分かりました。ぜひ、話を聞いてください。
 ジュドーさんにはおさらいになりますが、依頼内容から話しましょう」

ヒロは、王宮で聞いたことを箇条書きで紙に書きつつ、二人に説明した。
この世界の言語が、なぜか日本語で助かっている。

「…と言うわけで、プロジェクトを発足します」

ジュドーとレインの顔にクエスチョンマークが浮かんだ。

「ぷろじぇくと?」

「あ、この王国にプロジェクトという言葉はないんでしたね。
 すいません。
 こういう、何か目的を達成するために、チームを作って行う活動を、私の元居た場所ではプロジェクトと呼んでいました」

レインが反応する。

「へ~。なんだかかっこいい呼び方ですね」

「この、プロジェクトがうまく進むように行動をとる役割の人を、プロジェクトマネージャーと呼びます。
 私は、このプロジェクトマネージャーが元々の仕事でした。
 だから、今回のゾーム討伐の件も、私がプロジェクトマネージャーをしようと考えています」

ジュドーが今度は答える。

「おお、なんだか頼もしいな。
 具体的にそのプロジェクトとやらを始めるには何をするんだ?
 ゾームをぶったおすための武器調達か?」

「いや、まずは、プロジェクトの準備です。
 具体的には、目的とその達成条件を決めることと、チーム作りですね
 プロジェクトマネジメントの極意。プロジェクト準備は目的と達成条件の確定から。」

「なんか、地味だな!」

ジュドーが無邪気に言った。

「ええ、プロジェクトとは、地味な作業の積み重ねなのです」

冒険者たちの戦いのような派手さはない。
だが、ヒロはプロジェクトマネジメントの知識で戦うことが、この世界で今できる唯一のことだ。

 

ジュドーがグレンダールとの話を思い返して話した。

「依頼された仕事の目的は、ゾームに王都を襲われても犠牲者を出さないこと、だったよな。
 その達成条件っつったら…ゾームを残らず倒すことじゃないのか?」

「まぁ、それはその通りなんですが…
 それでは具体性がないんです。
 ゾームが何匹いるか分からないので、何匹倒せば全滅なの?ということが明確ではありません。
 ずっとプロジェクトはゾームを探して戦い続けなければなりませんよ…」

プロジェクトは何をもって完了なのかを明確にしないと、終わりが曖昧になってしまう。
思えば、クライアントと達成条件を曖昧にしたシステム構築の案件があった。
システムは完成したのにずっと改修要件を出され続けたことがあったっけ。
ヒロはそんな思い出がよみがえった。

ジュドーが言葉を返す。

「そうか…。
 となると、どんな達成条件になるんだ?」

レインが口を開く。

「例えば…ゾームによる犠牲者ゼロ人、を満月の夜に達成する、とか?」

ヒロはうなずいた。
やはり、この娘、センスが良い。

「確かに、それは良い達成条件かもしれません」

レインは嬉しそうに、えへへと笑った。

「ただ、ゾームは毎回満月の夜に繰り返して襲ってくるかもしれません。
 そうなると、一度の満月の夜に犠牲者ゼロを達成するだけではダメですよね」

ヒロは少し考え、こう続けた。

「目的。
 ゾームによる犠牲者ゼロとなる仕組みを作り上げる。
 達成条件。
 犠牲者ゼロを三度の満月に連続で達成すること。
 満月は二ヶ月に一度なので、つまりは六ヶ月連続犠牲者ゼロとなることで完成とする。
 これを目的と達成条件とするのはどうでしょうか」

ジュドーが答える。

「なるほど、犠牲者ゼロを継続できる仕組み…兵器とかか?
 なんにせよ、それははっきりしてて分かりやすいな。
 だが…」

ジュドーが真剣な顔になった。

「犠牲者ゼロっていうのは、無理かもしれないな。
 俺の経験上、大規模なモンスターとの戦いで死者が出ないってのは、本当に運が良くないと達成できない。
 ヒロの案は、無理な達成条件になってるかもしれないぞ」

「そうですか…。
 正直、戦いというものは経験がないもので…。
 ありがたい意見です」

元の世界は、この世界に比べれば平和そのものだ。
モンスターなんていない。
戦い、なんてのは非日常だった。

プロジェクトでは、たびたび不可能な達成目標を立ててしまうことがある。
クライアントの要求が高すぎるとか、詳しくないから楽観的にできるだろうと考えてしまうことが原因だ。

バグだらけのゲームソフトができてしまう、なんてのはそれが原因だろうとヒロは思っている。
無茶な期間で無理な要求を満たそうとすれば、そうなってしまう。

今回は、ヒロがモンスターとの戦いについて詳しくないが故に、達成不可能な条件を設けてしまうところだった。

プロジェクトの目的や達成条件を考える際は、実現可能なものを考えるため、その分野に詳しい人間が参画することが必須なのである。

モンスターとの戦いに詳しい、ジュドーが近くにいて助かったとヒロは思った。

ジュドー、レイン、ヒロの三人は、プロジェクトの達成条件についてさらに話し合った。
ジュドーやレインの経験を元に、次の目的と達成条件を暫定案として決めた。

・プロジェクトの目的
  ゾームの襲撃に対して、王都の人間を守る

・プロジェクトの達成条件
  ゾームからの襲撃があった際に、二ヶ月間で死亡者お呼び重傷者を3人以下に抑える兵器を作る
   三度の満月連続で3人以下となれば、プロジェクトは完了とする

ヒロは紙に書きだした。

「なかなか、いいと思うぞ」

ジュドーが言った。

ランペルツォンさん、どう思われますか?」

ヒロは、ランペルツォンに話を振った。

「とくにコメントはない。
 あえて言うならば、兵器開発は、そんなに簡単じゃない。お前たちでできるとは思えない」

「我々…ギルド主体では難しいというご意見ですね。
 王国兵団なら、ノウハウがあるんですか?」

「もちろんだ。だからこそ、私はこの案件は王国兵団で担当すべきと考えている。
 兵が隣国のせいで大きく動かせないとは言え、グレンダール総指揮官もギルドでこの重要な対策を本気でこなせるとお考えとは思えない…」

ランペルツォンがぼやいた。
なるほど。ヒロは思った。

ランペルツォンからすれば、ヒロは完全にポッと出の部外者だ。

よく、元の世界でもプロジェクトに外から来たコンサルを入れることに抵抗する組織がある。
部外者に何がわかるのか、本当にプロジェクト推進ができるのか、という意見は良くわかる。

だが、実績のある部外者ならば、プロフェッショナルとして、雇い入れることもよくある話だ。

ヒロの冒険者ギルドでのコンサルティングが、グレンダールにとって物事をうまく進めてくれそうな実績に見えたのだろう。
だから、ジュドーの紹介ではあるがヒロに任せた。

だが、ランペルツォンはそう思っていないらしい。

ランペルツォンさん。
 プロジェクトは、目的達成のために必要な、いろいろな専門知識を持つ人が集まる方が、成果が出ます。
 私はプロジェクトを進める知識を持っており、兵団ひいてはランペルツォンさんは、兵器開発の知識を持っています。
 ギルドにはモンスター討伐の知識があります。
 力を合わせれば、凄いことができるように思いませんか?」

「私にはその、プロジェクトというものの有用性が分からない」

「なるほど…。
 もう少し、この会議にお付き合いいただければ分かってもらえるかもしれません」

ヒロはそう答えた。
ジュドーが会話に割って入る。

ランペルツォンよ。
 あんたの仕事ぶりは俺も知ってるさ。
 賢いあんたが、ヒロの知識の重要さが分からないはずがない。
 薄々感づいてるんだろ?ヒロが必要だって」

ランペルツォンは、下を向いて言った。

「それでも、私は外から急に現れた人間を信頼することはできない」

ランペルツォンはとかく部外者を信頼していないようだ。
過去に何かあったのだろうか。ヒロは思った。

「で、ヒロ。
 この後はどうするんだ?目的を決めた後は、チームを作るって言ってたか?」

ジュドーがヒロに向き直って聞いた。

「ええ。体制表、というものを作ります。
 簡単に言えば、このプロジェクトの達成条件を満たすために必要なメンバーを書いた表です」

プロジェクトマネジメントの極意。体制を明確にすること
体制表がないと、誰がどうプロジェクトを進めるのかが曖昧になってしまう。
結果として、自分のすべきことが分からず、プロジェクトは進まない。

そういう点では、体制表も目的も良く分からない女神ファシュファルが丸投げした”この世界を豊かにする”というプロジェクトはプロジェクトの体をなしていないのである。
もしファシュファルのようや上司がいたら、それはダメな上司だ。

「参画メンバーか?
 ヒロに、俺に、ランペルツォン、あとはギルド長とか?」

「関係しそうなメンバーとしては、そうなのでしょう。
 が、体制表を作るにはまず、プロジェクトの進め方の概要を考え、その上で必要スキルを考えないといけません」

「進め方の概要?スキルって技のことか?」

「技というか、知識や技能と言ったほうが良いですね。
 簡単に言うと
 ①どんなプロジェクトの進め方をするか
 ②その進め方にはどんなスキルがいるのか
 を確認するんです。
 何も考えずにメンバーを決めると、知識や技能が足りなくてプロジェクトが失敗することもあります。」

ヒロは言いながら思い出した。
昔、適当にプロジェクトメンバーを決めたら、あるプログラム言語の分野に詳しい人間がおらず、急遽人を探して右往左往したことがある。
もちろん、スケジュールは遅れるし、コストも当初より余分にかかることになった。
英語や、交渉力やなど、テクニカルでないスキルについても同じようにスキル不足が途中で露呈して苦労したことがある。

よって、はじめの段階でどんなスキルが必要かを明確にすることを、ヒロはプロジェクト発足の原則としている。

ヒロは続けて話した。

「まずは、①どんなプロジェクトの進め方をするか、から明確にしましょう。
 ”ゾームからの襲撃があった際に、二ヶ月で死亡者および重傷者を5人以下に抑える兵器を作る”
 これを達成するために必要なことを、大まかにフェーズに分けて書き出しましょう。
 ジュドーさん、どうすればこんな兵器が作れるか、分かります?」

「いやぁ、さっぱりだ。
 兵器なんて作ったことがないからなぁ。
 基本は自分の体が兵器そのものだな」

「…となると、ランペルツォンさん、お力を借りたいのですが」

ヒロは、再びランペルツォンの方を向いた。

「王国兵団は兵器を開発した経験があると、先ほどおっしゃいました。
 兵器開発の流れを、教えて欲しいのです。
 それを教えていただければ、プロジェクトで複数の専門知識の人間が協力する有用性を知っていただくことができます」

ヒロは、真剣なまなざしでランペルツォンを見た。
ランペルツォンは、しばらくヒロを睨みつけた後に、口を開いた。

「…良かろう。
 もし、そので私の気持ちが変わらなかったら、グレンダール総指揮官にチームの変更を上奏するぞ」

「はい。それでかまいません」

ランペルツォンは机に近づき、兵器開発の流れについて説明を始めた。
ヒロはその説明を、質問しつつヒロなりに解釈しながら書き留めていった。

大まかに表すと、下記の流れである。

フェーズ①モンスターの調査
 兵器で討伐する対象のモンスターがどんなものかを調査する

フェーズ②兵器の設計
 どんな兵器かを考える

フェーズ③兵器の構築
 兵器を作る

フェーズ④実践投入
 実際に兵器を使う

フェーズ⑤改善
 実践結果から、改善点があれば修正する

ヒロは思った。
さすが王国。知識がある程度体系だっている。
そして、元の世界のプロジェクトの大まかな進め方と、おおむね同じであると。

例えばシステム開発の基本的な流れは下記だ。

①要件定義
②設計
③システム構築
④テスト
⑤修正&リリース

モンスターの調査は、いうなればどんな倒し方をすべきかの要件定義である。
テストで実際にシステムを動かしてバグを潰すのも、兵器開発でも同じようだ。
①~⑤はだいたい共通している。

ランペルツォンさん、本当に助かりました。ありがとうございます。
 では、ここから、必要スキルを考えます。
 この、フェーズ①~⑤について、どんな知識や技能が必要なのか、書き出していきます」

ジュドーがまず口火を切った。

「フェーズ①のモンスター調査は、モンスターを実際に見ないといけないよな。
 となると戦闘になる恐れもあるし、戦闘スキルや調査に必要なスカウト(偵察)のスキルか」

ランペルツォンも、続いて答えた。

「兵器開発は、基本的に強力なものを作る上では魔法を道具に利用する力”魔道の力”が欠かせない。
 兵器の設計や構築には、優秀な魔導士が必要だ」

さらに、レインも意見を出した。

「思うんですが、兵器の構築とかって、大きな兵器なら建築みたいになりますよね?
 ほら、火炎球の投てき器とか、すごく大きいじゃないですか。
 建築スキルなんてのも、必要かもしれないですね」

考えやすいテーマに入ったからか、みんな意見を言ってくれるようになった。
ヒロは聞きながら、書き出していく。

フェーズ①ゾームの調査
  戦闘スキル
  調査スキル

フェーズ②兵器の設計
  魔法の知識
  魔道具の知識

フェーズ③兵器の構築
  建設スキル
  魔法の知識
  魔道具の知識

フェーズ④実践投入
  戦闘スキル
  ※兵器の内容次第では他のスキルが必要。フェーズ②で再検討

フェーズ⑤改善
  フェーズ③と同じ

全フェーズ共通で必要
  兵器開発知識

フェーズ④については、兵器がどんなものかによって実践でどう使うかが変わるため、現時点では必要スキルが不明という結論になった。
少なくとも、戦闘にはなるため戦闘スキルは必要というのが共通意見だった。

ヒロがみなに礼を言う。

「ありがとうございます。
 みなさんのおかげで、一通り書けましたね」

出来上がった必要スキルセットの一覧を見ながら、ヒロがランペルツォンに話しかける。

ランペルツォンさん。
 これらのスキルを持った人間を、王国兵団内だけで用意できますか?」

ランペルツォンが、少し間をおいて答える。

「…できるさ。ある程度はな。
 だが、兵団内よりも、ギルドやそのほかの組織の人間のほうが適したスキルを持っているかもしれない。
 例えば、魔道具のスキルは商工会にはおよばないし、建設スキルは大工には勝てない。
 これが、お前の言うプロジェクトで協働することの有用性ということか」

ヒロは、うなずいた。

プロジェクトとは、ある目的の達成のために必要な人材を集めてチームを作り、活動することだ。
その必要な人材は、各専門知識を持つメンバーを選ばなければ、うまく目的は達成できない。
各専門知識は一つの既存組織ではまかないきれないことが多い。

だからこそ、臨時組織としてプロジェクトチーム画結成されるのだ。

「その通りです。
 王国兵団が隣国との緊張でリソースを避けないのなら、なおさら協働するべきだと、私は思うんです」

「だが、たった一ヵ月そこらしかシュテリアにいないような人間が、本当にこの国のことを考えて動くとは思えな…」

「いいえ。
 私は、短い期間だとしても、すでにこの国の人にたくさん良くしていただきました。
 レインさんも、ジュドーさんも、ギルドの他の仲間も、死なせたくはありません。
 ゾームという脅威が迫っているなら、私は真剣に、全力で、プロジェクトを成功に導きます。
 私は、プロジェクトマネジメントに手を抜いたことなんて一度もないです」

最後の言葉に、ヒロは力が入った。
ランペルツォンは、じっとヒロを見た。

1分ほど沈黙が続いた。

ランペルツォンが沈黙を破る。

「はやり、部外者は信用できない」

ヒロは押し黙った。
これでもダメかと。

そんなヒロに対して、ランペルツォンは続けて言う。

「…だが、今はお前の言うやり方が最善だろうということも理解はできる。
 私もこの王国を守りたい。
 子供のようにだだをこね続けるわけには行かないからな。
 今は、お前の言うとおりにしよう。
 だが、いつ投げ出すともわからない部外者は、やはり信用できない。
 常にお前の動向を見て、判断させてもらう」

「ありがとうございます!
 信用に足るかどうかは、私の行動で見極めていただければと思います」

「ヒロ、やるじゃないか。
 ランペルツォンは頭の固い奴だが、優秀だから百人力だ!」

ジュドーがヒロの肩を抱きながら言った。

ランペルツォンが話す。

「頭が固くて悪かったな。
 ヒロ。その必要スキルを書いた紙から、体制表を作るんだな?」

「ええ。それぞれのスキルを持っていると思う、適任者を書いていきます。
 手に届きそうな範囲で、まずは理想のチームを描きましょうか」

そう言って、四人で話しつつ、必要スキルに対して各人が人脈でまかなえる範囲で適任と思われるチームメンバーを書いて行った。

物理戦闘スキル担当:ジュドー
魔法戦闘スキル担当:メグ
調査スキル担当:サレナ
魔法の知識担当:メグ
魔道具の知識担当:マーテル
建設スキル担当:シュテール建築ギルドから出してもらう
兵器開発知識担当:ランペルツォン

調査スキル担当のサレナは、ジュドーのよく知るギルド登録の冒険者だ。ヒロもこの一ヶ月で何度か依頼をした。優秀な調査スキルを持つ。
サレナを迎合する一方で、ジュドーはマーテルの名前を見て難色を示した。

「マーテルは確かに魔道具についての知識は豊富だが…儲けのことばかり考えるからなぁ。
 このプロジェクトの目的を受け入れるか?」

ヒロは、察した。
森でマーテルとジュドーは、言い争っていた。

「もちろん、本当はプロジェクトに対して建設的に取り組んでくれる人が理想です。
 ですが、マーテルさんが必要なスキルを持っているなら、メンバーに入れたいのです。
 マーテルさんにとってメリットがあれば、きっと前向きに取り組んでくれます」

「確かに、他に適任者は思いつかないからな…」

ジュドーはしぶりつつも納得した。
ヒロは続ける。

「体制表として書くべき役割の残りは、プロジェクトマネージャーとプロジェクトオーナーですね。
 プロジェクトマネージャーは私として、プロジェクトオーナーはグレンダール総指揮官ですかね」

「プロジェクトオーナー?」

ジュドーが聞いた。

「ああ、プロジェクトオーナーは、プロジェクトの発注者ですね。
 仕事の発注者。
 これは、明確にしておかない何かを判断したり決定したりする際に、困ります。
 必ず発注者を決めて判断を仰がないと、ころころ意見が変わってしまうと大変ですから」

ヒロは体制表に次の二行を追記した。

プロジェクトマネージャー:ヒロ
プロジェクトオーナー:グレンダール

「これで、体制表は出来上がりです。
 これをもとに、初めのフェーズのスケジュールと体制表を作るんです。
 今回は、各メンバーとプロジェクトオーナーの合意が取れてから"フェーズ①ゾームの調査"のスケジュールと細かな体制を作ります。
 一挙にやると大変ですし、今日はここまでにしましょう」

「体制表にギルド長がいないが…いいのか?
 なんか、ヒロにアドバイスする人、とかそんな役割で入れなくていいのかよ?」

「ギルド長はいなくとも、このプロジェクトの目的は達成できます。
 ギルド長は役割として、何に責任を持つのかが明確ではないですし…」

ヒロはきっぱりと言った。
かつて、ヒロが元の世界で働いていたころ、プロジェクトにアドバイザーとかオブザーバーという立場でプロジェクトに参画した人々がいる。
もちろん、機能する場合もあるが、多くは役に立たなかった。

というのは、責任がない立場で、プロジェクトを批評するようなことしか言わなかったためだ。
もっとこうしたほうがいいと思うけど?
それじゃダメなんじゃない?
往々にして、実情を無視した正論を述べるだけだったり、評論家のようなことを言うだけで、メンバーのやる気をさげるだけだった。

そのため、ヒロは何の役割に責任を持つか分からない、曖昧な立場の人間はプロジェクトには不要と考えている。

「まぁ、ジューマンさんは人柄はいいが、あんなだしな」

ジュドーも、なんとなく理解したようだ。

こうして、体制表が出来上がった。

体制表を見つつ、ランペルツォンが聞いた。

「…スケジュールはどうなる?
 私は、次の満月までにこの兵器が完成できるとは、思わないのだが」

ヒロも、それは兵器開発を知らないながらも感じていた。
よほど簡単なプロジェクト出ない限り、二ヶ月弱という短期間で完遂できることなど少ない。

「ですよね…。
 実際、どのぐらい掛かりそうですか?
 ランペルツォンさんのこれまでの経験としては」

「そうだな…ゾームの調査に一ヶ月、設計に二ヶ月、構築に二ヶ月。
 そうして、ようやく実践投入と言ったところか…」

「となると、実践投入は早くとも五ヶ月後。
 つまりは六ヶ月後の満月の襲撃ですか…。
 次の満月と、その次の満月にゾームが襲ってきたとしたら、暫定対策をとっておかねばなりませんね…」

ヒロは答えた。
なんらかの問題を解決するプロジェクトである場合、目的を達成するまでに暫定対策を打つことはよくある話だ。
このプロジェクトでも、同じことが必要となる。

「ゾームの調査後に、暫定対策を決めましょう。
 ゾームのことが分からなければ、対策はとれませんし…。
 ただ、魔物への汎用的な対策があるなら、とっておきましょう。
 ランペルツォンさん、それは王国兵団でお願いできますか?」

「分かった。対応しよう」

こうして、プロジェクト目的、目的の達成条件、体制表、スケジュールの案が出来上がった。
詳細なスケジュールはまだだが、最低限プロジェクト発足に必要なものは揃った。

次は、この案を実現するための、各メンバーへの打診やギルド、商工会などの組織との交渉だ。
グレンダールの後ろ盾があれば心強いだめ、まずは明日、プロジェクト目的、達成条件、体制表を、プロジェクトオーナーであるグレンダールに提示し、承認をもらうことにした。

そこまで決まった段階で、打ち合わせは解散となった。

 

長い打ち合わせであったため、時間は夜遅くなった。
ギルドにはレインとヒロのみとなっていた。
ギルドの戸締りをしながら、レインがヒロに話しかけた。

「やっぱり、私はプロジェクトには入れないんですね…」

体制表に自分の名前がなかったレインは、少し悲しそうに言った。

「もし、レインさんがよろしければ、プロジェクトマネジメントの補佐をしてもらえませんか?
 私は、きっと忙しくなります。
 その時に、手足として動いてもらえる人が、正直言うと欲しいのです。
 承認が取れたら、商工会や建設ギルドへ、プロジェクト協力を依頼しなけばいけません。
 私みたいな部外者より、顔が広いレインさんの方がきっと交渉はうまく行きます」

「補佐…ですか?
 でも、さっき曖昧な立場の人はいらないって…」

「誰の指示系統にもない、曖昧な人を置くことは邪魔にしかなりません。
 ですが、私の指示の元に行動いただく、という立場の人は、曖昧にはなりません。
 なにより、私はレインさんが私の知識を吸収してくれそうな気がするんです」

「ヒロさんの知識は、なんだか初めて知ったものばかりで面白いですから!
 このプロジェクトに、参加したいです!」

「よろしくお願いしますね」

「ところで、今日の話し合いを見ていて思ったんですが、ヒロさんって、とにかく紙に書きますよね。面倒じゃないんですか?」

ヒロは確かに、何でも書く。
ヒロの手元には、この会議中に書いた大量のメモがあった。

「面倒と言えば、面倒ですが、慣れました。
 人間、言葉で言ったことは覚えていないものです。
 だから、紙に文字で書いておかないと、なぜこうしたのか?何を決めたのか?次に何をするのか?が曖昧になるんです。
 特にプロジェクトはチームメンバーが協働します。
 メンバー間の認識を確実に合わせておくためにも、文字で残しておくことが大事なんですよ」

元の世界では、よくパソコンでメモをしながら、メンバーと打ち合わせをしていた。
文字で共通の認識にしておかないと、言った、言わないで後々モメるからだ。
チームメンバーにうまく動いてもらうには、指示や決まったことを言語化して明文化すること。
これも、プロジェクトマネジメントとして必要なものとヒロは考えている。

「なんだか、プロジェクトってとても面倒なものなんですね」

レインが言葉を返した。

「そうかもしれませんね。
 プロジェクトはそれぞれの目的によってとるべき行動は全く異なります。
 なので、正解がないんです。
 ただ、少しでも成功率を上げる知識や行動、それがプロジェクトマネジメントなんですよ」

「そんなに大変なものなのに、なんだか、ヒロさんは生き生きしていますね。
 プロジェクトマネジメントが、好きなんですね」

「ははは…。そうかもしれません」

 

★つづく★