凡人が成果を出すための習慣

残業ゼロで成果を出すには、どうしましょうか?

小説:ヒーローの管理職 最終話 終章4

マネジメントについての連続小説です。

1話からご覧になりたい方は、下記のカテゴリー別一覧へ移動ください。

 白川チームにも東條の移送車に"石"があったことを知らせる連絡が入った。

 だが、白川は正直、四方が強すぎて余裕が無かった。
 ”テレポート”、”停止”、”爆弾生成”を使い、かつ”超身体能力”で襲いかかってくる。
 こんなもの、チートである。
 ”石”がここにないことが分かり、移送車を護衛する必要がなくなったと言え、相手の攻撃が止むことはない。
 必殺技である3方向同時攻撃を繰り出そうにも、相手が”テレポート”したら避けられてしまう。
 だが、白川は四方の戦いを観察して分かったことがあった。

 四方は”テレポート”と”停止”を同時に繰り出すことはなかった。
 どちらも、右手を対象物にかざす必要があるため、どちらか片方しか使えないようだ。
 また、自分自身の”テレポート”は、戦闘開始時には使ったものの、その後は使っていない。基本的には白川の放った銃弾を移送させるために使っている。
 サポートチームの”テレポート”の異能者である桃地が言っていたのだが、大きなもののほうが移送させることにエネルギーがかかるらしい。
 四方も同じなのかもしれない。極力、大きなものより小さなものを”テレポート”させることで、体力を温存しているのだろう。

 状況から、白川は必殺技を使うことに決めた。
 その布石のため、2発の銃撃による攻撃を何度か行っていた。白川の2方向からの銃撃が、単体の技であると認識させるためだ。
 次に白川が2方向からの銃撃を放っても、それはこれまでと同じ攻撃に見えるはずだ。そこに、黄原と紫村の連携攻撃を加え、隙をつく。

 白川は黄原と紫村に指示を出す。
「まずは私が銃撃を打ちます。きっと私の銃弾の一つを”テレポート”させるでしょうから、その時なら”停止”はされないはずです。
 その隙をついて、これまで練習した、黄原さんと紫村さんの連携突撃をお願いします。
 必殺技で倒しましょう!」
「了解!」
 2人から返答が来る。
 白川がすぐさま2発の銃撃を放った。
 異なる軌道を描き、四方へ向かう。
「何度やっても同じ。」
 四方は一つの銃弾を”テレポート”させつつ、残った銃弾を避ける態勢を取る。
 ”超身体能力”をもってすれば、銃弾一つ避けるぐらい、難しくはない。
 が、そこに黄原が”鋼鉄化”して放り投げ、加速された紫村の蹴りが襲い掛かる。
「くらえっ!」
 四方は予想外の攻撃を避けられなかった。
 白川の狙い通り、紫村の蹴りは四方にクリーンヒットした。
「かはっ!」
 四方の声が漏れる。
 紫村はすぐに離脱しようとした。四方のような強力な相手には、ヒット&アウェイが鉄則だ。
 が、離脱できない。
「ちょっと!離してよ!」
 紫村の足が、四方に捕まれていた。
 ダメージを受けながらも、四方は反撃を行う。
「今のは、痛かった。」
 四方は紫村を地面にたたきつけ、さらに踏みつける。
「ぐあっ!」
「紫村さん!」
 白川がすぐさま助けのために銃撃を放つ。黄原も突撃する。
 紫村を踏みつけながら、四方は”テレポート”で銃弾を消し、”超身体能力”で銃弾を避け、”停止”で黄原を止める。
 紫村を先に始末するつもりだ。
 四方の足に体重がかかり、紫村の胸を押しつぶそうとする。
「あぁぁぁ!」
 紫村の悲痛な叫び替えが上がる。
「どうすれば…!とにかく銃撃で気をそらさないと!」
 白川は焦ってパニックになった。精神の乱れは、”サイコキネシス”に影響する。銃撃を正確に操れず、四方に容易に避けられた。

 が、急に沿道にあった道路の破片が、四方に投げられ、四方の肩に当たった。
「何?」
 四方は怪訝そうに破片が飛んできた方向を見た。
 一般人だ。繁華街のラーメン屋の店主だろうか。朝からスープの仕込みでも行っていたのか。
 その男性店主が、破片を投げたようだ。
 白川は困惑しながらも叫んだ。
「ここは危ないです!避難を!」
「ヒーローがやられそうじゃねーか!こういう時は、今まで助けてもらってる分、こっちが助けねーと!」
 そう言って、店主はさらに破片を拾って投げる。
 その姿を見て、他にも一般人が集まってきた。
「そこからどけ!ヒーローから足をどけろ!」
 他の人々も、破片を投げ始めた。

 四方は混乱している様子だ。

 冷静さを取り戻した白川は、投げられた破片をコントロールし、四方の足を狙った。四方は避けるように、紫村を踏みつけている足をどけた。
 黄原は紫村を助けるため、四方を後ろから羽交い絞めにする。
「紫村さん、離脱を!」
 黄原が叫ぶ。
「は…はい…!」
 紫村は力を振り絞り、離脱した。
 四方は動かない。
「なぜ?なぜあなたたちが異能者を助けるの?
 非異能者は異能者を拒絶する。そのはずなのに…!ありえない!」
 四方は一般人に向けて、襲い掛かろうとする。
 すぐに黄原がそれを身を挺して止めた。
「私は拒絶された…なのに…」
 混乱しているのか、黄原に止められたまま、”テレポート”や”停止”を使おうともせず、四方はもがく。

 白川は四方に対し、銃撃を放った。

 銃弾は四方の胴体に命中し、四方の動きは止まった。


 白川は四方は困惑していたように見えた。無表情だったが、急に感情が出たように思えた。それは、嫉妬のような、羨ましがっているような感情に思えた。

 白川は四方にゆっくり近づいた。

 黄原が言った。

「これ、麻酔弾ですね。」

「はい。咄嗟に殺傷弾から切り替えちゃいました。」

 白川がそう答えた。そして、四方を見た。

「うっ…」

 まだ、四方には意識があるようだ。

「あなたは、居場所が欲しかったんだね。エノトスなんて戦う場所じゃない、もっと、穏やかな居場所が。

 非異能者も異能者も関係ない理解しあえる仲間が欲しかったんだね。」

 四方は、はっとしたような表情をした。涙を流している。

「私が欲しかったもの…」

 四方がつぶやいた。

 白川は四方をそっと抱きしめた。

「あなたの欲しかったものは、きっと手に入る。」

 白川は東條の掲げる"異能者と非異能者が共存できる社会にする”というビジョンが実現すれば救われる人間だと、そう確信した。

 そして、四方は麻酔の眠りについた。

 

 ***


 東條は”石”を前に、西陣と対峙していた。
 西陣の「”石”を壊せば戦いは終わる」という言葉に、心が揺らぐ。
 東條は目をつぶり、深呼吸する。
 まぶたに、隊員たちの姿が映る。
 東條のビジョンに共感し、これまでついてきてくれた隊員たち。今も彼らは戦っている。
 東條自身がビジョンに疑念を持つことは、彼らを裏切ることになる。
 それは、マネジメントの怠慢だ。
 東條は自分が組織を率いるリーダーであり、マネージャーであることを思い出した。
「私は組織を率いる者だ。私のビジョンを最も強く信じる者だ。
 ”石”は壊さない。守り抜く!」
 東條は西陣に言い放った。
「そうか。残念だな。
 なら、強引に”石”を奪うしかないな。」
「抵抗はさせてもらう!」
 東條は西陣を”停止”させる。
 ちょうど、東條にサポートチームから通信が入った。
『東條司令官!赤崎チームと白川チーム、共にそちらへ向かっています!』
 ”停止”を使う今の東條に答える余裕はない。だが、増援が来る。それまで耐え忍ぶことができれば、勝機がある。
 止められた西陣は、不敵に笑いながら言う。
「そうは長く止められないぞ。この”停止”が終わった時が、俺の勝利の時だ。」
 西陣の言う通りだ。普段の東條であれば、”停止”は数十秒が限界なのだ。
 だが、東條は何があっても”停止”を解除すまいと覚悟した。
 異能の力は、体のエネルギーを使って行動するという点で、肉体労働や知能労働と似たようなものだ。
 能力を過剰に使うことは、限界まで走ることと同じようなもの。
 今、東條は限界を超えて能力を使い続けようとしている。
 昏睡してしまうかもしれない。最悪の場合、死に至るかもしれない。だが、東條は止めない。
 東條しか、今、西陣を止められるヒーローはいないのだ。
 東條の目から、耳から、鼻から、血が流れる。どこかの血管が破れたのだろう。目の前の景色が赤くなる。
 だが、東條は止めない。

 数分が経過した。
「おい、死ぬぞ。”石”のために命を落とすのか?そんなものに命をかける価値があるのか?」
 西陣は東條に言う。
 だが、東條にはすでに聞こえていない。意識は、もうろうとしている。
 気力、それだけで”停止”し続けている。
 だが、とうとう力尽きた。
 東條は移送車の中、”石”の前に倒れた。

 ***

「なんて奴だ。」
 西陣は倒れている東條に対して畏敬の念を込めて言った。
 しばらく東條を眺めた後、西陣は”石”に手をかけた。
「とうとう、この時が」

「待て!」
 西陣の後ろから声がした。
 赤崎だ。赤崎のチームが到着した。よく見ると、南部もいる。
「おい、南部。寝返ったのか?」
「あなたのビジョンが…最善の選択かがわからなくなったのです。
 東條のビジョンが実現できるのかもしれない。そんなことを戦いの中で思ってしまったのです。」
 南部は戸惑いながら答えた。
「…東條。大した奴だ。限界を超えた力で仲間の増援まで持ちこたえ、望みをつないだ。
 そして、お前のビジョンが南部を変えたのか。」
 西陣は足元の東條を見ながら、そうつぶやいた。
西陣さん。四方も戦いをやめたようです。
 まだ、他の道を我々は探せるんじゃないでしょうか?」
 南部は西陣を説得しようとしている。
「それが、お前の結論か。」
「はい。」
「…俺のビジョンについてくる奴は、もういないってことか。
 組織のリーダーとしては、俺の負けだな。
 だが、俺はもう引き返せない。
 1人でも、戦うしかねーんだよ!」
 西陣は両手に炎を宿し、戦う意志を見せた。
 赤崎と南部が、構える。
 だが、急に炎が両手だけではなく、体全体を包んだ。
「…なんてこった。このタイミングで来るとは。完全に、俺の負けだ。」
 西陣の言葉を聞いた南部が叫ぶ。
「負けって…西陣さん!その炎は自分の意志じゃないってことですか!?」
 力の暴走。
 西陣は”悪夢の日”にヒーローアソシエーションを襲撃した際に、南部の捨て身の攻撃で大きな怪我を負った。
 傷は完治したとはいえ、負傷の影響で、全盛期に比べると戦える時間、つまり能力を継続して使える時間は、短くなっていた。
 西陣はそれを知っていたが、東條のチームが思いのほかしぶとく、戦いに時間を要してしまった。
 ”停止”を使いすぎて倒れた東條と同じで、西陣も力を限界まで使っていたのだ。
 その代償として、西陣は異能をコントロールできず、体は炎に包まれてしまった。
「もう少しだった…。だが、これも運命か。
 お前らのビジョンが実現するかどうか、あの世から眺めてやるよ。」
 西陣は燃え盛る炎の中からそうつぶやいた。
西陣さん!」
 南部の声が、移送車の中に響いた。
 西陣はそのまま、妻と息子の元へ旅立った。

 ***

 東條は目が覚めた。
 白い天井が見える。
 意識がぼんやりしており、今の自分の置かれている状況がつかめない。
 首だけを動かしてあたりを見渡すと、病院の一室のようだ。
 東條は、病院のベッドに寝ている。
 体を動かそうとしたが、体がとんでもなく重い。疲労感が漂い、かなり力をこめなければ起き上がることができなかった。
 やっとのことで上半身を起こした東條に目に映ったのは、ベッドの横で、椅子に座っている白川だ。
「東條司令官!目が覚めたんですね!」
 東條は驚く白川を見て、何が起きているのかが分からず、声をかけようとした。
 だが、思うように声が出ない。
「良かった…。一週間も目を覚まさなかったんです。代わりばんこで病院に付き添いしてました…。みんな心配してたんですよ。」
 白川は涙目でそう伝えた。
 東條は、意識がぼんやりしていてものの、白川を見ながら次第に最後に見た状況を思い出した。
 西陣に”停止”をかけ、そのまま意識を失ったのだ。
「に、西陣は!?”石”は!?」
 東條の声はひどくガラガラ声だった。それでも白川には東條が言ったことが伝わったようだ。
「東條司令官のおかげで、”石”は無事に移送完了しました。西陣前司令官は、亡くなりしました…。」

 東條は白川から、東條が倒れてからのことを聞いた。
 西陣は能力が暴走して亡くなり、エノトスの他のメンバーは捕獲された。
 北折だけは、能力を”石”で無効化される前にテレポートで逃げたという。なんとも厄介な能力である。
 その後、”石”は無事、目的地に移送され、深海で保護されているという。
 東條が意識を失っていた一週間の間、サポートチームの代理指揮官と各サブチームのリーダーが指揮を務め、業務を遂行していたとのことだ。
「一週間、大変だったんですよ。」
「ご迷惑をおかけしました。」
 そう言いながら、東條は自分がいなくても一週間問題なく業務を遂行できるような組織になっていることに、うれしさを感じた。
 那須賀が言っていた。
『究極、メンバーがすべて優秀なら、マネジメントなんてなくても目的が達成できる。』
 メンバーが優秀になってきたということなのだ。マネージャーとして喜ばしいことだった。

 東條は白川の話を聞きつつ、自分の体に違和感を感じていた。
 これまで自分と共にあった何かが、なくなっているような感覚であった。
 東條はその違和感を確認するため、白川に言った。
「すいません、これから白川さんに”停止”をかけようとしてよいですか?調子を確認したいのです。」
「かまいませんよ。」
 東條は白川に”停止”をかけてみたが、全く何も起きなかった。
 自分の体から、なくなった何かとは、異能の力のようであった。
 これは、一時的なことなのか一生続くことなのか、東條には分からなかった。何にせよ、能力を限界まで使ったことで、なんらかの代償が出ているのだろう。
 異能の力がなくなったかもしれない、ということを聞いて、白川が驚いた顔をした。
「これで、完全にプレーヤーは卒業ですね。ヒーローとしては戦えなくなりました。」
 東條は少し悲しそうに笑いながら言った。
「東條司令官は、マネージャーのほうが似合ってますよ。これからもお願いします。
 それに、私たちのビジョンは、異能者でも非異能者でも関係ないことですから。」
 白川が答えた。

 "異能者と非異能者が共存できる社会にする”。
 東條が異能者だろうが非異能者だろうが、実現したいという気持ちに変わりはない。
 ビジョンが人を動かす。

 東條は、これからもマネジメントを実直に実践していくことを、心に誓った。
「こちらこそ、マネージャーとしてよろしくお願いします。」
 東條は笑ってそう答えた。

 ★終わり★