凡人が成果を出すための習慣

残業ゼロで成果を出すには、どうしましょうか?

小説:ヒーローの管理職 第12話 自分の管理の章8

マネジメントについての連続小説です。

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 東條としてはありがたいことに、ビジョンの行動指標である”自らの能力をより社会に役立てられるようにする”を意識した何人かの隊員から、戦略や技の提案がなされた。
 信頼関係を築くためには、メンバーのチャレンジを後押しし、失敗の可能性があったとしても受入れる環境にする必要がある。
 隊員のチャレンジ精神を大事にしたい東條は、それぞれの提案を実現するため、プロジェクトをいくつか立ち上げることにした。
 隊員が特定の期間で、彼らが提案した戦略や技をトレーニングの時間を使って習得する、という、期間・ゴール・リソースが決まったものであるため、東條はプロジェクトというとらえ方をした。
 隊員たちは出動がない時はトレーニングをしていることが多い。トレーニングの時間にどのような目的で何をするのかは、計画と実績を上層部へ報告しなければならない。ヒーローアソシエーションは政府が管轄する組織であるため、活動は税金でまかなわれている。トレーニングの時間に何をしているのか、金銭が発生している以上、報告義務があるのだ。
 基本的な報告内容としては、ヒーローアソシエーションが取り決めた基本の戦闘術を何時間トレーニングするとか、隊員個人の異能をある特定の目標レベルまで上げるために何時間トレーニングするとかいった内容になる。
 黄原の鋼鉄化を、最近犯罪者の間で流通し始めたマグナムの球でも無傷でいられるような硬度まで引き上げるために1ヵ月間に50時間のトレーニングをする、といった具合だ。

 隊員からは、白川と桃地の”弾丸テレポート”を含め、実に6つもの提案が上がっていた。つまり、プロジェクトが6つ立ち上がった。中には実現性が低そうなものもあったが、東條はチャレンジ精神を阻害してはならないと思い、すべてプロジェクト化することにした。
 隊員からの提案とは言え、トレーニングの時間をどう使うか、隊員に好き勝手決めさせるわけにはいかない。
 東條は、それぞれの隊員たちとそれぞれのプロジェクトのゴールを決め、どのようなトレーニングが良いかを一緒に考えた。
 トレーニングルームも収容人数が決まっているため、シフトを組まねばならなかった。
 隊員たちは、自分の新しいヒーローとしての可能性が広がると思い、生き生きしていた。

 だが、それだけのプロジェクトを抱えれば、東條の仕事はもちろん増える。
 上層部への報告も必要である。プロジェクトが増えれば、報告すべき内容も増える。必然的に、準備に時間がかかる。初めての試みが多いだけに、説明後の上層部からの指摘も多く、東條は宿題も抱えてしまっていた。
 また、司令官という役割には、他の部隊から異能犯罪者捕獲部隊への相談事項を受けるという仕事がある。
 だが、相談といえども単なる問い合わせのようなものも多い。異能犯罪者を捕獲するまでの、今月の平均リードタイムを教えてほしい、などである。それなりの数の問い合わせがあり、東條は時間をとられていた。
 そうして、東條は次第に忙殺されていった。
「東條司令官、最近忙しそうだな。」
 そんな声が隊員の間で話されるようになった。

 ***

 白川は東條と働くことができて、嬉しく思っている。
 東條がこの部隊に着任すると知らされたとき、”悪夢の日”の戦いを生き残った伝説の存在が上司になることに、期待を膨らませた。
 そして、3か月前に東條がこの部隊に着任したとき、思ったよりも普通な人だと感じた。だが、白川を含む全ての隊員の要望をきちんと確認し、話しやすい雰囲気を作ってくれていることは白川の目からも伺えたので、”良い上司”と思えた。
 だが、白川は最近の東條には不満を抱いていた。
 東條が忙しすぎて、相談する機会がほとんどないのだ。
 白川は、東條に相談したいことがある。桃地とトレーニングしている”銃弾テレポート”プロジェクトについてだ。白川はそれなりに銃弾をゆっくり飛ばすことをコントロールできるようになった。だが、桃地はまだ銃弾をテレポートさせることがうまくいかない。白川からは、桃地が焦っているように見えた。遅くまでトレーニングルームで練習していることもある。
 異能の力は、能力によっては非常に体に負担がかかる。桃地の”テレポート”は集中力を要する能力だ。長時間トレーニングすると、心身ともに疲労する。
「桃地さん、そんなに頑張らなくても、ゆっくりでいいからね。無理しないで。」
 白川はたびたび桃地を気遣った。だが、桃地からすると白川はうまく能力開発が進んでいることに引け目があることと、元来頑張り屋さんな性格であることから、
「明日はトレーニングルームが他のプロジェクトで使えないから、もうちょっとがんばる。」
 などと言って桃地は自分の体に鞭打っていた。
 白川は、東條の口から桃地に休むように言って欲しかったのだ。

 だが、東條に相談したくとも、最近の彼は常に忙しい。
 プロジェクトの報告時は桃地が一緒なので、そんな相談はできない。
 出動時はもちろん、そんな話をしている暇はない。
 一度話かけたことはあった。だが、
「すいません、至急でなければ後でお話しをうかがってもよいですか?」
 と東條から返され、白川はその場をあとにした。問い合わせや相談対応、プロジェクトの確認、報告業務で忙しそうな東條に、白川は話しかけられずにいた。

 そうこうしているうちに、トレーニング中に桃地が気を失った。能力を酷使しすぎたのだ。
 ヒーローアソシエーション内の救護部隊のもとへ運ばれ、その後病院へ搬送された。
 白川は悲しくて泣いてしまった。直接止められなかったことと、東條に相談できなかったことにつらさを感じた。
 以前の東條司令官なら、桃地の疲弊にも気が付いてくれたような気がする。

 結局、桃地は命に別状はなく、一週間で復帰できるとのことだった。
 桃地が入院した次の日、白川は東條の机へ向かうと、東條に対して不満を伝えた。相変わらず東條は忙しそうだったが、白川は無視して言った。
「東條司令官。最近、司令官自身が忙しすぎるんじゃないでしょうか?前までは、もっと私たちと話す時間を持ってくれていました。今は、プロジェクトの報告と、出撃時の事務的な連絡でしか会話ができません。」
 東條は答える。
「いつでも話しかけていただいていいんですよ?忙しそうかもしれませんが、私はちゃんと皆さんの話を聞きたいと思っています。」
 白川は、こちらの気も知らないでそう返したように思える東條に対して、少し感情が高ぶってしまった。
「ですが、そんなにも忙しいとこちらは気を使ってしまいます。桃地さんの件も、事前に相談しようとしたんです…。でも、司令官に話す機会がなくて、できなかったんです。私が桃地さんを追い詰めてしまったんです。」
 白川は下を向いて言った。少し声が震えていた。
 東條は呆然とした。
 
★つづく★