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残業ゼロで成果を出すには、どうしましょうか?

小説:ヒーローの管理職 第34話 終章3

マネジメントについての連続小説です。

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 東條が、”石”が自分の護衛する移送車にあることを知る、少し前に時間はさかのぼる。

 赤崎のチームと南部との戦いは熾烈を極めていた。
 赤崎は灰乃木と連携し、南部と激闘を繰り広げる。黒峰も、3人の異能者相手に、移送車を守ることに必死だ。
 2対1でも、赤崎たちは戦いを優位に進めることができずにいた。さすがは南部と言ったところだ。
 黒峰も、1人で防戦をはることに限界を感じ始めていた。
『赤崎さん、そろそろ持ちこたえられないです!こちらの戦い方が相手に読まれだしました!』
 黒峰は3人相手に、1人でよく持ちこたえている。赤崎はそう感じていた。逆に、2人で挑みながらも南部1人を無力化できない自分に歯がゆさも感じていた。
「すまない黒峰。灰乃木をそちらのサポートに回す。」
 移送車が襲撃され、”石”が奪われては意味がない。優先すべきは”石”の護衛なのだ。
 そのため、赤崎は体制を変更し、灰乃木を移送車の護衛につかせた。

「赤崎。お前1人で俺が倒せるのか?」
 移送車の護衛に向かった灰乃木を見て、南部が赤崎に言った。
「倒せるさ。いや、倒せないとしても構わない。”石”さえ守り切れば、こっちの勝ちだ。」
「俺を超えるんじゃなかったのか?ゴールをころころ変える奴は、リーダーとしては見限られるぞ?」
「チームで、エノトスに勝つこと。それが今の俺にとって、あんたを超えるってことだ。個人で勝つことじゃあない。」
「…お前も変わったな。まぁいい。行くぞ!」
 赤崎と南部が激突する。
 赤崎の流れるような蹴りと、南部の爆弾を利用した体術が入り乱れる。
 常人では到底届かない領域での戦いである。
 だが、はやり灰乃木がいなくなった分、赤崎は押され始めた。

 時間は朝の5時半を回っている。
 周辺に通勤中の一般の人が現れだす。戦いが始まってから、周辺にはヒーローアソシエーションの関係者が避難勧告を出している。
 それでも、普通に会社に通勤する人たちが、どうしても存在する。ここはオフィス街なのだ。
 とは言え、基本的には戦う姿を遠目で見て、一般の人々は逃げていく。

 が、一台の車が赤崎と南部が戦うエリアに入ってきた。移送車が止まっている道路の、逆側の道路だ。
 一般人が気が付かず、入ってきてしまったのかもしれない。
 南部は、戦術として道路のいたるところに爆弾を置いている。赤崎の動ける範囲を狭めることが狙いだ。
 その車は、ちょうど、南部の爆弾が転がる道路に入ってきてしまった。
 赤崎は、とっさに車を両手で止める。爆弾に巻き込まれては、車もドライバーも、ただでは済まない。
 が、その隙を南部は見逃さなかった。
 車を止めるため、車に対して両手を広げボンネットを抱きかかえるようにして車を止めた赤崎に、南部は横から掌低に爆弾を乗せた一撃を加える。
 赤崎は横に飛ばされ、ビルの一角に激しくぶつかった。ビルの一部が壊れ、赤崎は埋もれてしまった。
「くそっ、動けない!黒峰、瓦礫をどかすこと、できるか?」
『移送車の護衛で手一杯です!』
 このまま赤崎が動けない状態では、南部が移送車へ向かうことになる。黒峰と灰乃木だけでは、太刀打ちできないだろう。
「これは、まずいな…」

 ***

 南部は、瓦礫に埋もれた赤崎にとどめを刺すか、移送車に向かうか逡巡したのち、移送車へ向かうことにした。
 赤崎への情があったわけではない。”石”を奪うことが目的だからだ。
 だが、瓦礫に埋もれた赤崎のほうに、動きがあった。
 赤崎が体を張って止めた車から、一般人が飛び出し、赤崎のほうへ向かう。スーツを着た、オフィスワーカーの男性。いわゆるサラリーマン。非異能者だろう。
 赤崎の瓦礫をどかそうとしている。
「大丈夫ですか!?」
 そんな声が聞こえる。
 赤崎が突っ込んだビルには誰もいなかったようだ。だが、隣のビルから人が現れ、同様に瓦礫を協力してどけようとしている。
 窓から戦いを見ていたのか。どちらにせよ、車からサラリーマンがでてきたことに感化されたのか、3人の非異能者と思われる人々が同様に赤崎を助けようと、瓦礫を動かし始めた。
「いつも、守ってくれているのを見てたよ!今、助けるから!すぐにこの瓦礫、どけるからな!」
 サラリーマンと思われるおじさんがそう叫ぶ。

 南部は、驚いていた。
 非異能者は異能者を恐れの対象として見ていた。少なくとも、南部の記憶ではそうだった。
 ヒーローも例外ではなく、異能犯罪者から守っているとしても、どこか次元の違うもの、という目で見られていた。
 だが、赤崎は今、非異能者に助けられようとしている。
 非異能者が異能者に協力している。
 東條の言っていたビジョン、異能者と非異能者の共存。
 南部は、それを垣間見ているように感じてしまった。
 そんな社会は実現できない、そう思っていた南部にとって、衝撃的な光景であった。
 西陣のビジョンに共感した自分の心に嘘はない。だが、少し揺らいでしまった。

 南部は我に返ったが、すでに赤崎は非異能者の支援を受け、瓦礫から脱出した後だった。
 赤崎は相当のダメージを受けただろう。このまま押し込めば、赤崎は倒すことができる。
 南部は足元の道路の破片を拾い、爆弾化して赤崎に向かうための準備をする。
 だが、突如タイヤが道路に擦れるキュルキュルという音が後ろから聞こえた。
 移送車が急発進したのだ。
 慌てて移送車を攻めていたエノトスの3人が後を追う。
「なんだ?"石"を遠ざけるのか…?
 いや、どこかで動きがあったということか!」
 南部は一瞬で状況を推測し、判断した。
 移送車を移動させるとすれば、考えられることは2つ。
 あの移送車に"石"がある場合。単純に現場から"石"を離すことが目的だろう。だが、今回はヒーローアソシエーション側に車は走っている。なにせ本来の進行方向は道路を破壊したのだから、そちらにしか移送車は向かえないのだ。スタート地点に戻しても意味がないはずだ。
 となると、もう一つの可能性だ。他の移送車に"石"があると分かった場合である。急発進した移送車には、赤崎たちヒーローはついて行ってない。つまり、護衛をつけていない。
 これは、囮として移送車を利用しているとしか思えない。
 南部はすぐに西陣へコンタクトを取る。
西陣さん、南部です。こちらの移送車が動き出しました。どこかに"石"が発見されたと考えられます。」
『恐らく、俺が当たりだ。今移送車に穴を開けた。すぐにヒーロー達を片づけて、移送車へ"石"を取りに行く。
 俺たちのビジョンの実現は、目前だ。』
 西陣からの返答に、南部は「はい。」とだけ答えた。
 本当に西陣のビジョンは理想なのか。
 南部は、異能者と非異能者が共存できる社会が来るなら、それは理想だと思っている。
 だが、そんなものは幻想だと思っていた。
 赤崎を助ける非異能者を見て、自分のビジョンに疑問を感じてしまった。もっと良い道があるのではないかと。
 ビジョンに不安を感じれば、行動の精度は下がってしまう。
 南部は心が揺らぐ中、無理矢理赤崎に集中した。
 赤崎たちが何か仕掛けようとしていることが分かったからだ。

 ***

「ありがとうございます。助かりました。」
 赤崎は助けてくれた一般人たちに礼を言った。
 一般人に助けられるなど、以前では考えられないことだ。
 これは、東條が"異能者と非異能者が共存できる社会にする”のビジョンにおける行動指標として掲げた”非異能者を助け、信頼関係を築く"の成果だろう。
 ヒーローを信頼してくれる人が増えた。異能者だとしても、仲間だと認識してくれる人が増えた。

 不思議なことに、南部は赤崎が動けない間、移送車を襲撃せずに突っ立っていた。理由はわからないが、助かった。
 赤崎は次の行動に移る。
 瓦礫に埋もれている間に、東條のチームのサポートメンバーから次のような連絡が入っていたのだ。
『”石”はこちらにあることが確認できました。すぐに東條司令官の移送車へ来てください。西陣が圧倒的な力で、支援が必要なんです!』
 元々、”石”が自分の移送車にないことが分かれば、他の2台の移送車のうち、どちらかへ支援に行くというルールにしていた。
 そして、逆に”石”がある移送車が分かった場合は、その移送車へ他のチームも集まる手はずにしていた。
 要するに、”石”が無ければ他へ移動し、”石”があると分かれば全員集まる、というルールだ。
 よって、今回は東條の移送車に”石”があると分かったので、そちらへ向かうことになる。白川のチームも向かうことになるだろう。
 だが、今の状態では南部がそうさせてはくれないに違いない。
 そこで、赤崎は作戦を考えた。
 ドライバーに連絡し、赤崎のチームが護衛している移送車を急発進させるよう指示した。
 移送車を囮にして、南部以外の襲撃者3人を遠のかせるためだ。黒峰と灰乃木を護衛から外し、3人で南部を倒す。
 繰り出すのは、必殺技である。
 赤崎のチームも白川のチームと同様、3人での連携技を開発していた。

 狙い通り、急発進した移送車をあわてて南部以外のエノトスの異能者たちが追いかける。
 黒峰、灰乃木はフリーになり、赤崎と合流した。
 3人そろうや否や、赤崎は号令を出す。
「いくぞ!」
 赤崎は南部の頭上へ向けて高くジャンプした。全力でのジャンプだ。
 黒峰の”サイコキネシス”で上空方向への押上げを補助してもらい、数十メートルの高さまで飛び上がった。
 同時に、灰乃木が南部へ向かう。
 南部は赤崎を警戒していたため、灰乃木への対応が少し遅れた。
 その数秒の間に、灰乃木は南部へ重力をかける。
 南部の動きを止めるためだ。
 上空の赤崎が南部へ向けて攻撃してくるのは明らかだ。南部はなんとか動こうともがく。
 爆弾を赤崎へ向けて、何とか放り投げる。
 だが、黒峰がその爆弾を操作し、軌道をずらした。爆弾は赤崎の横に流れた。
 赤崎は高い位置から、勢いがついた蹴りを南部へ向けて放つ。
 高さによる勢いに加え、地上付近になれば灰乃木の重力が赤崎に加えられ、蹴りの威力はさらに増した。
 その、3人の力を合わせた渾身の蹴り。
 これが、赤崎たちの必殺技であった。
「くらえっ!」
 赤崎が叫ぶ。
 南部は片腕で防御する。
 だが、そんなもので防ぎきれるはずがない。
 威力は、車の衝突など軽く超えるのだ。
 南部は蹴りを受け、地面にたたきつけられた。
「ぐあっ!」
 思わず声が漏れた。

 倒れた南部は動かない。
 フルフェイスマスクは砕け、顔があらわになっている。
 目は開いていた。
「…見事だ。俺の負けだ。」
 赤崎は南部を見下ろしながら言った。
「南部さん。なぜ、俺が瓦礫にうもれて動けないとき、何もせずに立っていたんですか?
 あなたなら、すぐに次の行動をおこしたはず。
 そのおかげで我々はこの一撃の準備ができたわけですが…」
「そうだな…」
 南部が口を開いた。
「非異能者に助けられるお前を見て、お前たちのビジョンが実現された世界を、見たいと思ってしまったんだ。
 自分のビジョンに自信がなくなれば、行動にも自信が持てなくなる。戦闘なんてシビアな行動には、大きな影響になってしまったようだな。」
「負けた言い訳ですか?南部さん。」
「聞いておいて、その言い草か。減らず口を。」
 南部と赤崎は、笑い合った。
 かつての先輩後輩の頃のように。

★つづく★