凡人が成果を出すための習慣

残業ゼロで成果を出すには、どうしましょうか?

小説:ヒーローの管理職 第29話 仕事の管理の章5

マネジメントについての連続小説です。

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 現場は近かったため、3名は共に移動し、到着した。

 一般人の避難自体は大方終わっているようだ。
 だが、学園長室があるという校舎にターゲットは入って行ったようで、その校舎の中にはまだ逃げきれていない人がいるとのことだった。
 学園長室はどこだ、とターゲットが叫んでいたという情報があるため、学園長を狙っている可能性がある。
「タスク2から実施する。」
 校舎の周りからは、既に一般人は避難していた。校舎内の人々は避難させることが難しいので、タスク2である、赤崎と灰乃木による校舎への立ち入りから開始することにした。
 赤崎は2人に指示し、学園長室のある校舎に灰乃木を連れて入る。黒峰は援護のために建屋の外に待機した。

 ”透視”を持つサポートチームメンバーから、校舎のどのあたりにターゲットがいるか確認しながら向かう。
 同時にサポートチームから校舎の見取り図を表示してもらった。
 大きなその校舎は3階建てで、大学生が授業を受ける教室のほかに、事務室のようなものもある。そして、3階に学園長室がある。
 ターゲットは2階から3階に向かっているらしい。
 逃げ遅れた学生、および学園長と一部の事務や講師が3階にはいるようだ。非常階段が建物の外についているが、ターゲットが先に衝撃波で破壊してしまったようで、内部の人々は避難ができずにいた。

 赤崎と灰乃木は2人で3階へ向かう。次第にガラスの割れる音と、大きな声が聞こえてくる。
「どこだ学園長!殺してやる!」
 そう叫び、廊下を歩きながら部屋のガラスを衝撃波で破壊していくターゲットが、赤崎の目に入った。
 若い男だ。大学生ぐらいだろう。
 ターゲットも赤崎と灰乃木に気が付いた。

「くそっ、ヒーローどものお出ましかよ。いいよな。お前らは職にありつけて!」
 ターゲットはそう言い放つと、すぐさま手をヒーロー2人のほうへ手をかざした。
「灰乃木!シールド!」
「了解。」
 すぐに灰乃木は彼の能力でシールドを重くした。放たれた衝撃波を防ぐ。
 やはり、空気圧を操って衝撃波を出しているようだ。
 灰乃木は銃で攻撃をする。が、衝撃波に相殺され、弾は途中で地面に落ちた。死角からの攻撃でない限り、銃は役に立たなそうだ。
 縦に長い通路での戦いは、衝撃波を相手にすると分が悪い。相手は遠距離攻撃で一方的に攻撃してくるが、こちらは逃げ道がない。
 とにかく相手を狭い部屋に誘導せねばならない。そのためには、ヒーローのうちどちらかが、相手の後ろに回って挟む形にする必要がある。でなければ、相手を後退させることができない。
「灰乃木、今俺たちの横には大教室がある。俺が教室に入り、教室を通ってターゲットの後ろに回る。灰乃木は防御しながらターゲットを引き付けてくれ。」
「了解。…でも、赤崎さんが教室から出るとき、衝撃波で狙い撃ちされちゃいませんか?」
「それは、ある程度覚悟の上だ。黒峰、援護できるか?」
『正直、灰乃木さんや赤崎先輩にあたっちゃうかもしれません!3階に今から急行しましょうか?』
 黒峰の声が通信で届いた。
「分かった。外から援護が難しいなら、こっちへ来てくれ。」
『了解です。』

 赤崎は黒峰へ指示した後、衝撃波の切れ目を狙って教室へ移動する。
 教室内には、端っこに逃げ遅れた生徒たちが固まっていた。
 赤崎を異能犯罪者と勘違いしたのか、生徒から悲鳴が聞こえる。
「安心してくだはい、俺は助けに来ました。そこでじっとしていてくれれば、すぐに終わる。」
 赤崎は生徒たちに声をかけた。
 教室に入った赤崎を目で追いながら、ターゲットは灰乃木へ衝撃波を撃ち続ける。
 赤崎が教室を通り抜け、ターゲットの後ろ側の出口へ手をかけた。
 予想通り、ターゲットが衝撃波を赤崎が出ようとする扉へ撃つ。
 扉が吹っ飛び、再び、生徒から悲鳴が上がる。
 赤崎はとっさに避けたが、扉やガラスの破片が舞う。だが、その程度ならば戦闘用スーツがすべて防いでくれる。
 問題は、連続で放たれた2発目の衝撃波だ。
 赤崎は教室にあった机を盾に、直撃の衝撃を和らげた。とはいえ、それでも激しい衝撃を体で受け止めざるをえなかった。避ければ、生徒に被害が及ぶ可能性があったためだ。
「ぐあっ!」
 赤崎は思わず声が出た。
 だが、ターゲットの後ろをとることができ、通路を灰乃木と赤崎の2人で挟む形となった。
「灰乃木、このまま、この通路の突き当りの右に行ったところにある倉庫室へ誘い込む。前に出てくれ。」
 赤崎が小声で指示を出した。
 灰乃木が前進しながら、誘導していると思わせないよう、気をそらすためにターゲットに話しかける。
「どうしてこんなことをするんだ?大学に恨みでもあるのか?」
「俺が異能者だから、この大学は俺を不合格にしたんだ!面接の時の反応を見たらわかるさ!俺が異能者と言ったら、そのとたんに雰囲気が変わったんだよ!」
「だから、学園長に危害を与えに来たのか?」
「そうさ!俺みたいな異能者はヒーローや特別研究者にならない限りは、つまはじきなんだ!そんな社会に警鐘をならすために、俺は学園長を殺してやるんだ!」
 そう言いながら、衝撃波を放つ。赤崎にも衝撃波を断続的に放つ。赤崎は衝撃波を避けつつ、通路の奥へ移動する。
 衝撃波をシールドで防ぎながら、灰乃木は前進し続ける。
「あんたの話が本当だとして、学園長を倒したところで何も変わらないだろう?逆に、異能者がより社会から危険なものと思われるだけだ。」
「うるさい!」
 逆上したターゲットは衝撃波を何度も放ってくる。能力の連続使用をしても威力が衰えない。持久力のある異能者であるか、興奮状態で限界を超えているか。どちらにせよ、ターゲットと会話しつつ、誘導を行う。
 そうして、赤崎と灰乃木の2人は倉庫室の前までターゲットを誘導することに成功した。
 黒峰も灰乃木に合流済みだ。ターゲットが破壊した扉、ガラス、壁の破片を飛ばすことでターゲットを思う方向へ誘導する。
 ターゲットがふいに何かに気が付いた。
 さきほど赤崎がターゲットの後ろに回った通路の先はT字路になっており、右に行くと倉庫室、左に行くと学園長室がある。右へ誘導したのだが、逆側にある学園長室の前に”学園長室”というプレートが突き出ていた。ターゲットの目に、その文字が見えたのだ。
「学園長室?あそこか!」
 ターゲットが学園長室へ足を進め出した。
『まずいです、学園長室には、学園長が逃げ遅れて残っています!』
 東條から通信が入る。
 ターゲットは灰乃木と黒峰がいるほうへ向かう。2人の後ろにある学園長室めがけて。
「おい!こっちくるな!」
 黒峰が瓦礫を操って投げつつ言い放つ。
「くそっ!」
 赤崎はタスクが思い通りにいかなかったため、悪態をついた。そして、意を決してターゲットをここで無力化することにした。
「灰乃木、黒峰、ここで決着をつける。遠距離攻撃で気を引き付けてくれ。俺が接近して無力化する。」
「了解。」
 黒峰がガラス片を飛ばす。灰乃木は防御を続ける。そして、ターゲットが黒峰の攻撃を避けるのを見計らい、赤崎は一挙に接近した。
 赤崎の蹴りがターゲットの脇腹へ入る。が、同時にターゲットは、接近した赤崎に衝撃波をお見舞いする。赤崎は後ろに飛ばされた。
 相打ちだ。だが、赤崎はしっかり防御していた。連続攻撃の練習成果で、蹴りの後の態勢変化が前よりも容易になったためだ。
「あぐぅ」
 ターゲットが嘔吐する。赤崎はそのまま畳みかける。蹴りを頸椎に当てて、気絶させた。
 ターゲットが気絶したことを確認し、赤崎が報告した。
「ターゲットの無力化完了。」
 こうして赤崎の初めての指揮は終わった。
 赤崎はそれなりにダメージを負ってしまった。課題の残る出動であった。

 赤崎は何が悪かったか、なんとなく分かっていた。結局、自分でなんとかしようとしてしまうのだ。
 ターゲットの後ろをとるときも、最終的に無力化する時も、赤崎は自分の力で進めてしまったのだ。結果、ダメージ覚悟での戦いとなり、無力化はできたがチームメンバーの能力を有効に使えたとは思えなかった。
 東條司令官ならどうしただろうか。そんな思いが巡る。指揮の難しさを感じた。
 赤崎は出動でダメージを受けた。毎回この状況が続くと、狼男の時のように、大きな負傷につながってしまうだろう。
 チームをうまく指揮できれば、もっと安全に無力化できたのではないか。

 出動から帰還した後、東條が赤崎にリーダーとしての初出動の所感を尋ねに来た。
 赤崎は自分の思う課題感を東條に伝えた。

「なるほど。今回の出動に課題を感じているのですね。では、その課題感をもっと明確にしてみましょうか。」
 東條が赤崎にそう言った。
「東條司令官なら、今回の出動ではどんなタスクを設定したでしょうか?」
 赤崎が尋ねる。
「そうですね…。」
 東條は自分が指揮していたとしたら設定したであろうタスクを伝えた。

 タスク1
  一般人の避難
 タスク2
  灰乃木の重力でターゲットを荷重し、遅くする
 タスク3
  建物内なので、死角が多いことを利用し、黒峰の銃撃で攻撃でダメージを与えていく
 タスク4
  弱ったところに衝撃破をシールドで防ぎながら近づき、赤崎の攻撃で仕留める

 そのタスクを赤崎は見て、こう口を開いた。
「東條司令官、俺はこのタスクを思いつけませんでした。最終的には、自分でなんとかしようとしてしまいました。」
「私のタスク設定と、赤崎さんのタスク設定で、何が異なるか、分かりますか?」
「…俺のタスクよりも、東條司令官のタスクの方がメンバーに役割を与えていることでしょうか。俺は、特に黒峰をうまく活用できませんでした。灰乃木も、シールドで防御させることしかさせられなかった。
 …2人の能力を最大限に発揮させることができなかった、ということなのかもしれません。」
「なるほど。では、能力を発揮させることができなかったのは、何が足りなかったのでしょうか?」
「2人の能力についての理解、でしょうか…?」
「そうかもしれません。指揮、つまりは業務指示する際に、必要な3つのことがあります。」
 東條は"仕事の管理"における"適切な業務指示"で意識すべき3つの内容を、ホワイトボードに書き出した。

 ・指示のゴールとタスクの明確化
 ・指示の明文化
 ・指示の必要性の提示

「赤崎さんは、わたしが日頃実施していたようにゴールとタスクの明確化はしていただいていたと想います。
 また、明文化についても、最近はサポートチームが出動中のリーダーの指示を文章にして、フルフェイスマスクのモニターに映してくれます。」
「では…残りの一つ、必要性の提示が足りていない、ということですか。」
「私は、そう思います。
 各タスクをなぜ行う必要があるかは、説明できているかもしれません。ですが、灰乃木さんが、黒峰さんがすることが適切である理由を伝えることができれば、さらにメンバーに的確に動いてもらえるようになるはずです。」
「なぜ灰乃木が、黒峰が、それをすべきか、ですか…。ですが、そもそも黒峰には今回、俺はタスクを割り当てることすらできませんでした。必要性の提示以前の問題ですよね。」
「いえ、必要性を考えることが、その問題の解決に繋がります。
 必要性を考えるには、そもそもメンバーがこなせるタスクを設定しなければなりません。メンバーがこなせないタスクならば、結局それがこなせる人間、つまりは赤崎さんしかこなせないタスクになってしまうからです。それは難易度の高いタスクとなり、リスクが高まります。」
「各メンバーで達成できるタスクを設定する必要がある…」
「そうです。そして、各メンバーで達成できるタスクを設定するには、何が必要でしょうか?」
「やはり、2人の能力がどんなものか、2人が何ができるかの理解、ですね。」
「そう。リーダーは、メンバーのことを考える時間を作り、メンバーのことを知ることが必要だと、私は思います。
 チームでのトレーニング時に、2人の特性を知ることを意識してみると、今後の指揮に役立つのではないでしょうか。」

 ***

 赤崎は以前、独りで戦っていた。当時はチームで出動しても、自分だけで戦おうとしていた。その時の意識が抜けていなかったのかもしれない。
 東條の話を聞き、そう感じた。
 赤崎はそれから、トレーニング時にメンバーの特性を知ろうと、目を配るようになった。
 赤崎は性格柄、あまりメンバーとは雑談をしない。以前ほどではないにせよ、話しかけにくい雰囲気の男だ。
 だが、次第に「調子はどうだ?」などの言葉をメンバーにかけるようになった。

 ***

 東條は、赤崎に相談されたことに嬉しく思った。これまで、那須賀からリーダーやマネージャーというものについて教わっていた立場から、急に伝える立場になったので緊張したが、"仕事の管理"についての内容を赤崎に伝えることができた。
 "3.仕事の管理"のなかの"3-1.適切な業務指示"で、最も実施が難しい"指示の必要性の提示"についてアドバイスを与えたことで、赤崎はメンバーのことを気にかけるようになった。
 その甲斐あって、赤崎の指揮は飛躍的にうまくなった。自分の力で無茶にすすめるようなタスクは減り、メンバーの能力を発揮できるタスクを考え、割り当てるようになった。
 メンバーのことを考えることは、"2.メンバーの管理"の一つだ。"3.仕事の管理"は"2.メンバーの管理"が前提であることを、東條は再認識した。

★つづく★