凡人が成果を出すための習慣

残業ゼロで成果を出すには、どうしましょうか?

小説:ヒーローの管理職 第24話 メンバーの管理の章11

マネジメントについての連続小説です。

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 那須賀に言われた事を実践するため、まずはコアメンバーと東條が考える2人、赤崎と白川に対してコーチングを行うことにした。

 まずは赤崎と話す場を設けた。
「赤崎さん。今、伸ばしたいと思うスキルはありますか?」
 東條は尋ねた。まずは、Goal(なりたい姿)の確認である。
「そうですね…。やっぱり俺は長期戦に弱いので、持久力を伸ばしたいです。」
「なるほど。他には何か伸ばしたいものはありますか?」
「他にですか…。あ、前の狼男との戦闘で思ったことがあります。」
「ほう。なんでしょうか?」
「俺は今まで、ほとんど一撃でターゲットを倒してきました。」
「そうですね。」
「今まではそうだったのですが…狼男のようなタフな敵と戦うときには、一撃では倒せないことがあります。」
「なるほど。一撃では倒せないなら、何をすれば倒せるでしょうか?」
「連続での攻撃が必要だなと。一撃では倒せない相手には、一撃目で多少ひるませた隙に、すぐさま次の攻撃を当てることが、有効な戦い方だと思うんです。」
「なるほど。それは良い案ですね。では持久力と連続攻撃、どちらを先に伸ばしたいでしょうか?」
「あー…持久力はすぐに伸びない、ということもあるので、連続攻撃を強化したいです。早く倒すことが、俺の弱点を補うことにもなりますから。」
 東條はうなずいた。連続攻撃ができるようになる。これがGoal(なりたい姿)だ。
「ということは、今は連続攻撃がうまくできないということですか?」
「できなくはないですが、連続攻撃って意外と難しくて、どんな状況にも対応して出せるわけではないです。」
 これがReality(現状)だな。東條はそう考えた。
「では、どんな状況でも連続攻撃を出せるようにするには、何をすればよいでしょうか?」
「そうですね。いくつか方法はあると思います。
 俺は基本的に、蹴りをメインで戦っています。拳での攻撃…拳撃を増やすことで、攻撃のバリエーションは増えるかもしれません。」
「そうなんですね。今まで拳撃を強化しなかったのには、何か理由がありますか?」
「蹴りで事足りていたのと、蹴りのほうが威力が高いこと、そして何より昔のサッカー経験から、蹴りが得意だということですかね。」
「ほほう。では、他に連続攻撃を鍛えるための方法はあるでしょうか?さきほど、いくつかあるとおっしゃってましたが。」
「ええ。もう一つは、蹴りからのバリエーションを増やす、という方法です。俺の攻撃は基本的に蹴りがメインで、蹴りから攻撃に入ります。そのため、蹴りからの蹴りや、蹴りからの拳撃を何種類かパターンを作って、一連の型にするのもいいかもしれない、と思っています。」
「なるほど。他にはありますか?」
「まぁ、あとはヒーローアソシエーションで基本トレーニングプログラムとして決められている、連続攻撃をやってみるか、ですかね。でも、俺の戦い方に合わないかも、と思っています。」
 東條はこれ以上は赤崎から他の方法が出なさそうに思えたので、Options(選択肢)が出揃ったと感じた。次はWill(意志)の確認である。
「そうですか。今、拳撃の強化、蹴りからの攻撃バリエーションの強化、基本トレーニングプログラムの実施と3つの方法が出ました。どの方法が良いいと思いますか?」
「基本トレーニングプログラムは微妙だと思ってるんで…拳撃を鍛えるか、蹴りからのバリエーションを増やすかですね。」
「どちらが赤崎さんにあっているでしょうか?」
「…やっぱり、俺の武器は蹴りだと思っています。だから、蹴りをメインで戦いたい。蹴りからのバリエーションがしっくりくるかな。そう思います。」
「いいですね。やってみましょう。どのようにトレーニングしたらよいか、分かるでしょうか?」
「ええ。いろいろな格闘技から、取り入れてみようと思います。」
 東條はうなずき、礼を言った。
 赤崎は自分で必要な成長に気が付き、トレーニングを開始することができそうだ。

 次は白川へのコーチングである。
「白川さん、今、何か伸ばしたいスキルなどあるでしょうか?」
「はい…。スキルというべきか分からないのですが…」
「どうぞ、なんでも言ってみてください。」
「想定外の事態が起きた時に、どうしていいか分からなくなる時が多くて…。応用力?状況判断?そういう能力がいると思っています。」
「なるほど。他に何かありますか?」
「いろいろとありますが、今はそれが一番自分に欠けている能力だと思います。」
 Goal(なりたい姿)は状況判断ができるようになる、ということだ。
「では、今は状況判断できなくて、どう困っていますか?」
「想定外のターゲットが出てきたり、東條司令官の指示タスクが実行できないような状態になると、どうすればよいのかわからなくなってしまって…。指示を待たないと動けないんです。でも、最近は出動要請と襲撃が重なって、サポートチームが代理指揮をすることも多くなりました。代理指揮官は東條司令官ほど指示が早くないし、ある程度自律して動けるようにならないといけないと思ってるんです。」
 これがReality(現状)となる。
「なるほど。では状況判断し、自律的に動けるようになるには、何が必要でしょうか?」
「えっと…。何が必要でしょうか…。思いつかないです…」
 東條は選択肢を出すべきと考えた。
「こんなのはどうでしょうか?
 想定外のときには、ゴールを復唱して、再度行動を組み立ててみる。
 もしくは、想定外の場合にやることを、あらかじめ決めておく。
 やり方は色々あると思います。」
「ほえ〜、なるほど…。あらかじめ想定外の行動を決めておけたら良いとは思いますが、さらに想定外のことが起きると、今と同じ状態になりそうですね…。
 タスクとゴールを復唱して、行動を組み立てる、というのはどういうことなんでしょうか?」
「はい。想定外のことが起きても、基本的にはゴールは変わりません。多くの場合、我々のゴールはターゲットの無力化か非異能者者の救出ですからね。でも、タスクは内容が変わる可能性があります。想定外の事態に、混乱しないようにゴールを復唱して、ゴールに至るためのタスクを自分の中で素早く組みなおすんです。」
「なるほど。おっしゃっていることは分かりました。でも、具体的にはどうやって身に付けたらいいか…」
 この手のコンセプチュアルスキル、と呼ばれるような思考スキルは、知らないと実践は難しいものだ。東條はティーチングと実践でのトレーニングが必要だと考えた。
「分かりました。考え方について、お伝えしましょう。」

 ***

 こうして、赤崎と白川はさらなる成長へ向けて一歩を踏み出した。
 東條は慣れていないコーチングを終えて、どっと疲れた。
 だが、充実感も感じていた。
 他のメンバーにも、適時コーチングを実践していくことにした。もちろん、赤崎と白川にも引き続き実践する。
 那須賀はこうも話していた。
コーチングはいっときするだけじゃあ意味がない。コーチングを続け、メンバーに考えさせる環境を作り続けるんだ。それが"メンバーの管理"の最後の項目、"継続的な育成"だ。」

 ***

 そうして定時を迎え、東條はオフィスを後にした。
 東條は帰路を歩いていく。人通りの多い通りを歩いていた東條は、道の先に見覚えのある姿を見つけた。
 片腕の男。南部だ。人混みに見え隠れしているが、間違いない。
(南部、なぜこんなところに!?)
 東條はそう思うや否や、足が南部のほうへ向かう。
 ジーパンにジャンパーを身にまとった南部が、東條の方をまっすぐ見ている。逃げる様子もない。東條を待ち伏せていたのかもしれない。
 こんな人混みで戦闘になると大変だ。東條は”停止”の準備をする。
 だが、近づいてくる東條を見て、南部は何も持っていない右手と、肘から上がない左手を上げて、お手上げのポーズをした。
 戦闘の意志はないとうことだろうか。
 南部が東條に声をかけた。
「東條。今日は戦うつもりはない。」
「…どういうつもりだ。」
 東條は警戒を解かずに答える。
「こんなところで戦いたくないだろ?俺もむやみに人を傷つけたいわけじゃない。話がしたい。ついてきてくれないか?」
 ”こんなところで戦いたくないだろ?”ということは、誘いを断れば戦闘になる、という脅しだ。
 東條は仕方なくついて行くしかなかった。
「分かった。」

 そうして、大通りを抜けて人通りのない路地に入る。日は暮れ、路地は暗くて奥が見えない。
 暗がりに2人の男がいる。
「連れてきました。」
 南部が言う。
 1人、男が暗がりから明るみまでゆっくりと歩き出た。
 体格から、東條は彼が”テレポート”の異能者ではないかと推察した。"テレポート"の異能者はこれまで、フルフェイスマスクで顔を隠していたため、初めて顔を見る。たしか北折と呼ばれる男だ。
 だが、初めて見たはずの顔に、東條は見覚えがあった。
 その顔は、”悪夢の日”に西陣と共にヒーローアソシエーションを襲撃し、南部の自爆で西陣と共に葬られたはずの異能者だった。
 ”悪夢の日”に自爆した南部がここにいる。そして、巻き込まれて死んだはずの北折という異能者もいる。
 東條は通路の奥にいるもう1人が誰であるか、察した。
 その1人が、東條の前に顔を表す。
「よぉ、東條。久しぶりじゃねーか。」

 東條の目の前に現れたのは、"悪夢の日"に死んだはずの元司令官、西陣宗介であった。

★つづく★