プロジェクトマネジメント知識をライトノベル感覚でお伝えする小説です。
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異世界✕プロジェクトマネジメント カテゴリーの記事一覧 - 凡人が成果を出すための習慣
ヒロはギルドの宿直室に住まわせてもらっている。
二度目の満月を終え、宿直室でプロジェクトを振り返りつつ、これからのことを考えていた。
今回の負傷者は2名。
プロジェクトの達成条件である、犠牲書・重傷者を3名以下に抑える、という観点から見れば、この戦いの成果は上々である。
あと2度の満月で、同じように3名以下に抑えることができれば、プロジェクトとしては完了となる。
順調と言える。
だが、兵器のテストフェーズと捉えると、課題がある。
鎧を身に付けたゾームの存在だ。
ゾームは知能がないモンスターだと思っていた。
だが、エルザスというボスがいることが分かった。
エルザスの指示に従って、ゾームたちは動いているように見えた。
となれば、全てのゾームが鎧のようなものを身に付けて挑んでくるかもしれない。
そうなれば、兵器では歯が立たない。
今回ヒロは鎧を腐食させる魔法を使い、兵器で対応できるようにした。
そんな、なにがしかの対策を盛り込まなければ、安定してゾームは倒せないということだ。
これは、プロジェクトでいえば追加要件である。
プロジェクトとは、未知への挑戦だ。
未知なものを少しでも先読みして堅実に進めるために、目的を決め、達成条件を決め、プロジェクトが担う範囲を決める。
だが、未知のものであるがゆえに、プロジェクト目的を達成するために追加で仕事が増えることがある。
これが、追加要件である。
元々の要件定義では、ゾームは鎧をつけていなかった。
だから、矛をさして雷撃を流すという要件の兵器で実現すればよかった。
だが、追加の要件として、ゾームの鎧をどうにかする、という要件がでたきたのだ。
追加要件が出てきたときに、プロジェクトマネジメントとしてすぐにすべきことがある。
それは、コストとスケジュールの見直しである。
新しいことをするのだから、期間もコストも、これまでよりも増える可能性が高い。
それを、プロジェクトオーナーに合意をとらなければならない。
でなければ、今までの費用とスケジュールで無理な要件を実現することとなり、品質が確保できなくなる恐れがある。
「プロジェクトマネジメントの極意、スコープ管理…再び」
ため息混じりにヒロはつぶやいた。
要件が変われば、スコープが変わる。
スコープが変われば、費用やスケジュールも変わる。
プロジェクトのスコープを予め定義し、スコープが変わる際に影響を確かめる。
ジューマンにスコープを増やされそうになった時同様、スコープ管理せねばならない。
ヒロは追加要件によって発生するタスクを書き出し、コストとスケジュールに変更が必要ではないかを考えることにした。
単純に、ゾームの鎧を取り除くための要件定義の時間が増える。
そして、要件実現のための設計、兵器に追加で変更が必要なら、そのコストも時間も増える。
だが、難点なのは次の満月の期間は伸びないことだ。
ヒロは、期間を延ばさずに、費用をさらに当ててもらい、魔道具を修正する技術者を増やすことで、スケジュールに間に合わせることをグレンダールに相談することにした。
王宮にて、グレンダール、リーガルと緊急会議となった。
今回、プロジェクトメンバーとしてはヒロ、ランペルツォンの他にレインが同席している。
レインが希望したのだ。
ヒロとしても経験を積ませる、という気持ちで同席してもらうことにした。
ヒロは事情をグレンダールに説明した。
グレンダールはうなずきながら聞いてくれた。
「ヒロ殿の言うことは分かる。
国の危機だ、リーガルよ、予算を回すことはできないか?」
「しかし、グレンダール総指揮官。
これはギルド側の調査不足でしょう。
初めに知能のあるゾームがいると分かっていれば、やりようはあったと思いますが…。
急に経費を増やすことは難しいですよ」
メガネをクイッと上げながら、リーガルは答えた。
ヒロは聞きながら思う。
確かに、これは要件定義漏れといえばそうかもしれない。
こんなリスク、事前に察知できなかった。
これは元の世界でもある事だった。
システムを更改するという仕事において、既存システムの事前調査時には分からなかった仕様が後で分かり、追加要件となることはある。
事前調査が甘かったのはそっちの責任だから、追加要件の費用は払わないよ、そんなふうに顧客に言われることはあった。
ただ、追加要件をスケジュールやコストの変更なしに受け取れば、人も増やせない、期間も同じで更に多くのことをしなければならず、プロジェクトメンバーの負担が増える。
徹夜続きで働き続けるような案件を、昼夜問わずゾンビのように働き続けることになぞらえてデスマーチと、元の世界では呼んでいた。
ヒロは、このプロジェクトをデスマーチにはすまいと心に決めていた。
デスマーチにすれば、疲労がかさんで品質が下がる。
ゾーム討伐の品質低下は、人間の死につながる。
それは避けなければならない。
ヒロはリーガルに言葉を返した。
「事前調査も我々はできる限りしました。
ですが、ゾームは未知の敵だったんです。
不確定要素がある点は、事前にお伝えしていたつもりです」
実際、ヒロはゾームというモンスターについてわからない事が多すぎるがゆえ、追加要件の発生は危惧していた。
そして、グレンダールやリーガルにも、その可能性は伝えていたのだ。
ただ、人間は「悪くなるかもよ」と言われても、あまり気にしない。
「どうせ大丈夫でしょ?」と思って、その悪い事はきっと起きないだろうと思い込んでしまう。
本来こう言った、いざこざを無くすために、議事録や、もっと厳密にする場合は契約書という形で双方認識合わせをするのだが、この世界には契約書に関する法律があるわけでもなく、ヒロの事前警告は曖昧な認識合わせにとどまってしまっていた。
これは、痛恨のミスだとヒロは思っている。
「確かにそんなことを言ってたかもしれませんが、追加だからホイ、と出すような経費は無いんですよ…。
私も、ゾームの驚異を軽んじているわけではありません。
ですが、この国は他にも金を必要とする物事があるのです」
リーガルはそう答えた。
中々議論はまとまらない。
そんな折、同席していたレインが発言した。
「あのー、提案があるんですが」
一同が、レインに注目する。
「キラーマンティス討伐の依頼がギルドに来てますよね?」
レインの質問にグレンダールが答えた。
「ああ。だが、ギルド長のジューマン殿でなぜか保留され、依頼は実行されていないようだが…」
前に、このプロジェクトに無理やりジューマンがねじこもうとした案件だ。
ランペルツォンのおかげてその時は助かったが、ジューマンはヒロに丸投げできなくなって放置しているのだろう。
レインが提案を伝える。
「あのキラーマンティス討伐の依頼を、格安で引き受けます。
その代わり、浮いた費用をゾーム討伐プロジェクトに充てるというのはどうでしょうか?」
リーガルが答える。
「それなら、支出が増えるわけではないので、構いませんよ。
でも、キラーマンティス討伐を費用を下げて実行することが、本当にできるのですか?」
グレンダールも言葉を添えた。
「キラーマンティスも決して弱いモンスターではない。
費用を削減した結果、討伐できないという結果にならないだろうか?」
「その点は、大丈夫です!
ヒロさんが、大魔法で倒しますから」
レインには、ヒロが大魔法を使えるということは伝えてある。
というより、プロジェクトメンバーには伝えている。
いざヒロが魔法を使った時に驚いて仕事が疎かになるといけないからだ。
とは言え、何を言い出すのか。
ヒロはレインを二度見した。
「えっ?ちょっと、何てことを言うんです!」
***
結局、ヒロはレインとサレナと共に、シュテリア大森林にいる。
キラーマンティスを討伐するためだ。
グレンダールとリーガルの前で、レインはこう言った。
「ヒロさんの大魔法は、いつでも出せるわけではありません。
ですが、キラーマンティス討伐時には確実に大魔法を使わせることができます。
私に任せてください」
ヒロは戸惑い、レインに事情を聞いたが、
「ヒミツです。私に任せてください!」
とだけ言われた。
そんなこんなで、キラーマンティスの群れを討伐するために、数カ月ぶりに森に来ている。
キラーマンティスの生息場所の特定と、不要なモンスターとの遭遇を避けるために、湿地帯にも同行してもらった、レンジャーのサレナを連れて来た。
コストとしては、サレナの費用以外はかかっていない事になる。
本来なら数十名必要な依頼なので、確かに格安だ。
「足跡からすると、このあたりね。
…ほら、あそこにいるわ」
サレナは森の奥を指さした。
かすかに、キラーマンティスらしきモンスターが木々の間に見える。
サレナは続けて話した。
「30匹ってこところかしら。
これ以上近づくと、気が付かれるかもしれないわ。
私は大量のモンスターを相手することは得意じゃないから、ここから先はそちらにお任せってことになるわね」
サレナがヒロを見る。
ヒロは大魔法が使える気配はない。
「あの…大魔法、使える気がしないんですが。
レインさん、どうしましょう」
戸惑うヒロに、レインが満を持したように話を始める。
「ちょっと、ヒロさんにお話があります」
レインが、急に恥ずかしそうに下を向き、もじもじした。
え?どういうこと?
これってもしかして…。
ヒロは焦り始める。
レインがまた話を始める。
「私、ヒロさんに伝えたいことがあるんです…」
「え?はい!ナンデショウカ」
「これまで、ヒロさんと一緒に過ごしてきて、気が付いたんです…」
サレナの目の前だというのに、大胆な!
そんな目で見てなかったし、心の準備が!
ヒロは頭が混乱する。
「プロジェクトマネジメントの知識って、とてもすごいってことに!」
「…え?」
ヒロが思ったセリフとは違った。
レインは言葉を続ける。
「私、ヒロさんとプロジェクトに関わって、本当にプロジェクトマネジメントがギルドの依頼をうまく進めるために必要なものだって気が付きました!」
しばらくヒロは頭が働かなかったが、愛の告白ではないと分かり、恥ずかしい勘違いに気がついて顔を赤らめた。
同時に、レインの言う内容もようやく頭に入ってきた。
ヒロは整理できない頭で、とりあえず返答する。
「そ、そうなんですね」
「ええ!
それで私、ヒロさんに教わった知識を使って、プロジェクトを一つ、成功させることができたんです!」
「え!?本当ですか!?」
「ヒロさんみたく、私もギルド長からちょくちょく依頼の取りまとめをお願いされることがあったんです。
でも、これまではそんな仕事はできないと思って、うまくかわしてきました」
レインも、ジューマンの丸投げを受けていたということか。
ただ、それを華麗にスルーしてきたあたり、世渡り上手なのかもしれない。
「ヒロさんからいろいろ教わって、私はそんなギルド長の依頼を受けてみようと思ったんです。
それは、モンスターの討伐の依頼でしたが、目的を決め、達成条件を決め、チームを作って、討伐することができたんです!
私はこれまで、言われたことはうまくやる自信がありました。
でも、自分で計画して進める、なんていうのは苦手でした。
それが、プロジェクトとしてモンスター討伐を自分で考えて進めることができたんです!
決して強力なモンスターではありませんでしたが、私にとっては大きな一歩なんです!」
確かに、レインは事務仕事や調整など、つつがなくこなす看板娘だ。
だが、なかなか自分でゼロから物事を進めることは難しく、誰かがレールを敷かないと行動に移せないように思えた。
だが、ヒロの知識で苦手を克服しようとしているのだ。
「私は、ヒロさんに感謝しています。
この数か月で、私は一挙に成長しました。
それは、ヒロさんのおかげなんです!
あなたがいなければ、こうはなれなかった。
本当に、ありがとうございます!」
ヒロは唖然とした。
徐々にレインの言葉が頭にしみわたってきた。
気が付けば、目頭が熱くなっていた。
これまで、プロジェクトマネジメントの知識を人に教えることは何度もあった。
だが、面と向かって感謝されたのは、初めてだ。
しかも、こんなに熱意を込めて。
レインが頑張っていることは、ヒロもなんとなく分かっていた。
プロジェクトを成功に導いたことまでは知らなかったが、それでもレインがおべっかを使っているようには思えなかった。
レインは本心から感謝しているようにヒロには思えたのだ。
女性二人の手前、涙はこらえたが、ヒロは言葉に詰まった。
「ありが…ありがとう…ございます…」
レインがそれに答える。
「お礼を言うのは、こちらの方ですから」
サレナがヒロをじろじろ見ている。
「な、なんですかサレナさん」
ヒロは感極まった姿を見られたくないので、サレナの視界を手で遮った。
だが、サレナがヒロを見ていた理由は違った。
「へぇ、それが大魔導士の光なんだ」
ヒロの体が黄金に光っていた。
レインをプロジェクトマネジメントで成長させたという充実感。
ヒロにいつしか、魔力が満ちていた。
そんなヒロを見て、レインが言う。
「さぁ!
キラーマンティスの討伐、よろしくお願いします!」
「ははは。レインさんにしてやられました」
「でも、これは信じてください。
ヒロさんに大魔法を使わせるためだけに私はプロジェクトに挑戦したわけじゃないですし、こんなことを伝えたわけじゃないんです。
本当に、感謝を伝えたかったんです」
「もうやめてください。
キラーマンティスがぼやけて見えます。
…でも、今なら30匹でも100匹でも倒せそうです」
そう言って、ヒロはキラーマンティスの方にゆっくり歩き出すと、再び大魔法でシュテリア大森林に大きな傷跡をつけた。
★つづく★