凡人が成果を出すための習慣

残業ゼロで成果を出すには、どうしましょうか?

異世界×プロジェクトマネジメント 第14話『プロジェクトマネージャーがすべきこと』

プロジェクトマネジメント知識をライトノベル感覚でお伝えする小説です。
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逃げつつ、メグの様子をうかがう。

メグは、エルザスに対して強力な魔法を放とうとしている。
だが、強力な魔法は詠唱に時間がかかるものだ。
ヒロは詠唱省略できるが、メグは、というより普通の魔導士はそんなことできない。
エルザスが魔法詠唱の隙を許すはずもなく、メグに大きな拳で殴りかかる。
スピードも、ゾームに比べて格段に速い。

「くっ!」

メグは魔法詠唱をやめ、詠唱に時間がかからない魔法”フライ”を唱えて上空へ逃げた。
だが、エルザスは動きを変え、大きく蜘蛛の口を上空に向けた。

「蜘蛛相手に、空へ逃げるなんてとっちゃいけない選択肢だせぇ?」

エルザスのその言葉と同時に、蜘蛛の口から糸が吐き出された。

メグは、はっとした顔をした。
逃げる距離が足りず、糸に脚がからめとられた。

ジャイアントスパイダーと戦う時、空に逃げることは愚策。
魔法が届く距離なら、たいてい蜘蛛の糸も届く。
だから、ゾームに対してもフライで逃げるのは良い選択肢ではない。
湿地帯で初めてゾームと対峙した時、サレナからヒロは、そう教わった。

メグもきっと、そんなことは知っているはずなのだ。
だが、エルザスを目の前にして冷静さを失っているがゆえ、いつもならしないミスをしてしまったのだろう。

エルザスが糸を手繰り寄せる。

「ファイアボール!」

メグは足に絡まる糸に火の魔法をかけた。
幸運にも糸にはバリアはかかっていないようで、糸は燃えて消えた。
だが、エルザスは距離が近くなったメグに対して次々に糸を吐く。
メグは足、ふともも、手、徐々に糸にからめとられていった。

ゾームから逃げつつ、ヒロは認識した。
これは、ピンチだ。

ジュドーも余裕がなさそうで、メグを助けることはできない。
ヒロなら大魔法でメグを助けることはできるだろう。エルザスを倒すことだってできるかもしれない。
だが、そうすれば魔力はなくなり、今ヒロを襲うゾームに対抗できない。
魔力が無くなったヒロなど、ゾームからすれば虫けら同然だ。

ヒロだって死にたくない。
それに、プロジェクトが終わっていないのに、プロジェクトマネージャーが死んでいなくなってしまうなんて、ヒロのプライドが許さなかった。

だが、このままではメグが殺される。

「どうすれば…」

プロジェクトのことは詳しいが、こんな戦いのことなんて分からない。
ヒロは、ファシュファルに腹を立てた。

「おい!ファシュファル!話が違うぞ!
 こんなの、プロジェクトマネジメントじゃない!
 でてこい!殴らせろ!」

ファシュファルに怒りをぶつけた。

すると、あたりが輝き、目の前が真っ白になった。
眩しくてヒロは思わず目を閉じた。

「神に対して、殴らせろとは何事ですか」

ヒロの目の前から声がした。
目を開けると、女神ファシュファルが立っていた。

あたりは真っ白な空間。
ヒロが初めてファシュファルに出会ったときと同じ場所のようだ。

「え!?あ、ファシュファふ」

ヒロは、あまりの驚きにまた噛んだ。
少しイラっとしたように眉間にしわを寄せつつ、笑顔でファシュファルは答えた。

「相変わらずですね。廣田準之助よ」

ヒロは我に返った。
とにかく、今はピンチなのだ。

「あなたに文句を言いたいことがたくさんありますが、それよりも今は助けて欲しいのです!
 今まさに、私の仲間が殺されそうなんです!
 こうしている瞬間にも…」

「ここに時間の概念はありません。
 時間は止まっていると考えてもらえばよいでしょう。
 ですから、焦る必要はありません」

ヒロは、少し安心した。
だが、状況が変わったわけではない。
ファシュファルに懇願する。

「助けてくれますか!?」

「それは、できません。
 神は自分の世界に直接干渉することを禁止されています。
 私ができるのは、あなたのような命あるものを経由して、間接的に世界に干渉することだけなのです」

「そんな…
 私の力では、この状況は打開できません!
 この世界を私のプロジェクトマネジメントの知識で豊かにすることが、あなたの目的なんじゃないんですか!?
 このままでは、プロジェクトも失敗しますし、私の命も…」

「その、プロジェクトマネジメントの知識ではこの状況は打開できないのですか?」

ヒロはその言葉に、一気に怒りが噴出した。

「プロジェクトマネジメントは戦争する知識じゃないんですよ!
 あなた、一体なんなんですか!?
 そもそも、私に丸投げしては全く放置。
 私を通して間接的に世界に干渉する?
 なら、もっと私にアドバイスをくれてもいいでしょう!?
 こんな土壇場にしか顔を出さなきなんて、クソプロジェクト発注者ですよ!」

ファシュファルは驚いた顔で、黙って聞いていた。
その後、眉をひくひくさせつつ話し始めた。

「…ひどい言われようですね。
 神もそこまで面と向かって言われたことはありませんよ。
 まぁ、私は神ですから、そんな事では怒りませんけどね!」

明らかに、少し怒ってる。
ヒロはそう思った。

 

ファシュファルは話を続けた。

「もっと助言がしたいのは山々ですが、私がこうして直接あなたと話をするのは、規則としてはギリギリの行為なのです。
 そのため、頻繁にはできません。
 ただ、直接の会話はしていませんが、私とあなたが無意識の層でつながることは、これまで何度かあったのですよ」

「無意識の層…?」

「あなたが大魔法を使えるのはなぜか。
 それは私があなたに知識を渡しているからです。
 その時、無意識の層で私たちはつながっていたのです」

思えば、大魔法を使う時は急に知識が沸き上がって来る感覚だった。
それでも、ヒロは納得できない。

「無意識の層でつながっているなら、言葉でいろいろ教えてくれてもいいじゃないですか!」

「いいえ、言葉という意思疎通の手段は、時間がかかります。
 知識を私から直接あなたに送るほうが、とても効率的ですから。
 大魔法を使うという差し迫った時に、いろいろと言葉で説明されても困るでしょう?」

「確かに…それはそうですが…
 では、なぜいまはこんな会話によるコミュニケーションを?」

「今のあなたとは、この意思疎通の仕方が一番良いと考えたからです。
 私は本来なら、姿もありません。
 ですが、人間と会話するため、こうして人間のような姿をして会話をしています。
 もっともっと、厳かな、まさしく神!と言う感じの姿になることもできるんですよ?
 それに、もっともっと神っぽい話方で接することだって、本当はできるんですよ?」

ヒロは、本当かよ、と思いつつ答えた。

「なぜ私と話すのに、今のあなたの姿で会話することがいいと思ったんですか?」

「それは、あなたがそう望んでいるからです。
 人の姿のほうが話しやすいとあなたが思っているのです。
 神っぽいおじいさんより、きれいな女の人のほうが話しやすいと思っている。
 多少フランクな話し方のほうが、話しやすいと思っている。
 人間っぽい部分がある方が、話しやすいと思っている」

言われてみると、神々しい爺さんが厳かに話すより、今のファシュファルの方が話しやすい。
ファシュファルは言葉を続けた。

「人によって、私は接し方を変えているのです。
 そして、この方法が、今はあなたに一番適していると考えたのです」

ヒロはその言葉を聞いて、何やら考えはじめた。

「私に…適している…
 一人一人に…適した方法…」

ヒロの頭の中に、状況の打開策が霧を腫らすように明確になって行った。

「なにか、思いついたようですね?」

「…はい。
 あなたの言うように、プロジェクトマネジメントの知識で、対応できそうです」

「それは良かった。
 準備は良いですか?元いた場所に、戻します」

ヒロは、静かにうなずいた。
ヒロは光に包まれ、もとの場所へ戻っていった。

ヒロを見送ったファシュファルはそっと胸をなでおろす。

「ふぅ。
 なんか、適当に話してたら上手くいったわ」

 

ヒロは再びゾームの前に放り出された。

状況は、ヒロがファシュファルのいる空間に飛ばされる直前と同じだ。
ヒロとファシュファルが話していた時間は、経過していないようだ。

ヒロはすぐさまゾームから逃げつつ、エルザスの方向に向けて魔法を使った。

エルザスとメグの間に炎の壁が現れる。
エルザスが吐いた糸が炎に包まれ、糸は燃え切れた。
だが、メグは残った糸でぐるぐる巻きなので、身動きが取れない。
ヒロは続けてメグを遠ざけるため、物体を移動する魔法をメグに唱えた。
炎の壁がエルザスとメグの間にあるおかげでエルザスによるメグへの追撃は防ぐことができた。

「よし、メグさんはこれで、しばらくは大丈夫だ」

続けて、自分を襲うゾームとジュドーが戦うゾームに意識を向け、またもや魔法を使う。
特に強力な魔法を使っていないため、まだ魔力が残っている。
ヒロが手をゾームへかざすと、ゾームの切る鎧がくすんだ色に変色していった。
金属を腐食させる魔法。
鎧の耐久値を下げたのだ。

「ジュドーさん、そのゾームの鎧を脆くしました!
 兵器で倒せるはずです!
 討伐隊のところへ誘導して、討伐隊に倒してもらってください!
 そして、ジュドーさんはメグさんの救出を!」

「わかった!」

すぐさまジュドーは討伐隊のところへゾームを誘導し始めた。
ヒロも同じだ。
ヒロを追いかけるゾームの鎧もボロボロ。
これで、兵器で倒すことができる。


ヒロがファシュファルに言われた気が付いたこと。
それは、各人が戦いやすいように環境を整える、ということだ。

ファシュファルはヒロが望むから、会話をしたと言っていた。
人間によって、最適な接し方を変えるのだと。環境を変えるのだと。

プロジェクトマネジメントも、同じだ。
メンバーが力を発揮できるよう、プロジェクトマネージャーは環境を整えなければならない。
どれだけ優秀な人材が集まっても、劣悪な環境ではパフォーマンスは出ない。
必要な道具や場所、つまりは環境がなければ力は発揮できない。

元の世界でも、パソコンのスペックが足りなくて作業が捗らず納期に間に合わないと言われれば、新しいパソコン調達をヒロは指示していたし、打ち合わせ場所がないと言われれば無理やり机を置いて会議スペースを確保したりしていた。
もっと言えば、あの人が嫌いで仕事が手に付かないと言うならば、席を遠ざけたり遠隔で仕事ができるようにするなんてこともしていた。

ヒロは、そんなことは当たり前のようにプロジェクトマネジメントでは行っていたのだ。

だが、戦いという慣れない環境になったとたん、その原則を当てはめて考えられていなかった。

自分が大魔法が使えるがゆえに、自分がどうにかせねばならないという思考になっていたのだ。

そうではなく、みんなが戦える状態にする。
それが、マネージャーたるヒロの戦い方のはずだ。

プロジェクトマネジメントでは、この状況に陥ることが多い。
仕事ができる人ほど、自分で何もかもしようとしてしまう。

だが、どれだけ優秀でも一人でできることなど、限界がある。
メンバーの力を使って、チームで成果を出す
これが、プロジェクトマネジメントの極意なのだ。

大魔法に頼りすぎていた。
頼ってはいけないと思いながらも、使える状態になると頼ってしまい、大魔法を中心に物事を考えてしまったのだ。
そうして、思考は狭まってピンチを招いた。

そうではなく、普通の魔法で、みんなが戦えるように環境を整える。
鎧を着ていて兵器で倒せないなら、鎧を無力化すればいい。
エルザスに対してメグが魔法を唱えられないなら、ジュドーを前衛として配置すればいい。
自分に頼るのではなく、皆を活かす。

最後の魔力を使って、ヒロはエルザスに対してアースバインドを何度もかけた。
魔力が枯渇するまで。
ジュドーがメグと合流し、絡まった糸を切るまでの時間稼ぎのためだ。

かつ、ヒロも討伐隊の元へたどり着いた。
あらかた、討伐隊と兵器の活躍で、他のゾームは片付いていた。
よって、討伐隊はすでに兵器の準備を完了しており、ヒロが連れてきたゾームへ魔道具でアースバインドをかけた。
流れるように、矛を射出する。
矛は、鎧を乾いた年度のように砕き、ゾームに刺さった。
続けざまの雷撃により、ゾームは動かなくなった。

鎧さえなければ、兵器は通用する。

「よし!」

ヒロはガッツポーズをした。
メグの方を見ると、ジュドーがちょうどメグの糸を切ったところだった。

ジュドーが戦っていたゾームは、すでに討伐隊がアースバインドをかけようとしている。
倒すのは時間の問題だ。

となると、残るはエルザスのみ。

「くそがぁ!
 俺の分身どもをよくも!
 殺してやる!」

エルザスが叫んだ。
八本の足しに絡まるアースバインドのツタを引きちぎり、エルザスはメグとジュドーへ糸を吐き出した。

「龍炎斬!」

ジュドーは炎をまとった剣で、糸を薙ぎ払う。
糸は燃えた紙のように宙に舞って消えた。

「雷迅突!」

ジュドーがそのままエルザスの方へ突きを放ち、距離を詰める。
エルザスは器用に蜘蛛の前足を使い、ジュドーの突きをいなした。
勢いを殺されたジュドーはエルザスの横に投げ出される。
エルザスは屈強な上半身の拳で殴り掛かった。
ジュドーは間髪、後ろへ飛んで避ける。
だが、エルザスの攻撃の手は緩まない。

そして、エルザスには知能がある。
このままメグを放っておけば、強力な魔法を受けてしまうことは明白だとエルザスは考える。
エルザスはジュドーを攻撃する傍ら、メグに対して糸を吐き出そうとした。

そんな折、ヒロが叫んだ。

「くらえー!スーパーファイアボールスペシャル!」

ヒロは手を前に出し、魔法を使うようなそぶりを見せた。

「な!?」

エルザスはとっさに、メグではなくヒロに向けて糸を吐き出した。
ヒロはさっきから、ちょくちょく魔法を使っていた。
エルザスには、ヒロも魔導士に見えるに違いない。
大きな魔法が来ると思い、ヒロを狙った。

「かかったな!」

ヒロは、もう魔力は残っていない。
魔法なんて使えるわけがなかった。
魔力が無ければファシュファルから知識を得ることもできないようで、どんな魔法が使えるのかが分からなかった。
そのため、適当に強そうな魔法を叫んだだけだ。

ジュドーとメグが戦いやすくするため、ヒロはおとりになったのだ。

ジュドーが、エルザスの隙を逃すはずがなかった。

「絶技!流水の太刀!」

ジュドーの動きが早くなり、残像のようなものが見える。
流れるように剣戟を繰り出した。

エルザスはまたも手足を使って攻撃を受け流すが、ジュドーの手数の多さに防戦一方である。
だが、ジュドーの剣技もあくまでも一時的な技だ。
ずっとこの流れるような攻撃を繰り出せるわけではない。
数秒で、ジュドーの残像はなくなり、通常のジュドーの動きに戻った。

だが、ピンチかと言えば、そうではない。
ヒロがおとりになり、ジュドーが攻撃を繰り出してエルザスを抑えた、その数秒が功を奏した。

メグの魔法はすでに詠唱を終えていた。

エルザスは8本の足を素早く軋ませながら、暴走者のごとくメグへ迫り、糸を吐き出した。
だが、もう遅い。

糸がメグにたどり着くよりも先に、メグは杖を天に掲げ、叫んでいた。

「カラミティレイン!」

糸を受けつつ、メグは言い放つ。

「私の…最強の魔法!
 これで死ね!」

白く光る雷を帯びた剣のようなものが数本、エルザスの頭上に現れた。
すぐさま、エルザスへ剣がまっすぐに降り注ぐ。
エルザスを覆うバリアが反応したが、3本目の剣が当たった瞬間、あっさりと砕けた。

蜘蛛の背中部分にぐさりと刺さる。


「ぐあぁ!」

エルザスが声を上げだ。

光の剣は、次々に現れる。
5本、10本現れては次々に降り注ぐ。
青白く光る雨のように、エルザスを覆いつくした。

百を超える光の雨がやんだ時には、エルザスは見えなくなっていた。

「倒した…?」

ヒロは見に行きたいが、糸が絡まって動けない。

「ジュドーさん、エルザスは!?」

ヒロは転がりながらジュドーに問いかけた。

「たぶん…逃げられた。
 メグの魔法に撃たれながら、魔道具を使っているのが見えた。
 魔道具を使ったとたん、エルザスが姿を消した。
 透明になったのか…」

ヒロがあたりを見渡すと、エルザスの緑色の血痕があった。
血痕は王都シュテールから遠ざかる方向に続いていたが、途中で消えていた。

「透明になって、逃げた…ということか」

ヒロはそうひとりごちた。
すでにあたりは真っ暗だ。
調査スキルをもつ者がいない討伐隊には、逃げたゾームを探すことは、難しい。

メグの方を見ると、メグは体に絡まった糸をジュドーに再び切ってもらっていた。

「悔しい…
 逃げられたなんて…」

糸から開放されたメグは下を向き、涙を流した。
ジュドーがメグの方に手を当てながら、慰める。

「だが、かなりの深手を負ったはずだ。
 メグの魔法は、確実に奴に当たっていたからな。
 メグのおかげで、あいつを退散させることができたんだ」

それでも、メグは顔を上げなかった。
5年間追ってきた仇を逃したのだ。
ヒロはメグの気持ちを察した。

同時に、プロジェクトにおける課題も見えた。
鎧のゾーム。
これは、兵器では倒せない。

「これは、追加要件だなぁ…」

体に絡まった糸を切ってもらうのを待ちながら、戦いが終わった安堵感の傍ら、追加要件に頭を悩ませた。

 

★つづく