凡人が成果を出すための習慣

残業ゼロで成果を出すには、どうしましょうか?

異世界×プロジェクトマネジメント 第1話『異世界でプロマネすべし』

ズッゴォォォォン!

ただのプロマネ
ただの人間。
ただの一介のシステムエンジニア

そんな彼が放った魔法は、モンスター共々見渡す限りを破壊し尽くした。

「なんか、出た…!?」

自分がとてつもないモンスターを倒した事実に、廣田は驚きの声を上げた。

***

時は少し遡る。

女神ファシュファルは悩んでいた。

「どうすれば、私の世界がもっと発展するのかしら…」

神はそれぞれ、自分の管轄する世界を持つ。
女神ファシュファルの世界は、まだまだ発展途上。

「いまだに国同士が小競り合いしてるし。
 人間に魔法の力を授けたのに、なんか魔物に押され気味でなかなか豊かにならないし…。
 私、才能ないのかしら…ぐすん」

神は自分の管轄する世界を発展させることがお仕事。
ファシュファルの世界は、なかなか人間たちの暮らしが豊かにならない。
それがファシュファルの悩みである。

「ねぇ、ちょっとあなたの世界を見せてみてよ。
 地球…って言ったっけ?」

ちょうど横にいた同僚の神、ガイアにファシュファルは話しかけた。
ガイアが答える。

「いいよ。
 地球、見せてあげる」
 
ファシュファルは地球を見て驚いた。

「え!?
 これ、もうめちゃくちゃ発展してるじゃないの!
 あんたの世界、魔法ないはずよね!?
 え?どうやったの!?」

「なんかね。
 人間たちの頭が良くって、勝手に発展してった。
 マジでラッキー」

「そんなに頭がいいの!?あんたの世界の人間は!
 羨ましい…」

ファシュファルに妙案が浮かんだ。

「ねぇ、ガイア。
 あんたの世界の賢い人間を一人、私の世界に貸してくれない?」

「そうだねぇ。
 一人ぐらいなら、いいよ」

「やった!ありがとう!
 とびっきり賢いのを選んでね!」

「そうだな…
 異世界に移転させても因果律が歪まない人間で、かつファシュファルの世界になさそうな知識持ってそうな人間ね…」

ガイアが目を閉じて自分の世界を検索する。
見つかったのか、目をパチッと開けた。
ガイアが右手をかざすと、二人の前に人間の姿が映った。

「彼なんてどう?
 廣田 準之助(ひろた じゅんのすけ)。
 ある分野に、とっても深い知識がある。
 きっとファシュファルの世界の役に立つと思う」

「なんだかさえない感じね。
 まぁ、この際どんな人間でもいいわ。
 私の世界を良くしてくれるなら。
 その人間、私の世界に転移させてもらっていい?」

 

***

 

と言うわけで、異世界で廣田は化け物に追われていた。

「知識だけでこんな化け物は倒せないって!
 無茶振り女神のバカー!」

森の中。
額から一本の角が生えたネコ科の化け物に追われている。
ネコ科といっても、大型。
形状はヒョウに角が生えたような生き物。
体に模様はなく、赤い体毛に覆われている。

見たことがない生き物だ。

ただの会社員で、システムエンジニアだったはずの廣田 準之介は必死に森の中を逃げていた。
明らかに、この猛獣に捕まれば命はない。

***

仕事ではプロジェクトをまとめる役割、プロジェクトマネージャーを担うことが多い廣田。
昨日も、大きなプロジェクトが終わり、打ち上げの飲み会をし、そして家に帰り、寝た。

次の日に会社へ向かうため玄関に立った際、昨日のプロジェクト完遂を思い出して達成感に浸っていたところ、なぜか体が金色に輝きだした。

あまりの出来事に驚いていると、周りの景色が消え、真っ白い空間にいた。

「あれ?何?拉致?」

廣田は混乱した。
最中、女の人の声がした。
目の前にいきなり女の人が立っていた。
ギリシャ神話にでも出てくる女神っぽい服装をしている。

「私は、女神ファシュファル。
 廣田よ。あなたは選ばれたのです」

「ファシュふぁふ」

廣田は噛んだ。
言いにくい名前だな、と廣田は思った。

「今、言いにくい名前だと思いましたね?」

女神ファシュファルは自分の名前が呼びにくいことを気にしている。
少し苛立ちつつも女神の威厳と笑顔を保ちながら言った。
廣田が驚く。

「え?考えてることがわかるんですか!?」

「ええ、私は女神ファシュファル。
 ファ・シュ・ファ・ルです。
 神ですから、考えていることも分かります」

「おお!
 それはすごい。
 私が選ばれたって言いましたが、まさか私の願いをかなえてくれるんですか!?」

「いや、そうではありません。
 あなたにお願いがあるのです」

「え?私の願いじゃなくて、お願いされるんですか…?
 いや、私、もう新しいプロジェクトが決まってて忙しいので。
 追加の依頼はちょっと…」

ファシュファルは無視して話す。

「私の世界を、あなたに救って欲しいのです。
 あなたの知識を使って…」

「私の知識…?
 プロジェクトマネジメントの知識ぐらいしかありませんが…」

「そう、その知識!
 それで私の世界を豊かにして!」

「あなたの世界を豊かにする、というプロジェクトということですか?」

「え?うん…そうよ」

「なら、プロジェクトの目的は何ですか?
 プロジェクトなら、まずは目的を明確にしないと。
 あ、その前に企画書あります?
 体制表は?」

ファシュファルは無視して続けた。

「その知識を活かし、私の世界を豊かにしなさい。
 特殊能力として、大魔法を使えるようにして差し上げましょう」

「ファシュファルさん、プロジェクトならちゃんと背景の説明を…」

さらにファシュファルは無視し続けた。

「ただし、大魔法はあなたがその”プロジェクトマネジメント”の知識を発揮した時にしか使えません。
 逆を言えば、あなたはその知識を私の世界で使ってくれれば、大魔法使いになれるのです!」

「いや、おい!人の話を聞け!」

「じゃあ、行ってらっしゃい!
 早速、自分で転移の大魔法を使って移動するといいわよ☆」

廣田がファシュファルをさらに咎めようとしたとき、再び廣田の体が輝きだした。
勝手に、体からエネルギーがあふれ出し、再びあたりが光に包まれた。

そして、気が付けば森の中だった。

魔法を無理やり使わされた廣田は、慣れない魔法のせいで街から距離のある森の中に転移してしまった。
ファシュファルは廣田に少し苛ついたので、当てつけにそのまま森に放置することにした。


そんなこんなで森に落とされた廣田。

「あの女神、一方的すぎるだろ…」

スマホは圏外。

どうしようもなく、しばらく森の中をスーツ姿で歩いていた。
半日ほど歩き、少し疲れて休憩していたところ、巨大ネコの化け物に襲われたのだ。

必死で走る廣田。
35歳。独身。
彼女が欲しいので、スタイル維持のために普段から運動はしている。
とは言え、化け物に追われて全力で走り続けるなんて、慣れてなさすぎる。

「もう、体力が…どこか隠れるところは…!?」

と目で追っていると、大きな木が集まった目隠しになりそうな場所があったので、とっさに隠れた。

じっと息をひそめる。
化け物の足音や息遣いが聞こえてくる。

なんだよ、お前ネコ科だろ。
犬みたいに俺の臭いをかぎつけるとか、そんなんできないよな…?
ああ、なんだここは。死にたくない。

心臓をバクバクさせつつ、そんなことが頭をよぎる。
そうこうしているうちに、足音が、遠ざかっていった。

廣田はおそるおそる木の陰から出て、周りを見た。
その時、少し離れたところにいる化け物とばっちり目が合った。
化け物は足を止めて、待っていたのだ。

「おま、猛獣のくせに去ったフリみたいな知恵使ってんじゃねーよ!」

と、ツッコミながら、廣田は思い出した。
確か、女神ファシュファルが大魔法を使えるようにすると言っていたはず。

「よしっ!
 魔法を食らえ!」

廣田は手を化け物にかざしてみた。

が、何も起きなかった。
おい!ファシュファル!もう俺死んじゃうよ!?

死を覚悟した。
もう走れない。体力の限界。

ああ、こんな良く分からない場所で、良く分からない化け物に襲われて死ぬのか…。
廣田は固く目を閉じた。

「どうりゃー!」

その時、男の声がした。
ずべしゅ!
そんな形容しがたい音が響いた。

目を開くと、廣田の前に鎧を着た男の後ろ姿がある。
中世ヨーロッパの甲冑を、すこし軽装にしたような恰好。
大きな剣を片手に、こちらを振り向いた。

「大丈夫だったか?」

男は廣田に声をかけた。

「え?いや、え?うん、はい」

廣田は混乱しながら答えた。

 

「よく逃げ切った。もう、ライニャスは倒したから安心しな」

鎧の男が言った。
男のそばを見ると、化け物の首と胴体が離れて横たわっていた。
生臭い匂いが漂ってきた。

「うわっ!気持ち悪っ!」

廣田はそう言いつつも、助けてもらったことに気が付いた。
礼を言わねば。

「あ、ありがとうございます。もうダメかと思いました…」

「例には及ばないさ。ライニャスを倒すなんて俺にとっては簡単だからな」

ライニャス…さっきの猛獣か。
えらく可愛い名前だな。

いや、それよりあれを倒すのが簡単って、この男すごすぎない?
そんなことを考える廣田に、鎧の男が続けて言った。

「見たことない恰好だな。
 冒険者ってわけでも無さそうだが、こんなところで何をしていたんだ?
 ライニャスも倒せないのに、この森に独りで入るなんて自殺行為だぞ」

声をかけられ、廣田は落ち着いてきた。
良く見ると、男はとても整った顔だちだ。
堀が深い。そして青みがかった髪の色。
180センチは明らかに超えていそうな身長。
屈強な体格のモデルのようだ。
年齢は二十代半ばといったところか。

男でも惚れるぜ、これは。
廣田はそんなことを思いつつ言葉を返した。

「いや、それが…。
 ファシュファルという神様に無理やりこの森に飛ばされたみたいで…」

「ファシュファル!?
 女神ファシュファルか?
 君は神からの使いなのか!?」

「まぁ、そういうことになるのかもしれません…
 ここ、どこですか?東京…ですかね?」

「トーキョー?聞いたことないな。
 ここはシュテリア王国領内の、シュテリア森林だ」

シュテリア王国?なんだその国。
見たことない生き物、時代錯誤な格好の男。
本当のあのファシュファルという女神の世界に飛ばされたようだ。

「おい、女神ファシュファルからの使いのようだ!」

ジュドーが後ろを向いて話した。
すると、後ろから他の男の声が聞こえた。

ジュドーさん、人助けも良いですが、早く依頼をこなして街に戻りましょう。
 森に独りで、そんな見たことない恰好でうろついてる神の使いなんて、怪しすぎますよ。
 放って行きましょう」

そう言い放った男は、年齢的には三十代か四十代と思われる、細身な外見だった。
丈夫そうな革の服を着て、たくさん荷物が入っていそうなリュックサックを背負っていた。

狐目で廣田を見るその目は、明らかに警戒の眼差しだ。

その狐目の男の隣に、もう一人小柄のマントを羽織った女の子がいる。
金髪のショートカットで、ゲームの魔道士のような服装だ。これまた整った顔立ち。
年齢的には十代の後半だろうか。幼い雰囲気が残る。

その子は無表情で周りを見ている。廣田のことなど眼中になさそうだ。

ジュドーと呼ばれた鎧の男が答える。

「マーテル、そうは言ってもほっとけない。
 本当に神の使いだったらどうする?
 それに、今朝の光のことも知ってるかもしれないだろ?
 光の調査は、依頼内容じゃないか」

狐目の男、マーテルが返した。

「…流石に人助け大好きジュドーさんですね。
 ですが、ここはモンスターも多いのですから、さっさと切り上げたいのですよ。
 もしあなた方が怪我をしようなら、回復アイテムの出費が重なります。
 出費は抑えたいのです」

廣田は焦った。
マーテルは廣田を怪しい奴、として放置して行こうとしている。
彼らが何者かは分からないが、こんなところで独りのままにされては、死ぬのは目に見えている。
廣田は会話に割って入った。

「光って、金色の光ですか?それなら、心当たりが!」

ジュドーが反応する。

「お、その通り!金色の光だ!知っているのか?
 俺たちは、明け方、森に金色の光が強く輝いたという情報が入って、ギルドから調査に急遽派遣されたんだ」

「それ、多分私のことです。
 ファシュファルが私を転移させたときに、私の体が金色に光っていたんです。
 きっとその時の光です」

廣田は助かる糸口と思い、早口で答えた。
だが、我ながら信じてもらえるかは怪しいとは思った。
証拠がない。

「ファシュファルがあなたを転移?ありえないでしょう。
 女神ファシュファルなんて、本当にいるのかすら…。
 一人では危ないから、我々に同行したくてでまかせを言ってるんじゃないですか?」

案の定、マーテルがそんな反応をした。

「いや、違うんですよ、ファシュファルが私にこの世界でプロジェクトをしろって言って!
 本当に体が金色にこう、ふぁーっと光ってですね?
 気がついたら森の中だったんです。いや、本当に」

廣田は必死で食らいつく。

「ぷろじぇくと…?
 良く分かりませんが、なんだか必死ですね…。メグさん、どう思いますか?」

マーテルが隣の魔道士風の女の子に話を振った。
魔道士風のメグが、無感情に淡々と答える。

「とても上位の魔法を使う時は、体が金色に輝くと聞いたことがある。
 例えば、転移の魔法。
 遠くから一瞬で移動できる魔法。
 でも、王国一の魔道士ケルンでもそんなすごい魔法使えない。
 そのおっさんが大魔道士にも見えない」

「なるほど。もしこの男が魔道士なら、言ってることは正しいかも、ということですが…」

マーテルが訝しむ。
ジュドーが次いで話す。

「本当に転移の魔法を使ったかもしれないじゃないか。
 まだ何の手掛かりも無いし、重要な情報だろう。
 どちらにしろ、このままほっていけば死体にしてしまう。
 君、名前は?」

「廣田 準乃介です。」

「ヒロタジュンノスケ…長いな、ヒロでいいか。ヒロも街を目指してるなら、俺達と一緒に来ればいい。一人でいるよりは安全だ」

廣田は心から喜んだ。ジュドー様ありがとう、と。

「是非、ご一緒させて下さい!」

「まったく…。私は助けませんからね。ヒロとやらには回復アイテムも回しませんので」

マーテルが冷たく廣田を睨んだ。
メグは無表情で、廣田を無視している。
居づらい。だが、一人残されて死ぬよりはマシだ。

 

***

 

三人の後を廣田はついて行きつつ、ジュドーから色々と話を聞いた。
彼らはシュテリア王国の冒険者ギルドというものに登録している冒険者で、いわゆるフリーランスのワーカーのようなものらしい。
ギルドに登録すると仕事のオファーが来る。

今回は、明け方に森の方向で強い光が目撃され、その調査を急遽仕事として依頼されたということだ。

なにか目的があって、人を集める。
《《プロジェクトのようだな》》、と廣田は思った。
こんな時もプロジェクトだとか考える自分に少し白けた。
プロジェクトマネージャーばっかりしているからかもしれない。

廣田はチームで、何かを成し遂げることが得意だ。そして、それが大好きなのだ。
数々のプロジェクトを成功に導いた経験がある。
チームで難しい目的を達成したとき、えもいわれぬ達成感を感じる。

今朝も、プロジェクトが終わり、そんな達成感を感じていた。
が、その矢先にこんな場所である。
プロジェクトマネージャーをしていた日常とは全く異なり、もはやここは、文字通りの異世界

ファシュファルによればこの世界を良くするために廣田を転移したとのことだが、何をすればよいのやら。
プロジェクトを任せるのなら、背景を教えるのは必須だろう。
そんなことのこの世界の神は知らないとすれば、この世界においてはプロジェクトマネジメントの概念など皆無なのだろう。

廣田は、とにかく今は冒険者の彼らにすがるしかなかった。

「いつも、三人で仕事されてるんですか?」

廣田はジュドーに尋ねた。

「いや、この三人のパーティーは初めてだな。急な依頼だったから、寄せ集めの人員って感じだ」

「寄せ集め、ですか…」

確かに、三人の仲は良さそうには見えない。さっきのジュドーとマーテルの会話もなんだかよそよそしかった。
ジュドーが言葉を返す。

「寄せ集めって言っても、かなりの実力者が集まっているから安心しな。
 俺はまぁ、そこそこの戦士だが、この森のモンスターなら倒せなくはないさ。
 あのメグって娘は、若いけどシュテリアでもかなり名のしれた魔道士だ。
 マーテルは道具使いって言って、アイテムに精通してる。その道のプロってやつだ。」

後ろに続いていたマーテルが小声で言った。

ジュドーさんも、難易度高ランクのモンスター討伐数、半年間トップじゃないですか。
 そこそこの戦士なんて表現、嫌味ですね」

「いや、たかが半年だし、まだまだだよ」

ジュドーが答えた。
三人とも手練ということらしい。
廣田は生きて帰ることに、さらなる希望が見えた。
廣田はジュドーに、さらに尋ねる。

「そんなに強い人たちが、よく急に集まりましたね」

「ああ、普通はこんなことないんだけどな。
 今回は光の調査の依頼の他に、もう一つ難易度が高い依頼があってな…」

「難易度の高い依頼…?」

「そう、もう一つの依頼ってのが…」

ジュドーは話している最中に、真剣な顔になり手で廣田を遮った。

「モンスターだ。気付かれないように、じっとしてろ」

廣田はジュドーの目線の先を見た。
木々の切れ目から、遠目になにか見える。
それは巨大なカマキリのような生き物だった。
距離があるのに、かなり大きく見える。
高さが3メートルは超えていそうだ。
良く見ると、ライニャスを大きな鎌でおさえ、捕食している。

「…!?」

廣田は驚きの声を必死で抑えた。

 

ジュドーがボリュームを下げて話す。

「キラーマンティスだ。
 最近、あいつが森に現れた。
 普通の冒険者じゃ歯が立たないランクのモンスターなんだ。
 だから、実力のあるメンバーでパーティーが構成された。
 光の調査以外の、もう一つの難易度の高い依頼ってのは、キラーマンティスの討伐だ」

「え、あれと戦うんですか!?」

超巨大カマキリ。
どう見ても人間が生身でどうにかできる大きさではない。
なんだ、この人達は本当にゲームの世界の住人のように、超人的な力があるのか?
確かに、ライニャスは一瞬で倒してたけど…
廣田はそんなことを思い、不安な顔をする。

「あのランクのモンスターは、滅多にこの辺りには来ないはずなんだが、あんな感じでうろついているんだ。
 キラーマンティスは雑食で、人間も襲う。
 硬い装甲に覆われていて、並の冒険者ではダメージを与えられない、とても厄介な相手だ。
 放置していると、冒険者が森を敬遠して依頼がこなせなくなってしまうから、ギルドから光の調査と共に討伐の依頼が出たんだ」

「ということは…?」

廣田は恐る恐る聞いた。

「あれを討伐する」

予想通りの返事が返ってきた。
その時、マーテルが口を挟んだ。

「依頼としてはキラーマンティスの討伐もありますが…あのサイズはかなりの大きさですね。
 やめておきませんか?急場で構成されたパーティーより、しっかり準備したパーティーの方が良いでしょう。
 怪我でもされたら、余計なアイテム消費で儲けが減りますから。
 迂回しましょう。
 もうそろそろ帰路につかないと日が暮れます。
 森で夜を迎えることが危険なのは、ご存知でしょう?
 まぁ、この怪しい男が見つかったので、成果ゼロではないですし」

ジュドーがそれに答える。

「確かに、もう街に戻るべきなのはその通りだな。
 でも、迂回って言っても、見つかる可能性があるだろ。
 街はキラーマンティスがいる方向なんだし」

「まぁ、確かに匂いで気づかれるかもしれませんね…。
 キラーマンティスの好物であるライニャスの返り血を浴びてますから。
 ジュドーさんと…その男」

マーテルはそう言いつつ、廣田のグレーのスーツの端に付いた血の跡に目を向ける。
ジュドーがライニャスを切った時に、廣田にも血がついていたのだ。

マーテルが続けた。

ジュドーさんは見つかってもなんとでもなるでしょうが、そこの男はライニャスも倒せないようですから、ひとたまりもないでしょうね。
 私はキラーマンティスに気が付かれたら、すぐに逃げますよ」

ジュドーがマーテルに反論する。

「おいおい、メグは回復魔法は使えないらしいんだ。
 回復アイテム無しで相手しろってのか?」

「あんなの、倒さなくても倒したと言っておけば良いんですよ。
 この森にいるのが一体だけかどうか分からないですし」

「そんなふざけたマネできるかよ!」

ジュドーとマーテルは言い争いを始めた。
廣田はゾッとした。
あの巨大カマキリが自分を襲ってくれば、確実に殺られる。
さらに、冒険者たちが仲間割れしている状態ならば、ばらばらに行動されて廣田一人はぐれるかもしれない。
見た感じ、ジュドー以外は助けてくれそうにない印象だ。

これは、仲間割れせずにこの三人できちんとキラーマンティスを倒してもらわないと、自分の生存率がぐっと下がる。いや、死ぬ。
廣田はそう思った。

「あの…みなさんは何が目的でこの依頼を引き受けたんですか?」

廣田は遮って聞いた。
ジュドーが答える

「俺は、もちろん依頼を達成して困っている人を助けるためだ」

次に、マーテルが口を開いた。

「依頼の達成で報酬をもらうためですよ。
 だから、出費は抑えたいんです」

しばらく間が空いた。
メグも答える。

「成り行き…あえて言えば、生活費のため」

廣田は思った。
これは、三人の目的が合っていない。
この光の調査&キラーマンティス討伐の依頼を一つのプロジェクトとした場合、非常にまずい。
目的が統一されていなければ、各人が好き勝手に行動してしまう

「なんだか、こんなプロジェクト、以前見たことがあるな…」

廣田はつぶやいた。

 

廣田は、メンバーの目的が合ってないプロジェクトに途中で入った時、廣田は苦労した経験がある。

ある企業の購買のITシステムを作り上げるプロジェクトだった。本来は購買の仕組みを効率化し、購買にかかる時間を短縮することが目的だ。
だが、システムを作ること自体が目的になり、システムが動けばいいじゃん、そこまでする必要ある?と言って便利な機能作成をサボろうとするメンバーや、費用を落とすことばかり考えるメンバーが足を引っ張り合っていた。

その際、廣田は途中参加のプロジェクトマネージャーとしてプロジェクト目的の明確化を行った。
顧客の要望を、費用内で可能な限り、実現する。

その目的のもと、顧客要望をリストアップしてメンバーに共有し、実現すべきシステム内容をチームで認識合わせをした。

何のために何をするのか。これがメンバーで合っていれば、個々の動きの整合性も合い、チーム内での軋轢は減る。

チームの動きが格段に良くなったことを覚えている。

ヒロはボソッとつぶやいた。

「プロジェクトマネジメントの極意。メンバーに目的を認識させる」

この冒険者たちは、三人で目的がずれている。

ジュドーは依頼を達成して人を助けること。
マーテルは依頼の報酬を、最小限の出費で得ること。
メグも、生活費のためということは報酬目的だろう。

このままでは、チームワークは弱く、キラーマンティスに相対した時に実力が発揮されないように思えた。何より、そんな中に放り出された廣田の命は危ないだろう。

廣田は、この冒険者たちの目的を統一することにした。

「この依頼、何を以てギルドから報酬が支払われるんでしょう?」

廣田がマーテルに尋ねた。
マーテルが苛つきながら答える。

「今、そんなことを話して何になるんです?」

「あなた達のお役に、きっと立てます。
 この状況、打開したくないですか?」

マーテルが廣田を睨めつけながら答えた。

「なんだかうっとおしい人ですね…。
 光の調査については、何らかの情報提供で報酬がもらえます。最低でも30万レ厶。
 キラーマンティスは討伐は一体につき30万レムです。体の一部を証拠として提示すれば金額上乗せです。」

話の流れからすると、レムというのは通貨の単位なのだろう。
廣田は答える。

「なるほど。
 今の時点では『私を発見した』という光の調査の報酬を貰えると。それ以外に報酬は無しということですよね?」

「まぁ、そういうことですね。」

廣田はマーテルに近づき、小声で話しかけた。

「先程、マーテルさんはキラーマンティスを倒したことにすれば良いっておっしゃいましたよね?
 それでも30万レム報酬は増えますが、ジュドーさんがそんな嘘を見逃すとは思えませんよね…」

「…確かに。あのキラーマンティスを倒して身体の一部を持って帰れば、報酬は60万レム以上になりますね…。
 キラーマンティスを倒したことにする、という選択肢がジュドーさんの正義感のせいでとれなさそうな今の状態では、それが報酬的にはベターです」

「でしょう?だから、ジュドーさんとメグさんと協力して、キラーマンティスを討伐しましょう!」

マーテルは少し悩み、答えた。

「…仕方ないですね。
 分かりました。良いでしょう」

廣田はメグの方を向き、話しかけた。

「メグさんも、生活費は多いほうがいいでしょ?」

「…ええ」

マーテル、そしてメグからキラーマンティス討伐に肯定的な答えが得られた。
廣田は心の中でガッツポーズをした。

ジュドーさん、あのキラーマンティス、みんなで倒しましょう!」

私は戦わないけど。そんな言葉を心の中で続けた。

「よし、ならば、行くぞ!」

ジュドーが叫んだ。

うまくいった。廣田はそう思った。

三人の目的を、”キラーマンティスの討伐”に合わせたのだ。

元々ジュドーは依頼の達成自体が目的なので、キラーマンティスの討伐にやる気満々だ。

一方でマーテルとメグは、金が目的だったのでキラーマンティスを必ずしも倒さずに報酬を得る、という選択肢を持っていた。
そのままの状態では、キラーマンティス討伐に力を入れない可能性がある。

だが、報酬を得るにもキラーマンティス討伐が有利だと思わせれば、三人の目的は合致すると廣田は考えたのだ。

そして、その考えが功を奏したようだ。

 

「メグの魔法で遠隔から攻撃した後、俺が切り込む。
 マーテルは、メグに魔力アップの薬を」

ジュドーがそう言った。
マーテルはアイテム消費のためか、返答に少し間が空いたが、キラーマンティス討伐の報酬と自分の中で折り合ったのか、分かりました、と答えた。
メグもうなずいた。

マーテルがメグに粉のようなものを振りかけた。
メグの体が薄く淡い光に包まれ、すぐに消えた。
メグが何やらぶつぶつ唱えた後で、杖を前に出した。

「ライトジャベリン!」

メグが魔法を放つ。
光輝く槍のようなものが3本、杖の前で宙に浮く。
次の瞬間、キラーマンティスへ意思を持つかのように一直線に飛んで行った。
その内の二本は大きな両腕の鎌で払い落とされ、ガラスが割れるような音とともに消滅した。
一本はキラーマンティスの腹にグサリと刺さった。
ジュドーが続いて、大きく屈んでモンスターの足元に走り込む。

華麗な剣術捌き。
キラーマンティスの大きな鎌を避けつつ、少しずつ固そうな装甲にダメージを与えていった。

廣田の想像以上に、この冒険者たちはすごい。
あんな化け物と、対等以上に渡り合っている。

メグが光の槍で続けて魔法攻撃をする最中、キラーマンティスの前でジュドーが剣を両手で握り、力を込めた。
剣の刀身が赤く輝く。
数秒後、ジュドーがキラーマンティスへ飛び掛かった。

「炎龍斬!」

赤く輝く剣で、ジュドーがモンスターを横なぎに切り裂く。
鉄が切断されるような甲高い音。
キラーマンティスの大きな鎌ごと、胴体と首を切り離した。

「よし、一丁上がりだ」

ジュドーが剣を下ろしつつ、言った。
廣田が声を上げた。

「おお、これで依頼は全て達成ですね!」

廣田は喜んだ。
自分の一言で三人の目的が合わさり、あんな強そうなモンスターを撃退したのだから。
命が助かったという安堵感もあった。
1つのプロジェクトを終えたときのような、高揚感があった。

「そうですね。さっさとキラーマンティスの鎌の一部でも持って街へ帰りま…」

マーテルは街へ帰ろうと言いかけた途中で、目を見開いた。

「キ、キラーマンティス!?まだ、こんなにも!?」

森の奥から、キラーマンティスがこちらに向かってきている。
十数匹の群れだ。

「ちょっと、私は逃げますよ!あんな数、このメンバーでもただじゃすまない!」

マーテルはキラーマンティスが来る方と逆へ、走り出した。

「くそっ、マーテルのやつ!メグ、やれるか?」

ジュドーは迎え撃つつもりのようだ。

「ちょっと、あの数はきついかも。
 強めの魔法を唱えるには時間がかかるから…。ジュドーが前衛で持ちこたえてくれれば、倒せるかもしれない」

「回復担当が逃げちまったのが痛いな…。
 全力でいこう!
 ヒロ、お前は…えっと、がんばって逃げろ!」

さすがに、守る余裕なんてないよね。
廣田はライニャスに襲われたときのような、絶望感を再び感じた。

だが、一方で先程チームをまとめたという高揚感や充実感が残っていた。
まぁ、最後にこんな気持ちを味わえたから、いいか。
そんな気もした。

と、その時。

「え?なんか光ってる…」

メグが廣田を見てつぶやいた。
確かに、言われてみるとなんだか眩しい。
廣田は自分の体を見た。体が金色に輝いていた。

「確かに…私、光ってますね…」

自分でもなぜか分からない。
だが、不思議な感覚だった。
やけに力が湧いてくる。
メグが言う。

「まさか、本当に大魔法を使えるの…?」

大魔法を使う時は金色に輝く、そうメグが言っていた。
とは言え、廣田は魔法のことなど知らない。
実際、ライニャスに対峙した時も出せなかったのだ。
なにせ、ただのプロジェクトマネジメントが得意なシステムエンジニアなのだから。

だが、感覚的に分かった。
魔法なのか分からないが、とてつもないエネルギーが湧き上がってきている。

手が熱い。
キラーマンティスの群れが目前に迫っていた。
ジュドーが迎え撃とうとしている。

ジュドーさん、横に避けてください!」

廣田のその言葉を聞き、ジュドーがとっさに横に跳んだ。
廣田が手をモンスターの方へ向ける。
感覚的に、なぜかそうすれば魔法が使えると分かった。

大きな音とともに、手から金色の光線が放たれた。

ズッゴォォォォン!

ただのプロマネ
ただの人間。
ただの一介のシステムエンジニア

そんな彼が放った魔法は、モンスター共々見渡す限りを破壊し尽くした。

キラーマンティスの群れは、跡形もなく消え去った。
それどころか、森をえぐるように、一本の大きな大きな傷が大地に出来上がった。

ジュドーも、メグも唖然としている。

「なんか、出た…!?」

自分がとてつもないモンスターを倒した事実に、廣田は驚きの声を上げた。

こうして、廣田改め、プロジェクトマネージャー・ヒロの異世界生活が始まった。

 

★つづく★