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異世界✕プロジェクトマネジメント カテゴリーの記事一覧 - 凡人が成果を出すための習慣
キラーマンティスをほぼヒロ一人で討伐したため、浮いた費用をゾーム討伐に回すことができる。
レインの奇策で、鎧のゾームへ対策も、無理なく行えることになった。
ヒロをうまく利用したのか、天然なのかはヒロにはわからないが、レインはやはりすごい人材だ。
ヒロはレインに感謝の気持ちを抱きながら、王宮でリーガルから承諾を得た。
その後、王宮に来たついでというわけではないが、賢者ケルンとエルザスについて話した。
ケルンは豊富な知識を持つ。
彼と話すことで、エルザスの謎が少しずつ解けてきた。
エルザスは、ゾームたちを「自分の分身」と言っていた。
ゾームは、エルザスが生み出したものと言うことだ。
ケルンが推測する、エルザスがこの5年で行ったことは、次のようなものだ。
コロシアムで格闘家をしていたが、何らかの理由でパラサイトスペクターに寄生されながらも、エルザスは自我を保った。
そして、メグの兄をさらい、食らったのだろう。
ジャイアントスパイダーを倒し、これまた捕食。
この時点で、ゾームの姿になった。
その後、体の大きなトロールやオーガを捕食。
体を大きくし、さらに自分の個体を増加させるスライムを捕食したのかもしれない。
普通、こんなに多くの特性を得ることはできない。
だが、エルザスはパラサイトスペクターの力が増加する満月の夜を狙って、捕食を繰り返したのだろう。
そうすれば、多くの特性を得られてもおかしくないとケルンは言った。
また、スライムの特性を得たとは言え、こんなに数多くの個体を増やすことはできない。
これもまた、満月の夜に個体数を増やしているのかもしれない。
何にせよ、エルザスの力が最大化し、ゾームたちをうまく操ることができるのはのは、満月の夜なのだろう。
だから、満月の夜に襲撃してくる。
ケルンに礼を言い、ヒロはギルドに戻った。
博識なケルンのおかげで、推測が立った。
エルザスはゾームのボス的存在ということだ。
かつ、プロジェクトとしては大きなリスクである。
なぜなら、エルザスは元々は人間であり、知能がある。
戦略を練って来るかもしれない。
ゾームの討伐方法を要件定義したが、それは陳腐化してしまうかもしれない。
実際、鎧をまとってくる、という追加要件が発生した。
エルザスを何とかしない限り、プロジェクトを終えることはできないように思えた。
エルザスのことは気にかかるものの、まずは追加要件である鎧のゾームへの対策を検討しなければならない。
ヒロは臨時会議を開き、プロジェクトメンバーと共に対策を考えた。
ヒロが行ったように、腐食の魔法を鎧にかければよいわけだが、前回と同じ課題が浮かび上がった。
サンダーボルトをどうやってゾームに刺さった矛に当てるのか。
それと同様に、腐食の魔法もゾームの鎧に照準を合わせることが、魔道具では簡単にはできないのだ。
前回の議論同様、メグとマーテルの知識、技能を存分に生かせば、ロックオンの魔法を用いた複雑な処理を行うことはできる。
だが、やはりメンテナンスが困難になってしまう。
結果的に、運用コストが上がる。
ということで、矛と魔道具を直接つないでサンダーボルトを直に流すような、シンプルな方法が必要となった。
ランペルツォンの発案で、単純に矛の射出威力を上げることにした。
鉄を貫くほどの射出力を、魔道具か物理的な細工で追加する。
これなら、兵器に対しての改良はとてもシンプルである。
また、会議の中でヒロはエルザスについて分かったこと皆に伝えた。
メグはその話の間、ずっと俯いていた。
手を見ると、ぎゅっと拳を握りしめており、怒りや悲しみをこらえているかのように、ヒロには思えた。
会議の後、ヒロはメグに声をかけた。
「心境は、どうでしょうか…?
エルザスは逃がしましたが、重傷を与えました。
きっと、次の満月には万全の状態とはいかないはずです」
「とても、とても落ち込んだ。
あいつを逃してしまったことを」
「メグさんの気持ちは、きっと私のような平和に生きてきた人間には100%分かりません。
でも、憎いとか悔しいという思いは、想像を絶するものだと思います…」
メグは、黙ってうなずいた。
ヒロは言葉を続ける。
「エルザスを倒すには、協力が必要です。
一人の力では、きっと難しい」
「そうかもしれない。
私も、一人で戦ってあいつに殺されそうになった」
「私には、あの時のメグさんは冷静さを失っているように見えました。
仇なんですから、無理もありませんが…次は1人で立ち向かわないように、お願いします。
私はメンバーを失いたくありません」
これまで死傷した討伐隊のメンバーがヒロの脳裏に浮かんだ。
再び、メグは小さくうなずいた。
そして、ポツリとエルザスのことを話し始めた。
「私はエルザスのことをこの5年間、調べた。
エルザスは、この王都シュテールを恨んでいる」
ヒロは興味深くその話を聞いた。
「確か、エルザスはコロシアムで格闘家をしていたんですよね。
それが、シュテールを恨むようなことになったんですか?」
「コロシアムは、国営。
ヒロが所属する冒険者ギルドと同じで、シュテリア王国直轄の事業。
エルザスは、王国から格闘家の権利を取り上げられた」
「取り上げられた…?
彼は何かしたんですか?」
「エルザスは当時、強くて人気の格闘家だったらしい。
何度も試合に勝っていた。
負けなしの時代もあった。
ただ、もっと強い格闘家が現れた」
「その格闘家に、エルザスは負けたんですね?」
「そう。
エルザスはその新しい格闘家に負けて、勝てなくなった。
エルザスの時代が終わった。
人気も次第に落ちていった…。
そして、勝てなくなったエルザスは、その格闘家に、試合前に毒を盛って殺そうとした。
新人格闘家の勘が鋭くて、毒は飲まなかったみたいだけど」
「なるほど…不正を働こうとしたと…。
それがばれて、格闘家の資格を国からはく奪された、と言うことですか」
メグはうなずく。
「エルザスは、人気だったのに、落ちぶれた。
新しい格闘家を応援する王都シュテールの人間も、格闘家の資格を取り上げた王国も、エルザスはきっと恨んでいる」
「…逆恨みですね。
なんとも自己中心的な」
「前の満月で、私はエルザスに家族を襲った目的を聞いた。
ただただ、バリアを手に入れるため。
そんなことを言っていた…」
メグの顔が険しくなる。
「兄さんは全く悪くない。
エルザスが、自分勝手な理由で襲っただけ…。
私は、あいつを許さない。
必ず…」
復讐する。
メグは言葉を続けなかったが、きっとそんな言葉が続くのだろうとヒロは思った。
早く、こんなネガティブな感情から解放してあげたい。
「プロジェクトの目的は、ゾームから王都を守ることです。
結果的に、襲い来るゾームを討伐することになります。
エルザスを倒すことは、必然的に達成することになるでしょう。
…もうすぐです」
ヒロは自分なりの言葉でメグを元気づけた。
「私も、がんばる」
メグが、珍しくヒロに向かって少し微笑んだように見えた。
***
プロジェクトは進んでいく。
進捗確認、課題確認、リスク確認を定例で行うことを中心に、ヒロはプロジェクトマネジメントを続けた。
兵器の改良も終わった。
矛の射出速度を上げる魔道具を追加で搭載したのだ。
後は兵器を量産すれば、次の満月に鎧のゾームが現れたとしても対応できる。
予算的には、10基の兵器が作れる見込みだ。
残り2回の満月で犠牲者を3名以下に抑えることができれば、プロジェクトとしては目的達成である。
その達成が、現実味を帯びてきた。
そんな中、ヒロはランペルツォンとレインと、ギルドの会議室で残りのタスクについて話していた。
「そろそろ、運用のことを考えなければないといけないけません」
そう言ったヒロに、レインが反応する。
「運用…?兵器の運用ですか?」
ランペルツォンも口を開いた。
「兵器の運用、と言うと、使い方ということか。
使い方は、すでに討伐隊も兵士も理解しているとは思うが?」
ランペルツォンはヒロに、真意を確かめるように疑問を投げかけた。
「いえ、『兵器の』というわけではなく、『ゾームを討伐する仕組みの』運用です」
レインが不思議そうに聞く。
「それって、兵器のことじゃないんですか?」
「兵器は、ゾームを討伐する仕組みの一部にすぎません。
…まずは、運用とは何であるか、からご説明します」
プロジェクトとう概念がないのだから、プロジェクトが終わった後の運用のことも、そりゃ知らないよね。
ヒロはそう思い、説明をすることにした。
「プロジェクトの完了条件が達成されると、プロジェクトチームは解散します。
さて、その後、ゾーム討伐はどう続けていくのでしょうか?」
ランペルツォンが答える。
「王国の資金で兵器を作ったのだから、兵器は王国のものということになるな。
討伐隊は…兵士は引き続き兵士とギルドの冒険者の混成となるだろう。
だが、兵器が10基あれば、ほぼ兵士で討伐隊は賄えると考えている」
「そうですね。
基本的には、プロジェクトで作られた成果物はプロジェクトオーナーの持ち物です。
今回の場合、プロジェクトオーナーはグレンダール総指揮官、つまりは王国兵士団です。
よって、王国兵士団でプロジェクトチーム解散後はゾーム討伐を続けていただくことになります。
我々は今回、プロジェクトでゾーム討伐の仕組みを作りました。
それは、兵器であり、討伐隊による討伐方法です。
その仕組みを維持していくことを、運用と言います」
レインが質問する。
「仕組みの維持?
兵器が壊れたら直すとか、ですか?」
「そうですね。
それも一つです。
ただ、もっと基本的な、いつ兵器を使う?とか、どう兵器を使う?とか、どう討伐隊を結成する?ということも含みます」
ランペルツォンが不思議そうな顔で聞く。
「兵器をいつ使うって、ゾームが襲ってきたときだろう?
そんなこと、改めて言われなくても、プロジェクトに参加した人員なら理解していると思うが」
「ええ、その通りです。
プロジェクトが解散したとしてゾーム討伐が王国兵士団が行うことになったとしても、ランペルツォンさんや討伐隊の兵士の方がどう運用すればよいかは知っています。
ですが、それは永遠ではありません。
人間、記憶は薄れます。
また、ランペルツォンさんや兵士の方が異動したり、なんらかの事情で兵団をはなれることになればどうでしょうか?」
「兵器や討伐隊の運用方法を知っている者はいなくなる…。
兵団では命を落とすことは珍しくない。
私が知っているからと言って、未来永劫ゾーム討伐ができるというわけではないということか。
確かに、兵団で個別に作った兵器のうち、使い方が分からなくなっているものが倉庫にあるな…。
もはや誰も使い方を知らないもの…」
「そうです。
作り上げた兵器は残ったとしても、使い方を知る人間がいなくなれば使えないものになるのです。
討伐隊という仕組みは残ったとしても、有事に結成できる知識をもった人間がいなくなれば、結成はできません。
誰もが使える状態にするために、運用として兵器の利用方法のマニュアルや、討伐隊を結成する手順や手続きなどを明文化しておく必要があるのです。
そうでなければ、せっかくプロジェクト目的を達成したとしても、時間がたつにつれて以前の状態に戻ってしまいます」
「兵器があって、討伐隊をつくればよいと分かっていても、うまく兵器も討伐隊も使えない、ということになる。
そして、ゾームを討伐するためにまた苦心することになると…」
ランペルツォンが真剣な顔で、そう言った。
レインが質問する。
「プロジェクト解散後も、ギルドがずっとゾーム討伐し続ける、という方法はないんですか?
プロジェクトでうまく討伐できたなら、そのままそのチームで続けたほうがいいですよね…?」
「プロジェクトは新しい仕組みを作るためのチームです。
作られた仕組みを維持するためのチームとは、必要なスキルもコストも違います。
よって、プロジェクトチームがそのまま運用もする、ということはあまりありません。
とは言え、レインさんのおっしゃるような体制もないわけではありません。
運用体制は主に2種類です。
一つは、プロジェクト解散後、プロジェクトオーナーの手に戻り、プロジェクトオーナー側で運用するパターン。
もう一つは、プロジェクトチームを運用に最適化して運用チームとし、運用するパターン。
今回前者を選んでいる理由は、後者がギルドに引き続きお金を払い続けて体制を維持する、というコストが王国側に発生するためです」
ランペルツォンがうなずいた。
「ああ。
王国で引き取れるものは引き取って使いたい。
経理のリーガルも許してくれないだろうからな」
ランペルツォンがヒロに向き直って言葉を続ける。
「それで、運用とはどのように決めるんだ?」
ヒロは一つずつ、説明を始めた。
「運用を考える上では、まず『プロジェクトを終えた後に何を維持していかなければならないのか?』を定義します。
今回は、何になるでしょうか?」
レインが答える。
「さっきヒロさんが言っていた、『ゾームを討伐する仕組み』ですか?」
「そうです。
決して、兵器ではありません。
兵器だけ維持しても、使い方を知っている人が維持できなければ、無意味ですからね」
思えば、元の世界でも運用について誤った認識を持つプロジェクトは多くあった。
購買手続きを改善するためにつくった購買システムにおいて、プロジェクト完了後に維持しなうてはならないのは『購買システム』ではない。
『利用者が購買する仕組み』である。
もちろん、購買システム自体のメンテナンスも運用として必要ではある。
だが、利用者が購買要求をできるようにするためには利用者向けにマニュアルなりガイドが必要かもしれない。
購買システムさえ残っていれば良いわけではないのだ。
プロジェクトは仕組みを作ることが目的であることが多い。
そのため、作ったものを維持する、という視点は持ちづらい。
特に、プロジェクトチームが運用に携わらない場合、運用のことなどプロジェクトマネージャーは知らん顔できてしまう。
ただ、それは真摯ではない。
運用のことを真面目に考えないプロジェクトは、プロジェクトマネジメントの怠慢であるとヒロは考えている。
ヒロは運用について、話を続けた。
「この『ゾームを討伐する仕組み』を維持するために、どんな運用作業が発生するかを考え、それぞれに対して運用フローと手順を明確にしておくこと。
これが、運用設計と言います。
兵器や討伐隊を定期的に使っていくと、どんな作業がいると思いますか?」
ランペルツォンが口を開いた。
「そうだな…
まずはゾームを倒すために兵器を使う、という作業があるな。
討伐隊も、メンバーは毎回兵士から選別する必要があるだろう。
ゾームを倒すため、討伐隊のトレーニングも必要だ。
あとは…
兵器の定期検査も必要だな。
いざと言う時に壊れていては目も当てられない」
ヒロはランペルツォンが言った項目を記載していった。
・兵器を使う
・討伐隊のメンバー選定
・討伐隊のトレーニング
・兵器の定期検査
「少なくとも、4つ出ましたね。
この項目一つ一つについて、次の3つのことをします」
ヒロは再び書き出した。
①作業のトリガーを明確にすること
②作業の運用フローを明確にすること
③手順を明確にすること
「まずは作業を開始するトリガーを明確にしましょう。
トリガーとは、何を条件にこの作業を始めるか、です。
例えば、『兵器を使う』のトリガーは満月の夜、になります。
もっと明確には、満月日の16時に開始、とかですね。
『討伐隊のメンバー選定』であれば、例えば満月の夜の一ヵ月前、とか。
今回は時間的なトリガーが多いですが、トリガーは他にもいろいろあります。
例えば、誰かからの依頼、とか。
もし今後、別の町でゾームが現れれば、兵器を貸し出すようなこともあるかもしれません。
そうなれば、トリガーは『他の町からの依頼』となる『兵器貸出』という運用作業がでてくることになります」
ランペルツォンがコメントした。
「なるほど。
何をきっかけに、その作業を行うか、ということだな」
「はい。
そして、次は運用フローですね。
運用フローとは、その作業を、誰が、どうすすめるか?を定義した資料です。
トリガーで発生した仕事をこなす担当やチームを明確にしておきます。
そうでなければ、作業発生時に、誰がやるんだっけ?ということになってしまいます。
例えば、『満月の夜の前の点検作業』を例にしましょう。
トリガーは”満月の夜の3日前になったら”とかになりますね。
そして、王国兵団の点検担当者がそのトリガーに応じて、手順通りに点検作業をします。
その時に、不具合、例えば魔道具の魔力が底をついている、などがあれば、魔道具の手配担当に連絡をする、という運用フローを書くのです。
運用フローは、こんな図です」
ヒロは話を続ける。
「手順は、作業内容をわかるように記載しておくことです。
兵器を使う、であれば兵器の使い方。マニュアルですね。
兵器の定期点検も、どんな項目をどう点検するか?を記載します。
トリガー、運用フロー、手順。
この三つがそれぞれの運用作業で明確になっていれば、『ゾーム討伐の仕組み』を維持するために誰がいつ何をどうすればよいのか?明確になります。
これらができたら、王国兵団へ引継ぎ、ということになります」
ランペルツォンが口を開いた。
「プロジェクトが終わった後のことまで考える…
それが運用と言うことか」
「平たく言えば、そういうことですね。
プロジェクトが作ったものは、ずっと使える状態でなければ意味はないのですから」
「恐れ入った。
みな、作るだけ作ってあとはほったらかしだ。
私は、そういうものだと思っていたが…。
こんな考え方もあったんだな」
そうして、運用設計も進んでいった。
3度目の満月の夜は、すぐそこまで迫ってきていた。
★つづく★