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小説:ヒーローの管理職 第28話 仕事の管理の章4

マネジメントについての連続小説です。

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 赤崎は、東條が着任する前と、着任した後で、自分の中に変化が起こったことを自覚していた。

 以前はヒーローは独力で全てに打ち勝つ存在でなければならないと考えていた。司令官やチームメンバーに頼るようでは、いざというときに役に立たないヒーローになってしまう。そう思っていた。
 だが、今はチームで戦う重要性を理解している。
 チームで戦うほうが効率的に戦闘を終えられるし、チームでなければ倒せない敵もいる。チームに頼ることはチームが瓦解した時のことを考えるとリスクだが、チームが瓦解しないように維持していくほうが、結果的に全体的なリスクが減らせると、今は思っている。
 少なくとも赤崎の目には、東條が安定したチームの維持に努めているように見えた。
 だから、赤崎はもう、1人で戦うのではなく、チームとして戦うことを受け入れている。

 だが、自分がリーダーになるとは思っていなかった。
 東條の言うように、今の犯罪者捕獲部隊では自分がリーダーとなるのは、スキル的にも経験的にも妥当だと、客観的に見て思う。だから、リーダーとなることを受け入れた。
 受け入れたは良いが、これまでヒーローとしての活動の大半を独りで戦うことに傾注してきた赤崎にとっては、リーダーが何をすべきかなど、思いつかない。
 リーダーとして任された業務は次の二つだ。
 ①出動時の指揮
 ②チームのトレーニング立案・確定・指揮

 ②はどんな戦い方をチームでするかを考え、トレーニングすることであり、赤崎にも何をすべきか理解できる。
 だが、①はいまいち具体的なイメージができなかった。東條はゴールとタスクを明確化すること、と言っていた。ある程度トレーニング中も指揮をイメージすることはできても、臨機応変にタスクを作るという実践は、実際の出動時でなければできない。赤崎はそれまでは深く考えないことにした。

 赤崎のチーム編成は次の3人だ。

 前衛:赤崎 涼真(リーダー)
 守り:灰乃木 小太郎
 後衛:黒峰 卓

 赤崎はまず、メンバーの能力について考えた。
 灰乃木は赤崎の目から見れば、戦力としては微妙だ。灰乃木小太郎(はいのぎ こたろう)は"重力操作"の異能を持つ22歳。自分の周りにあるものの、重さを軽くしたり重くしたりすることができる。細身の低い声、性格はよく言えば落ち着いている、悪く言えば暗い男だ。
 主には、武装のシールドを重くする事で敵の攻撃をより堅牢に防いだり、敵の重量を上げて動きを鈍くしたりする。攻撃面では、パンチやキックの重みを増すことで、攻撃力自体を上げることができる。
 灰乃木の能力はうまく使えば、いろいろな戦術に利用できる。だが、灰乃木は能力を使いこなすことが、まだできないでいる。能力の範囲は彼の周り数メートルあるものにしか及ばない。また、重力操作の切り替えがすぐにできない。
 例えば、シールドを重くして敵の攻撃を防いだとしよう。次はシールドを軽くして身軽になって敵に体当たり、そしてすぐにシールドを重くすれば、重たい体当たりになり、大きなダメージを与えることができる。だが、実際は重くしたシールドを軽くするには、今の灰乃木には、数秒、長いときは10秒以上かかる。重くする、軽くする、というのは早くできるが、一度重くしたもの、軽くしたものを逆のベクトルに持っていくことに時間がかかる。連続した能力の利用ができず、使いどころが難しい。
 灰乃木がまだ若く、経験が浅いということもある。だが他にも原因がある。彼の"重力操作"という能力は非常に珍しく、同様の能力を持つ異能者は少ない。それは効果的なトレーニング方法がまだ確立されていない、ということにつながっていた。

 一方、黒峰は後衛としての戦力は上々だ。東條が推進した、"後衛による死角からの攻撃"のトレーニングにより、これまでの大きな瓦礫を飛ばすような攻撃以外にも、白川のような細かな敵の足止めや死角からの攻撃ができるようになってきたためだ。

 守りや後衛がどう動くのが良いか、これまでの経験から特定のパターンは知っている。だが、赤崎はこれまで前衛として戦い続けてきた。そのため、特定のパターンに当てはまらない場合に、適切な指示ができるか、自信がなかった。

 その後、何度か出動があり、東條が指揮をサポートしてくれた。それを経て、なんとなくは赤崎にも指揮の方法はわかってきた。
 そうして、とうとう出動要請時に、東條から次のような指示が来た。
「赤崎さん、今回は全面的に指揮を委譲します。ですが、迷ったときは教えてください。サポートします。ゴールと、タスクの設定を意識してください。」
 今回は赤崎の、完全な指揮官としての初陣ということだ。
「了解。」
 赤崎はそう言うと、サポートチームから今回の事案の状況を聞く。
 状況は次の状態だ。
 ・ターゲットは一名。
 ・街で衝撃波を操る異能者が、ある大学に襲撃し、大学の建物自体を破壊している
 ・衝撃波によって、直接的に非異能者への被害も出ている。壊された建物の瓦礫の下敷きとなっているような非異能者もいる
 ・現時点でターゲットは建物内を、建物内部を破壊しながらうろついている

 衝撃波を操るというのは、要は空気の気圧差を大きくして空気の大きな移動を起こし、衝撃を作る能力だ。
 温度や気圧といったものを操る異能者である可能性が高い。
 温度や気圧というと、天気を操ってすごいことができてしまいそうに聞こえるが、実際はコントロールが難しい能力の部類なので、多くの場合は衝撃波なら衝撃波に特化していたり、数十メートルという小さな範囲で嵐を引き起こすことのみができる、など、異能者それぞれでできることが限られているのが実情だ。
 なお、犯罪者捕獲部隊に”風使い”の緑澤がいる。本来は同じような彼女の能力で衝撃波を相殺することが望ましいが、運の悪いことに、今日は彼女は非番であるし、赤崎のAチームではない。
 どんな状況でも対応できるように自分を鍛えてきたのだから、赤崎はその状況をなんとも思ってはいないが。

 赤崎は現場へ移動しながら、これまで東條が行っていたように、ゴールとタスクを設定する。
 ヒーローアソシエーションの基礎プログラム上では、異能者犯罪者を捕獲する時の王道は、
 ・一般人に被害が及ばないようにし
 ・異能者犯罪者の力を削いでから
 ・安全に無力化する
 である。
 赤崎はそれを意識しながらチームメンバーの灰乃木と黒峰に伝えた。
「ゴールは…衝撃波を使うターゲットの無力化。
 タスク1は、一般人の現場からの避難。
 タスク2は、ターゲットのいる建物に俺と灰乃木で立ち入る。そして、灰乃木の防御でターゲットに近づき、衝撃波を使いにくい狭い部屋へ誘導。
 狭い部屋なら自分にも被害が及ぶだろうから、衝撃波も自由に使えないだろう。
 タスク3、その部屋で俺が一挙に仕留める。」
「了解…ですが俺は何をしたらいいでしょうか?」
 タスクの中に自分の名前が出てこなかった黒峰が尋ねた。
「黒峰は建物の外から、援護を頼む。白川が前に、窓越しの銃撃をして同じようなことをやってただろ?」
「外からですか!?やってみますが、白川先輩みたいにうまく銃撃をコントロールできないので、建物の外から建物の中のターゲットにうまく援護できるかは自信ないですが…。」
「なら、一緒に建物に入って援護するか?」
「うーん、どっちがいいでしょうか?」
「…なら一度外から援護してみてくれ。」
「了解です。」
 2人の会話が終わったことを察知して、灰乃木が次に尋ねる。
「僕は赤崎さんと行動して、衝撃波を重力で重くしたシールドで防げばよいと。」
「ああ、攻撃しながら、相手を狭い部屋に誘導する。校舎の通路での戦いになるだろう。シールドで衝撃波を防ぎながら近づくぞ。」
「了解。」
 灰乃木の低い声が届く。
「東條司令官、それでよいですか?」
 赤崎が東條に確認をとる。
「狭い部屋への誘導、についてですが、どのように誘導しますか?」
「灰乃木と俺で通路をふさぎながら、誘導したい部屋へ追い立てます。誘導は相手の行動を操る行為なので、難易度が高いことは承知していますが、これしか思いつかないので。」
「…分かりました。一度それでいってみましょう。」

 赤崎は、少し不安を感じながらも戦いに赴いた。

★つづく★