凡人が成果を出すための習慣

残業ゼロで成果を出すには、どうしましょうか?

異世界×プロジェクトマネジメント 第5話『要件定義するべし 前編』

プロジェクトマネジメント知識をライトノベル感覚でお伝えする小説です。
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辛い。冒険とは、こんなに辛いものなのか。
ヒロは思った。

今現在、湿地帯へ向かう道中である。

ヒロの他に、四人。合計五人。
こちらの世界では、冒険者の集団をチームと呼ばずにパーティーと呼ぶらしい。
昨日、五人パーティーで王都シュテールを旅立った。

昨日から歩き詰めだ。

パーティーメンバーはヒロ、ジュドー、メグ、マーテル。そして、サレナ。
前衛の戦士であるジュドー、後衛の魔導士であるメグ。
回復やサポート、アイテムによる攻撃を担当する道具使いマーテル。
彼らはヒロが初めてこの世界に転移した森で出会ったメンバーである。
そこに、調査スキルに長けたサレナを加えた五人パーティーだ。

サレナはいわゆるベリーショートの髪型で、ボーイッシュな印象の女性。
切れ長の目で、スラっとした手足の長い、モデル体型である。
彼女はレンジャーと呼ばれる職業で、魔物の足跡や風向きを見る魔法、遠くの音を聞き分ける特技などで情報を得て、商人の護衛として安全な陸路を見極めたり、トラップで魔物を討伐したりする。

ジュドーのなじみの冒険者であり、何度も一緒にパーティーを組んだ経験があるという。

さすがに、ヒロ以外の四人は冒険者と言うだけあって、旅慣れている。
か細い魔導士のメグですら、一日中歩いていても音を上げない。
だが、ヒロは昨日も一日中歩いたことで、疲労がたまってきていた。

「はぁ、はぁ…
 ちょっとだけ、休ませてくれませんか…」

サレナがクールな表情で言う。

「今日は湿地帯へ日が昇っているうちに到着したいわ。
 暗くなったら細かな調査が難しいから。
 もう少し頑張って。
 あなたがパーティーに加わりたいって言ったんでしょ?」

湿地帯へ向かっているのは、ゾームの調査のため。
ゾームを倒す兵器を作るには、ゾームがどんなモンスターであるかを知らなければならない。
ゾームを倒す兵器ってどういう機能が必要なの?という、プロジェクトで言う要件定義である。

ゾームが湿地帯のどこに潜んでいるか分からないが、その点はサレナの調査スキルで見つけ出す予定だ。

このパーティーにおいて完全にヒロはお荷物である。
実際、道中で弱いモンスターに襲われもしたが、ヒロは何もできずに逃げ回っていた。
とにかく、気配を消す靴やマント、モンスターから狙われにくくなる薬などをマーテルから借りて、安全性を確保しているのみ。
大魔法が好きな時に打てるわけではないヒロは、お荷物であることは自分自身でも認識していた。

だが、プロジェクトは初めが肝心である。
要件定義という言葉すら存在しないこの世界において、ゾームの調査を冒険者だけに任せるのは、ヒロとしては抵抗があった。
そのため、ヒロもパーティーに同伴したのだ。

 

このパーティーは、ジュドーや総指揮官グレンダールの助けもあって、すぐに結成された。
あの夜にギルドでジュドー、ランペルツォン、レインと集まってプロジェクトの体制表や目的を作った後、次の日にグレンダールへ承認を得た。
未確定な要素も多い中、グレンダールは承認をしてくれた。

だが、費用については早いうちに出すように言われた。
これは、グレンダールというよりは国の経理担当の人間からとても声高に言われているためらしい。
隣国との緊張状態もあり、国庫を圧迫するようなことはしたくないということなのだ。そのため、コストには注意が向けられている。

ヒロはプロジェクト体制表と目的、概要スケジュールができたところで一息ついた後、まずは初めのフェーズであるゾームの調査のタスクを明確にしていくことにした。

プロジェクトというのは元来、既存の組織では対応できないもののために行う活動である。
どうやって顧客の要望に適ったシステムを作るのか?どうやって業務改善するのか?
そんな新しい目的に対しては、既存の組織が持つ日常的な業務では答えがない。

だから、プロジェクトを立ち上げて進めるのだ。
その性格上、プロジェクト目的の達成のための道筋が分からないものも多い。
これまでやったことが無いものなのだから、当たり前だ。似通った経験はあるにせよ、全く同じではない。

そんなプロジェクトにおいて、プロジェクト全体のタスクを細かく初めの時点で明確にすることはできない。

何せ、分からないのだから。

今回のゾーム討伐プロジェクトも、そんな未知のプロジェクトと言える。
初めにどれだけ詳細に予測しようとしても、後続のフェーズにはずれが生じる。

そのため、ヒロはプロジェクトは進め方を大まかなフェーズに分けて考えることにしている。

今回は、次のフェーズ分けにしている。

フェーズ①ゾームの調査
フェーズ②兵器の設計
フェーズ③兵器の構築
フェーズ④実践投入
フェーズ⑤改善

全体的な概要スケジュールを作成した後に、次に始めるフェーズの詳細スケジュールを考えることが多い。

各フェーズを始める前に最終アウトプットを明確にして、タスクを詳細化すること。
それが、これまでの経験上このプロジェクトがうまく進むとヒロは考えた。

ヒロは”ゾームの調査フェーズ”における最終的に得られるアウトプットを
”ゾーム討伐兵器の要件定義書”とした。
その後、最終アウトプットを作成するために必要なタスクを詳細化していった。
そうして、調査フェーズに必要な費用もレインやランペルツォンの協力を得て明確にし、グレンダールから再度承認を得た。
優秀な冒険者によるパーティーとあって、調査フェーズの費用はそれなりにかかる。
王国の経理担当は渋ったが、そこはグレンダールが口を効いてくれた。

 

その、調査フェーズのタスクの一つとして
”湿地帯へ赴いてのゾーム一体を実際に討伐する”
があり、今に至る。

実際に対峙してみないことには、倒し方が分からない。
このパーティーであれば手練れぞろいなので、未知のモンスターであるゾームも一体ならば倒せると、ヒロは思っている。

討伐の方法が分かれば、それを要件として定義し、兵器と言う形にすることで、多数のゾームにも対応可能な環境を実現できる。
だが、このパーティーでも倒せないなら、倒せないで対策を検討せねばならない。

元の世界においてのプロジェクトでも同じだった。
システムの更新でも、更新対象のシステムについて知る必要はある。
業務を改善するにしても、今の業務における問題点を明確にする必要がある。
とにもかくにも課題となる対象を見ないと、ということである。

疲弊が明らかに見えるヒロに対して、マーテルがヒロに液体が入った瓶を取り出して言った。

「経費として後で請求してよいなら、体力回復の薬を差し上げますが?」

マーテルは当初、プロジェクトの参画にメリットを感じずに抵抗していた。

ヒロは、マーテルを説得した。
兵器の構築となれば、資材や魔道アイテムなどの調達が必要となる。
マーテルがプロジェクトに参画しておけば彼の所属する商工会から調達するという選択肢がとりやすくなることを伝えた。
つまり、プロジェクトに参画すれば、マーテルの扱う魔道具が売れる。

先のフェーズでのメリットのために、マーテルはこの調査フェーズにも協力してくれることになった。

森での一件の際に、逃げたマーテルを糾弾せずにいたことは正解だった。
もしマーテルとの関係が悪ければ、確実に別のメンバーを探すことになっていただろう。

プロジェクトマネジメントの極意。プロジェクトの中にも外にも敵を作らないこと

ヒロはそう思っている。
理不尽な要求には毅然と対応する必要はあるが、貶めたり感情的になったりして関係に溝を作ることは、チームビルディングにおいても何かを進めるにおいても、マイナスにしかならない。

ヒロはマーテルに返事をした。

「薬…ありがとうございます。
 もう少しだけ頑張って、無理ならいただきます…」

女神ファシュファルよ。なぜ基礎体力を上げてくれなかったのか。
ヒロは嘆いた。

 

ジュドー、サレナを先頭に、ヒロが真ん中、その後ろにマーテルとメグ、という陣形で一行は歩みを進めていく。
朝早くから湿地帯に最も近いキャンプから出発したため、まだ太陽は西側に見えている。
ああ、この世界でも太陽は西から東に移動するんだなぁ。
そんなことをヒロは思いつつ進行方向を見ていたら、遠くに湿地帯らしきものが見える。

同時に、ゾームによって壊滅したという村の残骸も見えてきた。

遠くに視点を飛ばす魔法を使い、サレナが村の状況を確認する。

「想像はしていたけれど、やっぱりひどいわね。
 残った村人の遺体は王国兵が処理してくれたみたいだけど…。
 見たところ、村の廃墟にモンスターはいなさそうね。
 行ってみましょう」

ジュドーがそれに答えた。

「よし、念のための警戒はおこならないようにな」

一行は廃墟となった村の方へ移動を開始した。
歩みを進める中で、ジュドーがヒロに問いかけた。

「ヒロ、死体とか見たことあるのか?」

ヒロは平和な世界から来た。
よって、人の死というものに直面するようなことは、日常としてはほとんど無かった。
そんな中、大量殺人が起きた村へ向かう。
ヒロは息を飲んだ。

「お気遣いありがとうございます。
 このプロジェクトの担当になった時から、覚悟は決めてます」

「そうか。
 慣れてない奴は、モンスターが食い荒らした場所を見るだけで倒れることもあるからな」

「私も聞くだけでゾッとはしますが…
 もし私が倒れたら、ジュドーさんが運んでください」

そのやり取りを聞いてたメグは、少しだけ眉をしかめ、口を挟んだ。

「…いまだに信じられない。
 あなたが大魔法を使ったなんて。
 呪文詠唱を省略していた。詠唱省略は高度なスキルだし、威力もこれまで見たことないものだった…」

それを聞いてヒロが頭を掻きながら答える。

「いやぁ、自分でもなんで出せたか分からなくてですね…
 そんなすごいことしたという実感もないんですよ。
 次はいつ使えるのか、正直分からないですし」

メグがポツンと言った。

「少し、悔しい」

メグはさらに言葉を続けた。

「でも、コントロールできないなら、どんなにすごい魔法でも、意味ない…」

「確かに、おっしゃる通り…」

ヒロとしては、充実感を得たら大魔法が使える、と聞いてからある程度意識して生活していた。
冒険者コンサルティングでも充実感がないわけではない。しかし、魔法は使えない。
他にも、難しいなぞなぞを解いて達成感を味わってみたりしたが、何も起きなかった。
どんな充実感でも良いと言うわけではないらしい。

全く以て女神ファシュファルも人が悪い。
きっと、プロジェクトマネジメントの知識を使って充実感を得ることが、大魔法発動のトリガーなのだろう。
プロジェクトは成果が上がるまで時間がかかるもの。
好きなタイミングで大魔法が撃てるというわけではない、ということだ。

 

流れで、ヒロは、ジュドーとメグに聞いてみたかった質問をする。

「お二人は、どうして冒険者をしているんですか?」

二人はヒロの方を見た。
ジュドーが先に答えた。

「俺は、自分の力を生かしたいからだな。
 昔から剣の扱いは人より得意だった。
 それをさらに磨きつつ、人の役に立てられるような職業は、冒険者が一番良さそうに思ったんだ」

眩しい。屈託のない自信を持った顔。
貢献のために命をかけられる人間。
純粋にすごい。そうヒロは思った。

「ジュドーさんは、すごいですね。
 実際に、たくさんの人々に感謝される仕事をしていますし」

プロジェクトマネージャーたるもの、メンバーとの信頼関係は重要である。
普段のこう言った雑談も重要なのだ。
プロジェクトマネジメントの極意。メンバーとの信頼関係を作る

だが、そんなプロジェクトマネージャーとしての責任感を除いても、純粋に二人のことをもっと知りたいとヒロは思っていた。

冒険者なんていう危険な職業、ヒロなら率先してやらない。
ヒロはプロジェクトマネジメントの延長で、やむを得ず冒険者のパーティーに参加しているだけだ。
だからこそ、ヒロは彼らに人として興味があったのだ。

ジュドーはヒロに答えた。

「そうか?
 剣で食ってくには、この職業が一番ってのもあるがな」

「なるほど。
 ジュドーさんにとって冒険者は天職なのかもしれませんね。
 メグさんはどうですか?」

話を振られたメグは、黙った。
ヒロは耐えられずに話す。

「いや、話したくなければいいんです!
 変な事聞いてすいません!」

メグが無表情で話す。

「いや、大丈夫。
 どう話そうか、迷っただけ。
 …私は、ある男を探している。
 そのために、冒険者をしている」

「ある男…?」

ヒロは問い返した。
ジュドーも興味深そうに聞いている。
メグが話を続けた。

「私は両親を殺された。
 エルザスという男に」

 

メグは未だ無表情だったが、その目に少し怒りがこもったのをヒロを感じた。
ジュドーが頭に指を当て、思い出すような仕草をしながら言う。

「エルザスって言うと、五年ぐらい前に、王都での連続殺人で指名手配された男の事か?
 目撃者の話から、コロシアムで格闘家やってたエルザスが犯人ってなった事件だよな」

「そう。
 その男」

ヒロが話に入って聞いた。

「コロシアム…の格闘家?」

ジュドーがヒロにコロシアムについて教える。

「ああ、ヒロは知らないのか。
 王都シュテールじゃあ、賭け格闘大会があってな。
 それがコロシアムってう格闘場で開催されてるんだ。
 その格闘大会に出る選手として、エルザスって男がいたんだ」

エンターテイメントとしての賭け格闘大会。
元の世界での競馬のような感覚なのかもしれない。
ヒロはそう思った。
そこに選手として出ていた格闘家エルザスが殺人を犯した、ということらしい。

メグが話す。

「五年前に、エルザスは私の両親を殺して、逃げた。
 まだ捕まってない。
 私はその時、怖くて棚に隠れてた。
 兄さんはエルザスに連れてかれて、行方しれずになった」

ヒロは、押し黙った。
メグは、目の前で両親を殺害されたということだ。
なんと言葉を返せばよいか、わからなかった。

ジュドーが静かにメグへ問いかけた。

「復讐したいのか?」

メグがうなずいた。

「復讐したい。
 それと、兄さんがどうなったかも知りたい」

今度はヒロが聞いた。

「お兄さんがいたんですね」

「いた。
 私と同じで、魔法が得意だった。
 特に防御型の魔法が」

メグは、少し得意そうに言った。
お兄さんのことが、誇りである。
そんな印象をヒロは受けた。

「お兄さんのこと、好きなんですね」

「…そう。
 だから、殺人鬼のエルザスを探して兄さんをどうしたか聞きたい。
 冒険者をするのが、一番情報が集まりやすいと思って、冒険者をしてる」

森でヒロに初めてあった時、生活費のために依頼を受けたと言っていたが、本当は復讐のためだったということだ。

ヒロは、想像以上にメグが過酷な経験をしていたことに驚いた。
同時に、ヒロの世界では高校生ぐらいであろうに、それでも魔導士としてまっとうに生きているメグに尊敬の念を抱いた。

 

しばらくして、村に着いた。
そこかしこに血の跡がある。

遺体は処理されている、とサレナは言っていたが、体の破片と思わしきものはまだ残っており、腐った臭いがちらほら漂っている。
ヒロは顔をしかめたが、ジュドーにあらかじめ覚悟を決めているといった手前、吐き気をこらえて気合を入れた。

サレナが村の状況を調べる。

「建物はほとんど倒壊…壊れ方から見て、かなり大型のモンスターのようね。
 足跡も、まだ残っているわ」

ヒロから見ると足跡など見えなかったが、サレナには何かが見えているようだ。

「足跡からすると…蜘蛛みたいな、そうねジャイアントスパイダーの足跡に似てるわ。
 ただ、大きさがジャイアントスパイダーよりもずっと大きい」

「蜘蛛型のモンスターってことか?」

ジュドーがサレナに尋ねた。

「この足運びは、その可能性が高いわ。
 ゾームってやつが多足のモンスター、と言う情報もあったしね。
 ゾームが蜘蛛型のモンスターとすると、足跡からは…少なくともこの村を襲ったゾームは10体はいるわね。
 群で行動するのかしら」

ヒロは感心した。
村に来てすぐ、ゾームに関する情報がいくつか分かった。
レンジャー?スカウト(偵察)のスキル?なんぞや?
なんて、ヒロ思っていたが、この旅でサレナの凄さを理解した。

進め方が未知なものを進める上でまず必要なのは、周辺情報から仮設を立てることだとヒロは考える。
そして、その仮設を検証する。

今回の場合、ゾームは足跡や建物の損壊具合からして、大型の蜘蛛のような脚をもつモンスターであり、10体以上の群で行動するという仮設が立った。
この仮設を検証するには、もっとゾームへ近づかなければならない。

サレナが話を続ける。

「足跡からすると、湿地帯から来て、村を襲い、また湿地帯へ戻ったように見えるわ。
 湿地帯がねぐらなのかもね」

ジュドーがそれに答えた。

「ってことは、湿地帯へ向かう必要があるってことだな」

「そうね。
 もう少しこの村を探って手がかりを探してから、湿地帯へ出発しましょう。
 ただ、群れだと厄介ね…モンスターの群れは、圧倒的な力で薙ぎ払うか、一体ずつに分断して討伐するか、が鉄則だし。
 まずは、足跡をたどりつつ、ゾームのいる場所を特定して行きましょう」

確かに、好戦的なモンスターの群にむやみに突っ込めば命はなさそうだ。
この要件定義を無事に終わらせるには、いざゾームへ対峙する前に作戦を立てる必要がある。

だが、今の時点では情報が少ないため、しばらく村を調査し、湿地帯の方へ歩みを進めることにした。

 

サムソン湿地帯。
シュテリア王国内で3番目に大きい湿地帯である。

ヒロは湿地帯というものに初めて足を踏み入れる。
草のような土のような、自然のにおいが漂う。
湿地帯の入り口は草木の背は低く、浅い水たまりがちらほらある状況で、比較的見通しが良く、遠くまで見える。
だが、湿地帯の奥へ足を踏み入れると、草木は生い茂り、とたんに見通しが悪くなった。

足跡は湿地帯の奥へ続いているということで、モンスターが身を潜めているとしたら、木々の生い茂るゾーンだとパーティー一行は考えた。

「ここからは、むやみに足を踏み入れると危険ね。
 私の遠視の魔法でも、見通しが悪くて良く見えないわ。
 メグちゃん、飛翔の魔法、使える?」

サレナがメグに尋ねた。

「”フライ”は使える。
 飛んで、上から見てくる」

そう言うと、メグは何やら呪文を唱えた後、宙にふわっと浮いた。
こちらへアイコンタクトを取ったのち、メグは空高く舞い上がり、湿地帯の奥側の方面へ飛んで行った。

遠ざかるメグを眺めながら、サレナがジュドーへ話しかける。

「メグちゃん、すごいわね。
 あの若さで複数の属性魔法もつかえて、調査に使える魔法もいくつか覚えてるなんて。
 初めて一緒にパーティーを組んだけど、落ち着いてるし、頼りになるわね」

「ああ、魔導士の中では100年に一人の天才とか言われているからな。
 回復魔法は使えないみたいだが、相当な数の魔法をすでに覚えているよ」

ヒロは思った。
メグはそんなすごかったのか、と。

さっき「少し、悔しい」と言われたのには、彼女の魔導士としてのプライドがあったのかもしれない。
こんな、謎のおっさんがメグが使えない大魔法を使っていたのを見ると、何か出てくる感情があるのだろう。

そこに、マーテルが口を挟んだ。

「あれだけ魔法が使えるなら、魔導士のあこがれ、王宮魔導士も夢じゃないでしょうにね。
 兄のために健気に、こんな危険な冒険者業に勤しむなんて、私には考えられませんよ」

マーテルにジュドーが返す。

「それほど、未練があるんだろ。
 目の前で家族を殺されたんだ、そりゃあ真相を知りたくもなるだろ」

メグは両親が殺されてから、5年もの間、戦い続けているのだろう。
両親の仇であるエルザスを探すという目的のために。

しばらくそんな話をしているうちに、メグが戻ってきた。
静かに着地した後、メグは淡々と話す。

「このあたりを上から見てみたけど、リザードの他にモンスターの姿は見えなかった。
 ただ、洞窟があった。
 隠れられそうな場所としては、そこぐらい。
 それ以外なら、もっと遠くかも」

リザードはこの湿地帯では珍しくもないトカゲのモンスターだ。
サレナが返答する。

「なるほど…ありがとう。
 洞窟の中を探索するのは、あまりにも危険ね。
 となると…洞窟の近くにモンスターがいないことを確かめたあと、洞窟が見える位置でキャンプを張って様子を見ましょうか。
 満月の夜に活発化するとは言え、夜行性なら満月でない今夜にも何か動きがあるかもしれないわ」

一行は湿地帯の草木が生い茂る場所へ足を踏み入れ、洞窟を目指した。
マーテルの持つ魔道具に、敵意のあるモンスターがある一定範囲に入って来ると震えて知らせてくれるかまぼこ板のようなものがある。
それを使って、周りにモンスターがいないことを確かめた後、洞窟がギリギリ見える位置でキャンプを張ることにした。

「ヒロ、疲れただろ。
 俺たちが見張っているから、お前はテントで休んでていいぞ」

そうジュドーが声をかけてくれた。
ヒロは、みんなに悪いなぁとは思いながらも、疲れ果てていたのでテントの中で倒れ込んだ。

こんな場所でも、疲れていれば寝ることができるようだ。
そうして、日は落ち、夜になった。

その後すぐに、ゾームと対面することになるのだった。

 

★つづく★