凡人が成果を出すための習慣

残業ゼロで成果を出すには、どうしましょうか?

『嫌われない』ということに、あなたはどれだけコストを払えるか?

こんにちは。

爽一郎です。

 

人と信頼関係を築くことは、仕事でもプライベートでも重要です。

仲間が増えます。

独りぼっちで誰とも信頼し合っていない人よりも、仲間が多い人のほうが、きっと人生楽しい。

私はそう思っています。

 

ただ、信頼関係を築くことは、とても大変なことです。

時間もエネルギーもかかります。

 

いわゆる、コストですね。

 

コストをどこまでかけ、人と信頼関係を築くのか。

お金をどれだけ何に使う人生が幸せと言えるのかと同じで、人それぞれであり、そこに正解はないのだろうと思います。

 

ただ、コストが限られている以上は、辛くとも信頼関係を犠牲にしなければならない時があるのだろうなぁ。

そう思うのです。

 

■嫌われ役を買って出たつもりでした

職場から退職されるは、定期的にいらっしゃいます。

そんな方の内の一人、Lさんのお話です。

 

Lさんはいわゆる定年退職の方。

最終出社日に挨拶をされていました。

 

Lさんは、いろいろと指摘をされる方でした。

かつ、厳しい物の言い方をする人だったのです。

 

例えば、朝礼の時間が長引いてしまうと、

 

「もう時間なんだから、早く終わりなさい」

 

オープンスペースでの会議で音量が大きいと、

 

「うるさい。音量を下げなさい」

 

こういったマナーの話だけではなく、プロジェクトでの指摘等でもかなり厳しい物言いだったと言います。

 

周りも、Lさん自身も、厳しい指摘をする人間であると認識していました。

退職時の挨拶でも下記のことをおっしゃっていました。

 

「みんなが言いづらいことを言う、嫌われ役を買って出たつもりでした」

 

正直、私はLさんをあまり好きではありませんでした。

 

嫌われ役になってみんなが指摘しづらいことも指摘する。

一見聞くと自己奉仕的な対応に聞こえます。

 

ですが、『みんなが指摘しづらいことを言う』イコール『嫌われること』ではありません。

 

嫌われずに、みんなが指摘しづらいことを言うことなんて、いくらでもできます。

 

例えば、電車で優先座席に健康そうな若者が座っているとしましょう。

そして、その目の前には妊婦さんが立っているとしましょう。

 

席を譲るように、どんな言葉をその若者に発しましょうか?

 

「おい、なんで優先座席に座ってんだ。開けろよ」

 

嫌われ役になるなら、そんな言い方で言えばよいかもしれません。

 

ですが、

 

「もしよろしければ、妊婦さんに席を譲っていただけませんか?」

 

と言うこともできます。

 

どちらが、その指摘された側を動かすことができるでしょうか?

 

その若者がどんな人間か差はありますが、恐らくは後者でしょう。

人間、厳しい物言いをされると反発してしまいます。

優しい言い方をされると反発しにくくなります。

 

これは、人間の脳が持つ、ミラーリングと言われる機能によるものです。

相手の感情を察知して、それを無意識に真似てしまうというものです。

 

怒って注意されると、怒りを真似てしまいます。

穏やかに注意されると、穏やかに対応します。

 

穏やかな指摘は、感情の反発を与えにくく、ネガティブな感情を与えにくい。

言いにくいことを言う、ということが必ずしも嫌われ役を買って出るといういうことではないのです。

 

 

そんな考えを持つ故に、私は

 

「みんなが言いづらいことを言う、嫌われ役を買って出たつもりでした」

 

と発言したLさんには違和感を抱いていました。

 

 

ですが、今になって思えば、そういうわけでもないと感じています。

 

■嫌われ役とは、コストを払わないということ

なぜ、嫌われない言い方がこの世に存在していても、嫌われ役を買って出るような言い方をするのか?

 

以前、信頼関係を築くには共感力が必要ということを記事にしました。

bonzinkun.hatenablog.com

 

共感って大事です。

 「あー、それわかる。」と言うやつですね。

 

 大変な人には、大変ですね。

 嬉しそうな人には、良かったですね。

 

 そんな言葉を自然にかけられる人は共感を人に投げかけられるので、周りからは共感力高い人に映る事でしょう。

 つまりは共感とは、相手の気持ちを察し、人の気持ちに歩み寄る言動を取ることです。

 これはビジネスにおいて、昨今重要視されています。

 

共感力。相手に配慮し、相手の感情に寄り添う力です。

 

穏やかな指摘、というのは、相手に配慮した、一種の共感力を使って信頼関係を築こうとする言い方です。

 

ようするに、嫌われない言い方にはコストがかかります。

具体的には、自分の感情を抑えるというエネルギーが必要です。

 

電車でけしからん!と感じて、そのまま感情を表に出して指摘することは、とても脳からすると素直であり、楽です。

 

その怒りをいったん抑えて、相手に配慮した言葉を探してから指摘することは、とてもエネルギー=コストがかかります。

 

そんなこと、毎回やってられっか。ストレスたまる。

おそらく、それは正しい意見です。

 

だから、電車で一度しか会わないような人間には厳しい物言いで指摘するほうが、良い。

そんな考えもあるでしょう。

 

会社でいろいろと厳しい言い方で指摘する。

たくさん指摘する上で、いちいち相手のことまで考えて穏やかな言い方なんて考えてられない。

コストがかかりすぎる。

それに、どんな言い方をしても、反対勢力というものは少なからず存在します。

 

となれば、コストをかけずに厳しい言い方をして嫌われ役を買って出る、というのは適切な選択肢なのかもしれません。

 

どこまで人への配慮にコストをかけられるかは、お金と同じで人それぞれなのですから。

 

■我々にとってコストは有限。使いどころを考えるしかない

ただ、人と協働するには、人に動いてもらうには、信頼関係が必要です。

強制力や恐怖で動かすことは、自主的に動いてもらうわけではなく、嫌々行動させることになります。

 

どちらが成果が上がるのかは、明白でしょう。

 

ですが、先ほども述べたように、万人に対して信頼関係を築こうとすることは、コストが非常にかかります。

感情を抑えることにストレスがたまり、辛い日々になるかもしれません。

 

逆に、ストレスをためることなく完璧に自分の感情を制御し、相手に寄り添うことができれば、最強です。

極端に言えば、自分がどう思ってようがそれに関わらず、相手のほしい言葉を発することができるなら、完璧に信頼関係を築くことができます。

 

…今、そんな人間いやだなぁ、なんて思ったのではないでしょうか。

そんな対応されたら嫌だなぁ、と。

 

が、傍から見て、感情を制御していることがわからなければ、感情に嘘ついてこちらに合わせてくれているとも感じません。

コストをかけまくって完璧に信頼関係を築くために演じられれば、我々はその人を信頼してしまうでしょう。

 

これは、少し前のAIが過熱していた時期、ロボットは感情を持つの?というテーマで話されていたことと同じです。

 

プログラム的に、人間っぽく回答するようにしてるだけ。

でも、外から見れば、人間と変わりない反応をする。

それは、感情と言えるのか?

 

その答えは私は持ち合わせていません。

 

ですが、1つ言えること。

それは、ロボットだろうが、心にもないセリフだろうが、完璧に演じられれば心からの言葉と、普通の人には見分けが付かないということです。

完璧な演者の前には、心を許し、信頼してしまうことでしょう。

 

なお、ロボットはストレスを感じません。

要するに、相手に共感しているように見せかけることに、まったく感情的コストがかからないのです。

 

無限にコストがかけられる、と言い換えても良いでしょう。

 

人間は信頼関係を築くために払えるコストが限られている一方、AIやロボットというものはコストが無制限。

これは、最強の信頼関係を築くモノ、と言えるかもしれません。

 

 

しかし、我々はロボットではありません。

感情で生きる生き物が、自分の感情を無視して人のことばかり考えて生きると、胃に穴が開くことでしょう。

 

だって人間だもの。

 

ロボットでない我々が生きていくには、信頼関係を築く人を選ぶ必要があるのでしょう。

 

そして、時には嫌われ役になる。

そんなコストをケチった選択肢も取らねば行けていけないのだと思います。

 

お金と同様、コストというものは必要な物事に支払うべきなのですから。

 

ただ、万人に嫌われるほどコストをケチるのは、得策とは私は思いません…。

コストを多くかけられる、またはコストのかけどころがうまい人が、コミュニケーション強者なのです。

 

 

★終わり★