凡人が成果を出すための習慣

残業ゼロで成果を出すには、どうしましょうか?

書くことは、考えを整理して何かのために経験をためておく事だ

みなさんこんにちは。

爽一郎です。

 

日記やブログ。毎日何かを書く習慣。

それは、なんとなくやったほうがいいな、と思う人が多い一方で、長続きしない習慣でもあります。

 

私はこうしてブログを書いています。

それ以外にも、日記のようなものを書いたりしています。

例えば、朝の通勤電車でしんどいときは「なぜしんどいのか?」と書いて原因を確認したり。

 

書くこと、というのはいろいろな有用性があります。

ブログは人に見せるためのものなので、文章力や読みやすい書き方などを意識するようになりました。

が、人に見せない日記や毎日の振り返りだとしても、とても有効です。

そんな書く習慣のメリットについて、今日はお伝えします。

 

書くことには、下記の2つのメリットがあります。

①自分の考えが整理される

②過去の考えを見返すことができる

 

一つずつ説明しましょう。

 

①自分の考えが整理される

基本的に人間は感情で動きます。

そして、感情をつかさどる脳の部位は脳の中心部に近く原始的で、言語をつかさどることをしません。

言語は脳の周りにある部位が扱います。

「頭がもやもや状態」というのは、感情から生まれた思考が脳の中心で渦巻いている状態です。

 

TED Talkで伝説的プレゼンテーションをしたことで有名なサイモン・シネック氏は、著書『WHYから始めよ』でこう述べています。

 

感情をつかさどる脳の部位に、言語能力はない。自分の感情を言葉で説明しようとすると、良く言葉に詰まるのは、脳の部位の能力がそれぞれ異なるからだ。例を挙げよう。既婚者に「なぜ、今の伴侶と結婚したのですか?」と尋ねても、明確な答えは返ってこないだろう。伴侶を愛している真の理由を言葉でどう説明すればいいのかわからず、相手はくどくどと遠まわしに話を進めるかもしれないし、無理やり、論理的な説明をくっつけたりするかもしれない。

~中略~

感情を大きく揺り動かされたから結婚したのだが、それを言葉で説明するのは至難の業だ。

~中略~

 同じことが、他の決断にも当てはまる。ひとつの決断をくだしても、なぜその決断をくだしたのかという理由を音場で説明するのはむずかしい。意思決定をつかさどる脳の部位は、言語機能をつかさどっていないため、私たちは無理やり説明をくっつける。だから、いくら世論調査や市場調査をしても、調査結果にいまひとつ信憑性が感じられないことがある。あちらの商品や候補者ではなく、こちらの商品や候補者を選んだのはなぜですかと質問すれば、いくらでもあとづけの理由が返ってくるだろう。だが、そう決めた真の動機まではなかなか掘り起こせない。それは、人々に理由や動機が分かっていないからではなく、それを言葉で説明するのがむずかしいからだ。意思決定能力と、決定をくだした理由を説明する能力は、脳の異なる部位に存在しているのだから。

 

 

生物学的に、人は感情をつかさどる脳の部位から物事を考え、決めるのです。

サイモン・シネック氏に言わせれば、それは言語化できない意思決定の理由となるとのことです。

だから、もやもやしている、という状態になります。

が、私はそれを、逆に自分へ質問することで言語化することで、脳の周辺を使って理性が理解できる形にすることは、完全でないにせよできると考えています。

 

回りくどい書き方をしましたが、要は、もやもやと考えていることが言語化することで整理され、論理的な脳部位で理解できるのです。

言い換えると、すっきりするということ。

これが、書くことの一つ目の有用性です。

 

 

②過去の考えを見返すことができる

人は、忘れます。

特に考え、イメージ、気持ち、そういう見えない者ほど忘れていきます。

 

Mr.ChildrenのDrawingという歌で、下記の歌詞があります。

この素晴らしい 煩わしい 気持ちを真空パックしておけないもんかなぁ

これは覚えることが困難な気持ち・感情というものを取っておきたい、そんなことを見事に言い表した歌詞ですね。

 

気持ちやイメージは記録することは難しいです。

文字として嬉しいとか悲しいとか記録しても、完全にその時の状態をトレースすることはできません。

ですが、何が起きたのかという事実と、それをうけて感じたことを記録し、思い返すことはできます。

これは、不完全ながらも経験を見える形にしておいておけるということだと、私は思っています。

書かなければ、残っているのは我々の脳みその中だけです。

記憶は改変されていくし、忘れるし、自由に引き出すことができません。

書く習慣は、経験の見える化を行う手段なのです。

 

書くことで、考えが整理されて頭すっきりし、未来の自分へ経験を見える形で残すことができる。

端的に言えば、書く習慣のメリットはそういうことなのです。

 

習慣というものは、メリットを感じないと定着しません。

将来元気な体を得たいという漠然とした目的で運動を始めても、目の前の運動をせずにお菓子を食べることで得られる快楽には負けてしまいます。

人は遠い未来に得られるフィードバックよりも、すぐに得られるフィードバックを優先してしまうのです。

書く習慣も、運動と同じですぐに得られるフィードバックは少ないものです。

ですが、毎日振り返ることでメリットを感じ、すぐに得られるフィードバックを感じることで、続けれらるモチベーションになるでしょう。

 

 

★終わり★