凡人が成果を出すための習慣

残業ゼロで成果を出すには、どうしましょうか?

気が付けば、無自覚にブラックな組織を作り上げている

とある大きな会社の、とある部署においての話である。

 

丸川という男がマネージャーとして数人のチームを率いて仕事をしていた。

丸川はとても優しい性格で、頼りないところはあるものの、チームのメンバーからも信頼は厚かった。

 

その会社は右肩上がりに成長していった。

それに伴い、丸川のいる部署も忙しくなった。丸川のチームの仕事量は増えていった。

丸川は普段から、優しさのあまり、メンバーが多忙であると見ると、メンバーに仕事は振らず、自分で仕事をしがちだった。

この繁忙期にも、丸川は自分の仕事を増やし続けた。メンバーはすでに多忙であると認識していたからだ。

だが、この繁忙期はこれまでよりも長かった。それどころか、会社の成長は終わりが見えない。

企業としては嬉しい反面、丸川の多忙な日々は続いた。

 

そんなことを続けていたため、丸川は当然のごとく過労で倒れた。

数週間、入院することとなった。

 

メンバーは、丸川が忙しそうであることは分かっていた。

だが、倒れるほどに、丸川が仕事をしているとは思わなかった。

仕事内容を見れば、メンバーに振れるものばかりだ。

だが、メンバーたちが多忙であるがゆえに丸川は自分で仕事をしたのだと、メンバーたちは悟った。

丸川は自己犠牲を払ってメンバーを気遣っている。

メンバーたちは丸川に感謝し、尊敬の念を抱いた。

 

 

丸川の同期に、竜崎という男がいる。

竜崎もまた、丸川と同じ部署で別のチームをマネージャーとして率いている。

 

竜崎は倒れた丸川のことを、こう語った。

「やつはとても良い人間だ。そして、プレーヤーとしても優秀だ。

だけど、マネージャーとしては足りない。自己犠牲では継続的には成果は出ない」

 

丸川チームのメンバーたちは、竜崎を冷たい人間だと感じた。

 

しばらくして、丸川は復帰した。

相変わらず優しく、メンバーに気遣うことは変わらない。

だが、メンバーは変わった。

もう丸川を潰すまい、丸川の負担を減らそう、と仕事を積極的に自分たちで受け取るようになった。

丸川は、メンバーの心配をしつつも、過労で倒れて再び穴をあけることもしたくなかったので、メンバーの行為に甘んじた。

 

会社は成長し、業務量は減るどころか、増え続ける。

丸川の上司である課長の采配で丸川チームに新しくメンバーが入ったものの、忙しさは変わらなかった。

 

丸川は過労で倒れることはなかった。

だが、メンバー側でそれが起こった。

丸川の負担を減らすため、メンバーが必死で働いた結果としてメンバーの一人が倒れた。

 

二人も過労を出した丸川のチームは、周りからブラック企業ならぬブラックチームと揶揄されるようになった。

丸川チームのメンバーは、「業務量が多すぎる!」と丸川の上司である課長に詰め寄った。

 

ブラックチームがある部署。それだけで課長の立場は危うくなった。

結局、課長は責任を取り、異動となった。

代わりに、新しい課長が配属された。

 

その課長は、丸川チームに仕事を振ることにとても慎重であった。

なにせ、過労で倒れる者を再び出すと、自分も異動になるだろうことは目に見えている。

 

結果的に、丸川チームの業務量は減った。

同時に、丸川チームの成果も下がった。振られる仕事が減ったのだから、当然だ。

 

これを「働き方改革の成果だ!」とメンバーは言った。実際、メンバーと丸川は以前よりも業務量は減り、働きやすくなった。

もう過労はない。

 

それを、竜崎は冷めた目で見ていた。

 

***
 
こう見えて、丸川と竜崎は仲が良い。お互い、部署で唯一の同期なのだ。
なんでも話し合える中ではあった。
だが、多忙であるため、最近は二人でゆっくり話すこともなかった。
 
この日、久々に丸川が竜崎に声をかけ、二人で飲みに行くことになった。
 
「竜崎は、最近忙しそうだね。僕のチームの仕事がいくつかそっちに回ったようだけど…ごめんよ。」
 
「まぁ、なんとかやってるよ。大丈夫だ。だが、不満がないわけじゃないけどな。」
 
「不満か…。僕がもっと頑張って仕事すればいいんだけど…。もう過労で倒れるとみんなに迷惑かかっちゃうから、それもできなくて。」
 
「いや、俺の不満は丸川が頑張って仕事をしないことじゃないよ。丸川がチームを任されているのに、マネジメントをしないことだ。」
 
「僕が、マネジメントをしないこと…?」
 
竜崎は思っていた。
丸川は自分を犠牲にし、次はメンバーを犠牲にし、最終的に成果を犠牲にした。
それはマネジメントの怠慢だ、と。
 
竜崎には課長が丸川チームに振れずにいる仕事が回ってくる。
不満ではあったが、受け取った。だが、受け取る条件を毎回、竜崎チームのメンバーと課長と話し合った。
人を増やす、外部委託する、優先度をつけて別のものを遅らせる。または、いま可能なゴール設定に置き換える。
自分で仕事を無理にこなそうということはしなかった。
メンバーに過剰な仕事をさせることもなかった。
それは長い目で見れば成果が出るチームにならないからだ。丸川チームがそうだったように、過労になる。
竜崎チームの成果は大きくなっていた。
 
チームのパフォーマンスを最大限にし、最善の成果を出す。そういうものが、竜崎はマネジメントだと考えている。
決して自分一人が、またはメンバーがむやみに頑張ることではない。
 
そんな思いの竜崎は丸川に対し、酒も入っているせいか、強めの口調で話を続けた。
 
「丸川は善人だ。とても良い奴だ。その点は、人として尊敬しているよ。
だけど、マネージャーとしては全くダメだ。反面教師でしかない。」
 
「メンバーのことは考えているつもりだけど…」
 
「メンバーのことを考えるだけがマネジメントじゃあないよ。
丸川がやっていることは、ただのプレーヤーとしての業務だ。
メンバーに負担がかからないようにプレーヤーとして業務をしているだけなんだ。」
 
「でも、一生懸命業務をこなしたら、メンバーとの信頼関係も上がったんだ。プレーヤーとして業務を一生懸命こなす事が、そんなに悪いことかな?」
 
「そうだな、丸川のチームは互いに信頼しあい、助け合ってると言えるかもしれないな。」
 
竜崎は少し間をおいて、続けて話した。
 
「…丸川チームで丸川に続いて過労で倒れたメンバーが出たとき、ブラックチームと呼ばれたこと、覚えてるか?」
 
「ああ、あれには腹が立ったよ。」
 
「丸川はブラックチームと呼ばれるようになった原因について、どう思っている?」
 
「うーん。そもそも部署の業務量が多くて、課長がそれを減らしてくれなかったことというか…」
 
「まぁ、課長がマネジメントしていなかったのは確かにあるかもしれないね。
でも、この場に課長はいないしその話をしても仕方がない。
丸川に何か原因がなかったかと問われたら、どう考える?」
 
「そうだね。課長のせいにしても仕方ないね。
僕は…やっぱり仕事をもっとうまくこなせたら良かったのに、こなせなかったことだと思う。
他には、今は思いつかないよ。」
 
「なるほどな…。
やっぱり、丸川は『プレーヤーとしてがんばること』にしか頭がいってないように思える。
それが、ブラックチームを作ってしまった理由だよ。」
 
「どういうこと?僕はただがんばって仕事を…」
 
「落ち着いて聞いて欲しい。
丸川のチームは信頼関係が築かれているとは思う。けど、新しく入ってきた人間には、丸川チームの光景はどう見えると思う?
実際、丸川チームに後で入った新人がいただろ。彼が、丸川チームに配属されたときに、俺にこう漏らしていた。
『丸川チームは異常だ』と。」
 
「ええ!?」
 
「ちなみに、彼を責めてはいけないよ。彼の感覚は、正常だと思う。
どれだけ忙しくても、丸川のようにみんな働き続ける。
丸川を助けるために。
彼も、次第に働かないといけないチームの雰囲気に飲み込まれ、残業を重ねていたらしい。嫌々やっていたんだ。
丸川と他のメンバーの信頼関係はあるのかもしれない。だが、新人の彼にはそれは理解できなかったんだ。
そうして過労で倒れたメンバーが自分のチームにいるわけだ。そんな姿は、きっと彼からすると異常にしか見えなかったに違いない。
そしてそれが、ブラックチームと言わしめた理由だと俺は思うんだ。」
 
「メンバー同士、頑張って仕事をこなすのがブラックだって言うのかい?」
 
ブラック企業は経営者が悪、なんてシンプルな話じゃないんだ。
従業員から搾取してやろう、という悪意を持つ経営者も確かにいるだろう。
でも、外から見れば、丸川チームはブラック企業と同じだった。
そして、丸川はどう見ても善人だ。悪い経営者じゃあない。
ブラックになる他の原因は、マネジメントが足りなことだよ。
善人でも、マネジメントが不足すればブラック企業を作ってしまう。
ほとんどのブラック企業が、始めはそうではなかったはずなんだ。
創業者は熱意に燃えて、それに呼応する人々が集まって企業を開始したなら、彼らのモチベーションはとても高い。
それこそ、いつまでも仕事をし続けるほどに。
だけど、後で入った来た、熱意のレベルが異なる人間に同じ熱量での働き方を押し付けるとどうなるだろう?
周りからの圧力で同じレベルで働こうとするかもしれない。
でも、いつか潰れる。
そうして、ブラック企業だなんて呼び名になる。
丸川は、優しい。だが、優秀なマネージャーじゃない。
丸川の何が悪いかと言われれば、チームを率いる立場にも関わらずマネジメントについて学んでいないことだ。
仕事量が多いなら、今できる最善の方法を考えないといけない。
仕事量を減らす、人を増やす、他のリソースを使う、目標を変える、メンバーがもっとパフォーマンスを出せるように施策を考える。
丸川は、そういったことはせずにただがむしゃらにプレーヤーとして業務をこなしていただけだ。
そのプレーヤーとしての姿を見たメンバーは丸川と同様の働き方をして、過労になった。
マネジメントの知識があればもっと最善の道があるかもしれないのに、盲目的に目の前の業務をこなし続ける。
丸川はその行為で信頼関係を作り、人を動かしたかもしれない。
ずっとそこにいる人間は、違和感がないかもしれない。
でも、周りから見ると気合で頑張ろうとしている、非効率で異常な行動に見える。
だから、新人には異常に見えたし、周りはブラックチームだと認識したんだ。」
 
「そんな…。
でも、マネジメントなんて、何なのか良く分からないし、知る必要があることすら誰も教えてくれなかった…。」
 
「IT業界にいればITの知識はつけようと勉強する。
どんな業界でも、テクニカルな知識はみんなつける。
ないと業務できないもんな。
でも、マネジメントの必要性は見えにくいから、みんな勉強しない。
自ら必要性を見出さないと、理解できないスキルなんだよ。
丸川がプレーヤーとして一生懸命に働いていることは認める。
メンバーも丸川も、それに充実感を持っているだろう。
でも、最終的には丸川チームの成果は下がった。頭打ちってやつだ。
ここから丸川チームを成長させるには、マネジメントが必要だと俺は思うよ。」
 
丸川は思った。
自分は、人のことを考える人間だと自負していた。
優しいと人からも良く言われる。
だが、自分がブラック企業のようなものを作っているとは思わなかった。
ブラック企業やブラックチームなんて作りたくない。
そう考えていても、無自覚にそれを作り出す怖さを、彼は身を持って知った。
 
 
マネジメントを知らずに組織を率いることは、マネージャーを不幸にし、メンバーを不幸にし、ブラック企業として社会も不幸にする。
マネージャーのマネジメントに対する無知は、罪なのだ。
 
あなたのすぐ近くにも、無自覚に作られたブラック組織はあるかもしれない。
 
※フィクションです。
 
★終わり★