凡人が成果を出すための習慣

残業ゼロで成果を出すには、どうしましょうか?

小説:ヒーローの管理職 第10話 自分の管理の章6

マネジメントについての連続小説です。

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 異能犯罪者捕獲部隊には、1ヶ月に1度、全隊員が休暇を取ることなく出勤する日がある。全体定例日と呼ばれ、その日のどこかの時間で全員が集まり、重要事項の連絡を行う。基本的には、司令官から隊員へヒーローアソシエーション上層の決定したなんらかの内容を伝えることが多い。東條は全体定例日に朝礼を開き、隊員へビジョンを伝えることにした。
 全体定例日の朝礼にて、ヒーローアソシエーション全体の連絡事項などを伝えた後、東條は次のように続けた。
「…朝礼の最後に、私からの共有事項があります。それは我々、異能犯罪者捕獲部隊としての目指すべき姿です。チーム全員が同じ方向を向いて異能犯罪者と戦っていけるよう、我々の実現したい未来、ビジョンを共有したいのです。」
 そう言って東條はオフィス中央部にある大きなメインモニターに資料を映した。
 プレゼンテーションの資料である。
 東條はなぜビジョンが必要かを隊員たちに理解してもらうため、資料を作成したのだ。
 東條は丁寧に説明する。
 隊員たちが、ただただ目の前の戦いをこなすような感覚になっている現状。
 組織の方向性がないためにそのような状況が引き起こされているということ。
 異能犯罪者捕獲部隊がチームとして動くためには、チームとしての方向性が必要であること。
 自分の過去の話や隊員から聞いた話。東條は、それらの話を交えながらビジョンを作った流れや、思いについて説明した。
 いや、説明ではなく、人を動かすための演説に近かっただろう。
「私は、皆さん全員からそれぞれどういう思いでヒーローをしているのか、お話を聞かせていただきました。
 私自身も、どんな思いで司令官をしているか、自分と向き合って考えました。
 そして、皆さんの思いと、私の思い。それらを合わせたビジョンを作ったのです。」
 東條はオフィス中央部にあるメインモニターへ、ビジョンを表示させた。
 ”異能者と非異能者が共存できる社会にする”

 三つの行動指標もその下に書かれている。
 ”非異能者を助け、信頼関係を築く"
 ”異能犯罪者を止める”
 ”自らの能力をより社会に役立てられるようにする”

 自分の異能が生かせる社会。
 異能者でも疎外感のない社会。
 異能者が恐れられることが無い社会。
 そんな社会を実現したいという思いを、東條は隊員に伝えた。
 説明し終えた東條は、質問がないかを確認した。
 すると、少し間があった後に、1人の隊員が発言した。
「一つ、確認したいです。」
 無表情でそう言ったのは、青森慎吾(あおもり しんご)。27歳。戦闘チームに所属する長身の男である。能力は”音速”。身体能力が高いタイプのヒーローだが、青森の特徴はとにかく移動速度が速いことだ。能力の名の通り、音速で移動できる。表情は不愛想だが、まじめに任務をこなす隊員だ。音速での攻撃の威力はとても高いが、速度のコントロールが難しい能力ということもあり、負傷は多い。
「”自らの能力をより社会に役立てられるようにする”についてですが、これは、プライベートでもそういうことを考えろってことでしょうか?僕の”音速”でピザ配達するとか、そういうことじゃないですよね?」
 東條が少し笑いながら答える。
「ピザ配達も悪くはないと思いますが、私はそういう考えでこの行動指標を作ったのではありません。あくまでも私はこの部隊の司令官です。プライベートのことは言及しません。ただ、私は皆さんに、あなた方の能力をもっと生かすには、どういう戦い方や武装、チーム編成が良いのか、考えて提案してほしいと思っています。私ももちろん考えますが、自分の能力は自分が一番知っているはずです。”自らの能力をより社会に役立てられるようにする”はそういう思いを込めています。」
「なるほど、ありがとうございます。」
 青森は答えた。
 一度質問が来るとみな質問しやすくなるのか、その後いくつか質問が続いた。
 それぞれの質問について、東條は丁寧に答えた。
 反応は上々といったところか。
 東條は朝礼を終え、ほっと一息ついた。

 だが、赤崎は納得していないように見えた。東條のプレゼンテーションを睨みつけていたが、彼からの質問はなかった。東條が説明したビジョンを受け入れたようには思えなかった。

 東條はビジョンと行動指標を、オフィスのあちこちで見えるようにした。
 ビジョンである”異能者と非異能者が共存できる社会にする”
 そして、3つの行動指標。
 ”非異能者を助け、信頼関係を築く”
 ”異能犯罪者を止める”
 ”自らの能力をより社会に役立てられるようにする”

 そうして東條自身、ビジョンを意識した行動を常に行うようにし、出動要請時の指揮も、ビジョンに即した行動を指示するようにした。
 ”自分の管理”の一つ、”ビジョンを共有し続けること”を実直に実践したのだ。

 すぐに隊員に変化があるわけではなかった。
 だが、ビジョンを共有して1ヵ月が経ったころ、少しずつ変化が見えてきた。
 戦闘チームの青森が出撃時に見せた、非異能者へのある振る舞い。それが、東條が初めに気がついた変化である。
 青森は、よく言えばまじめに指示をこなす、悪く言えば指示以外のことはあまりしない隊員だった。それゆえ、非異能者を助ける際には業務として助けることしか頭にないため、非異能者とのコミュニケーションなど皆無であった。
 しかし、ある日の出動のこと。彼の振る舞いが変わった。
 企業を解雇された異能者が、その企業の役員の家に押し入り、撤回を求めて能力を使って脅すという事件がおきた。犯人はその役員の家にたてこもり、役員とその妻を監禁していた。役員には中学生の娘がいたのだが、塾に行っていたために難を逃れた。だが、娘は両親がいつ殺されるとも知れない状況で、現場の前で恐怖におびえて衰弱していた。
 その時、東條は青森を出動させ、両親を家から助け出すことを指示した。これまでの彼であれば、指示通りにターゲットを家から脱出させて終了、というところだったに違いない。
 だが、この時、現場に着くや否や、青森は役員の娘に対して安心させる言葉をかけた。
「大丈夫。僕たちがすぐにご両親を助け出します。信じて待っていてください。」
 青森のその言葉に、東條は驚いた。
 その後、任務を完了させて戻ってきた青森に、東條は尋ねた。
「青森さん、ターゲットの娘さんを安心させる言葉をかけていましたね。すばらしい配慮だと思います。」
 青森は答えた。
「司令官が言ったビジョンのことを考えていたら、そういう行動って重要だと思っただけです。僕たちは戦闘マシーンじゃない。それを人々に伝えたかった。非異能者との共存を実現するには、非異能者の人々に”僕らも彼らと同じ人間だ”っていうことを理解してもらう必要があると思ったんです。」
 まじめな彼だからこそ、ビジョンの実現についてもまじめに考えてくれたようだ。
 東條はうれしさがこみ上げた。

 また、別の隊員にも変化が見られた。異能犯罪者が建物を倒壊し、数名ががれきの下敷きになる事件があった。
 その異能犯罪者は赤崎の活躍で取り押さえられた。ここまではいつも通りであったが、違ったのはその後の隊員の行動だ。
 赤崎はすぐに帰還してしまったが、他の隊員はがれきの下にいる非異能者は自発的に救った。これまでは、単純に人を助ける、という行為は自衛隊やレスキュー隊に対応を依頼することが多く、異能犯罪者捕獲部隊のヒーローは対応しないことがほとんどだった。黄原はちょこちょこそういった行動を以前から行っていたが、指示がない限りは、他の隊員は基本的には対応しなかった。
 だが、その時は隊員が自発的に対応をしたのだ。
 東條はその隊員に話を聞くと、”非異能者を助け、信頼関係を築く”や”自らの能力をより社会に役立てられるようにする”という行動指標を考えた結果、その行動に結びついたとのことだった。

 徐々に隊員たちに行動は連鎖する。
 出動時の些細な行動ではあるが、隊員たちのビジョンへの意識が現れてきた。
 そういった行動の積み重ねから、非異能者からのヒーローの評判も変わってきたようだ。
 これまで「ヒーローは守ってくれるしかっこいいが、私たちとは別の存在な気がする」というような声が多かった。
 だが、少しずつ「優しい声をかけてくれて、安心できた。」とか「人間味がある。」とかそういった意見が現れた。
 定期的に、ニュース番組ではヒーローの活動が報道特集されており、その中でヒーローの印象が変わってきたことが特集されていたのだ。

 さらに、”自らの能力をより社会に役立てられるようにする”という行動指標を意識し、戦略を提案してくる隊員も現れた。
 白川ともう1人の隊員、桃地沙里(ももち さり)との女性隊員コンビが、必殺技のようなものを考えてくれた。桃地はサポートチームのメンバーであり、能力は”テレポート”。いろいろなものを遠くへ一瞬で移動させることができる。とはいえ生物のテレポートは危険なので、無機物に限る。主には武装など、状況に応じて必要なものを戦闘チームへ送ることを行う。
 白川と桃地の2人は、白川の放った銃弾を移送させ、遠隔での銃弾攻撃が実現できないかと、東條のもとへ相談に来たのだ。
 桃地の”テレポート”は移動させる物体へ意識を集中させる必要があり、放たれた銃弾を移送するようなことは基本的にはできない。だが、白川の”サイコキネシス”で銃弾を数秒止めることができれば、実現できるかもしれないという。
 ただ、白川は今のところ、速度を緩めることはできるが、止めることはできない。また、桃地も数秒でテレポートさせるにはトレーニングがいるという。
 とは言え、東條には実現性が低い必殺技ではなさそうに思えた。実現すれば、白川をオフィスに待機させつつも、銃撃による高度な攻撃ができる。
 東條は2人に感謝の意を示し、トレーニングの許可を与えた。
 白川と桃地は、彼女たちの能力をさらに社会に生かす方法を考えたのだ。そうして、東條にも思いつかない技をひらめた。

 東條はビジョンが浸透してきていることを実感した。
 だが、赤崎は相変わらずであることが東條を悩ませていた。
 彼の態度は変わらない。
 東條は、もう一度真剣に赤崎と向き合う必要があると考えた。

★つづく★