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小説:ヒーローの管理職 第8話 自分の管理の章4

マネジメントについての連続小説です。

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 今から4年前。
 異能犯罪者と戦うためにヒーローアソシエーションが設立され、16年が経った頃だ。
 東條はその時、ヒーローの一人であった。
 ”石”の存在は、現在においてはヒーローアソシエーション内部の人間の多くが知っている事実となっている。だが、当時、"石"はヒーローアソシエーションの大部分の人間にすら秘匿された事項であった。異能犯罪者捕獲部隊においても、司令官のみが知るという状態だった。
 世間は、東京周辺に理由はわからないが異能者が生まれだした、という認識である。
 東條も多分に漏れず、当時は"石"のことは知らされていなかった。自分の異能も、なぜ発現したのかは分からずにこれまで生きてきた。捕まえた異能犯罪者の能力は、"石"ではなく特殊な遺伝子操作で取り除くと説明を受けていた。

 異能犯罪者捕獲部隊の当時の司令官は、西陣宗介(にしじん そうすけ)。壮年にさしかかる年齢で、司令官でありながらも、現場に出てヒーローとして戦っていた。いわゆる、プレイングマネージャーと言うべきだろう。
 西陣は、司令官としての現場指揮能力が高く、なおかつヒーローとしての力量も凄まじいものだった。高い身体能力に加え、炎を操る力を持っていた。出動要請時には、自ら現場に度々出て、指揮をしながら自らも戦うという、まさにゲームの中の戦国武将の様な人物であった。
 隊員には厳しい人だったが、人望は熱い。歴代で最強、かつ最高の司令官と皆が思っていた。
 東條も、西陣のことをとても慕い、憧れていた。東條もそれなりの成果を挙げるヒーローではあったが、西陣には一生かけても追いつけない。そんな場所にいるヒーローだという思いすら、東條は抱いていた。
 だが、そんな強すぎるヒーローだからこそ、敵も多い。強烈なリーダーシップで異能犯罪を取り締まり続ける西陣への恨みから、異能犯罪者は西陣の家族を標的にした。西陣の最愛の妻と子供は異能犯罪者に、西陣の留守を狙って殺されてしまったのだ。
 その異能犯罪者は間もなく捕まったが、西陣は家族を失ってしまった。
 だが、西陣はそれでも歩みを止めず、異能犯罪者を捕まえ続けた。相変わらず、西陣の目には強い意志が宿っている。少なくとも東條にはそう見えていた。

 だが、4年前のある日、その西陣が突如、ヒーローアソシエーションへ反逆したのである。しかも、異能犯罪者と徒党を組んで。
 その日、西陣はいつも通りヒーローアソシエーションへ出勤してきた。ただ違ったのは、西陣が見知らぬ幾人もの異能者を引き連れて出勤したことだ。そして、オフィスへは向かわずに"石"の保管場所へ向かったという。
 "石"の存在は機密事項である。それゆえ、ヒーローアソシエーション内の保管場所で厳重に守られていた。
 西陣は司令官だ。"石"の存在を知っていた。その"石"を西陣は強奪しようとしたのだ。
 複数の異能者を連れ、ヒーローアソシエーションの地下最深部の”石”へと攻め入った。
 もちろん、”石”の警備部隊もいるが、西陣の前ではないに等しい。”石”を警備する部隊は、すぐさま東條のいる異能犯罪者捕獲部隊へ迎撃を要請した。ヒーローアソシエーション内で、最も戦闘に長けたヒーローがそろうのは、異能犯罪者捕獲部隊の他にないからである。
 ヒーローアソシエーションの地下は、激しい戦禍に見舞われた。

 当時の驚きを、東條は今でも明確に思い出せる。
 何せ、ヒーローアソシエーション内に攻め入った異能者への迎撃要請など初めてだったし、しかもその襲撃は西陣の主導で行われていたのだ。
 西陣とともに攻め入った異能者たちの力は相当なもので、ヒーローたちと戦力は拮抗していた。だが、ヒーロー側に司令官はいない。司令官の西陣は、敵側にいるのだ。日頃、西陣の指揮のもとで活動していたヒーローたちは、初めてのヒーローアソシエーション内での戦闘というのもあり、うまくチームとして連携することができなかった。当時、サポートチームメンバー内に、司令官不在時に代理指揮を行うはいたのだが、それでも西陣の司令官としての力量と比べれば、明らかに見劣りする。
 戦闘の能力も、現場を指揮する能力も高い西陣。彼が構える敵陣に対して、ヒーローたちが1人、また1人と倒れていった。
「お前たちを手にかけたくはなかった。」
 そう言った西陣が、涙を流しながら東條の仲間を自らの炎で焼く姿は、東條の目に焼き付いている。
 事態が事態なだけに、非番のヒーローたちも召集させられた。数の力で敵の異能者たちを幾分倒したが、西陣が率いる異能者集団は強く、ヒーローアソシエーション側の劣勢であった。

 東條は西陣が反逆したという衝撃を受けたものの、次々と倒れていく仲間を助けたい、この戦いを終わらせてこれ以上犠牲者は出したくない、そいういう思いで戦いに身を投じていた。
 隊員たちはみな、東條の能力を使わねば西陣を止めることはできないと考えていた。そのため、東條をかばって仲間がやられていく。
 東條の能力は”停止”。目の前の人間の動きを文字通り止めることができる。時間をかけて集中することで、カメラの映像越しなど、距離が離れていても相手が見えさえすれば止めることができた。とはいえ、それは弱い相手ならばの話である。西陣ほどの相手になると、直接視認でしか止められず、止まったとしてもわずか数秒である。だが、戦いにおいては数秒が勝機となる。
 東條の能力を使った作戦を、東條の同僚の一人、南部(なんぶ)が提案した。
「俺が行く。俺が西陣司令官の前まで捨て身で行く。司令官の前についたら、東條、お前の力で司令官を止めてくれ。あとは、俺の能力で…」
 南部の能力は、"爆弾生成"。触れたものを爆弾に変えることだ。なお、人体を爆弾にすることはできない。無機物に限る。
「南部、お前、自爆するつもりか!?」
 東條が言った。
「頼んだぞ、東條。」
 そういうと、南部はフルフェイスマスクを外し、手に持って西陣へ向かって行った。
 他の異能者の攻撃を受けながら、そして、西陣の炎を受けながら、南部は火まみれの体で捨て身で西陣のもとへたどり着いた。
 東條は、覚悟を決め、西陣へ手をかざした。
 西陣の動きが数秒、止まる。
 その間に南部は手に持ったマスクを全力で爆発させ、西陣や異能者もろとも自爆した。
 あまりにも激しい爆発。東條は吹き飛ばされた。ヒーローアソシエーションの地下は、崩壊した。

 跡形もなく西陣も南部も吹き飛んだ。だが、”石”はさすがに厳重な防壁で守られていたため、崩壊した地下から無事に引き揚げられた。
 結局、西陣が連れてきた5名の異能者のうち、4名は死亡が確認され、残り1名は西陣、南部とともに吹き飛んだと考えられる。異能犯罪者捕獲部隊の隊員も、ほとんどが死亡もしくは二度と戦えなくなるほどの重傷を負った。
 多くの犠牲を払ったこの日は、ヒーローアソシエーションでは”悪夢の日”と呼ばれるようになった。
 西陣はなぜ”石”を狙ったのか。それは今となってはわからない。”石”の力に目がくらんだのではないか、という者もいる。家族を失ったショックから、おかしくなってしまったのではないか、という者もいる。
 だが、東條はどれも納得できなかった。涙ながらに隊員を手にかける西陣の姿には、彼の決意が感じられた。彼には、彼の明確なビジョンがあったように思えるのだ。それが何だったかまでは、東條には分らないが。

 大きな事件であったが、内部の人間、しかも司令官が反逆したなどということを公表することはできず、ヒーローアソシエーションは、この事件を異能犯罪者集団による襲撃とだけ発表した。
 東條は大けがをしたが、異能犯罪者捕獲部隊としては唯一、復帰可能なレベルの負傷であった。他のヒーローはすべて、戻れなかった。
 結果として、東條は犯罪者集団を退けた隊員の唯一の残存ヒーローとなった。白川が東條を神格化してしまうのも無理はないかもしれない。
 急なヒーローの入れ替えのため、異能犯罪者捕獲部隊は若い隊員を補充せざるを得なかった。それが、今の人材不足につながっている。今のヒーロー達は、圧倒的に経験が足りないのだ。
 この事件がきっかけで、”石”の存在はヒーローアソシエーション内には知れ渡ることになった。
 知る人が増えると、どうしても秘密は漏れてしまうものだ。政府は今でも”石”のことは公表していない。だが、今では、インターネット上ではよく、異能の力を発現させ、そして取り除く力を持った"石"がヒーローアソシエーションにあることがささやかれている。
 東條はその後、自分を守って死んでいった仲間たちへの罪悪感から、ヒーローを辞めた。
 東條が辞める直前に配属された前司令官は、急遽他の部隊から異動した司令官であり、高齢であった。そのため、4年経った今、東條に白羽の矢が立ったのである。
 この戦いで東條は司令官の重要さを痛感した。西陣という司令官がいない戦闘。その代償。
 それがあったから、司令官としてチームを率いる依頼を受けたのだ。
 なお、その時の教訓から、万が一司令官が反逆したときに備え、対抗する力として異能犯罪者捕獲部隊は、昼と夜で部隊を分けられた。

★つづく★