凡人が成果を出すための習慣

残業ゼロで成果を出すには、どうしましょうか?

小説:ヒーローの管理職 第5話 自分の管理の章1

マネジメントについての連続小説です。

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 初めての戦闘指揮を終え、東條はまず、戻った3名を労った。赤崎には一言いいたい気持ちはあったが、感情に流されてはいけない。それもまた"自分の管理"である。
 東條は再び那須賀との会話を思い出す。

 1.自分の管理
  1-1.信頼関係を築く行動をとる
  1-2.ビジョンを共有し続ける
  1-3.マネジメントの時間確保

 その中にある、”1-1.信頼関係を築く行動をとる”についての会話である。

 ***

 那須賀が東條に尋ねる。
「チームで成果を出すためには、メンバーと良好な関係がいる。信頼関係だな。」
「ええ、そうでしょうね。」
「だから、"1.自分の管理"として、”1-1.信頼関係を築く行動をとる"ことが重要になる。」
「信頼関係築くのに、特定の行動がいるということですか。」
「東條。"信頼関係が築けている"ってどういう状態だと思う?」
「そうですね、信頼しあっているわけですから…安心してなんでも言えるとか、何をしても受け止めてくれるとか。そんなのでしょうか。」
「その通りだ。自分が尊重されていると感じ、たとえリスクのある行動や言動でも安心してとれる。
 それが信頼関係がある状態と言える。」
「なるほど…。では尊重されているとメンバーに思ってもらうために、マネージャーがとるべき行動があると。」
「ああ。"行動"というとなんだか心が伴わないテクニックの話のようだが、要はメンバーをきちんと尊重することだ。
 そして、メンバーを尊重しているということを、態度で表すんだ。」
「メンバーを尊重し、尊重を態度で表す…。」
「そうだ。
 態度で表す方法が、この2つだ。」
 那須賀は東條のノートに書き足した。

 ・アクティブリスニング
 ・フィードバック

「アクティブリスニングとフィードバック?」
 東條にとって、なんとなく聞いたことがあるような言葉だった。
 那須賀は続ける。
「一つずつ説明しよう。
 まずは、アクティブリスニングだ。傾聴というやつだな。
 信頼関係を築く方法として、”相手の話を傾聴する”ということはとても重要だ。
 パソコンから手を放さず、目も合わさずに話を聞く。
 話をしても無表情、無反応。
 こんな対応をとられた時、人は自分の話を聴いてもらえていないと感じる。
 また、話をさえぎられる。
 こちらの話を受け入れられず、否定から入る。
 こんな時は、こちらの考えが受け入れられていないと人は感じる。
 話しが聴いてもらえていない、意見が受け入れられていない。そんな相手に対して、東條はどういう感情を抱くだろう?」
「良い印象は抱かないですね…。無反応だったり、否定されたりすれば、次第に話すことが嫌になるかもしれません。」
「そうだろう。話すことが嫌になる。もし、メンバーがマネージャーに対してそんな気持ちを持てば、次第に会話は減る。
 こんなこと言っても無駄かもしれない。こんな行動をしても否定されるかもしれない。そう思われれば、相談もなくなるし行動も減る。
 メンバーからの自主的な発言や行動、チャレンジは減り、生産性が落ちるってことだな。」
「なるいほど…。」
「話を聴いている、ということを態度で示すこと。それがアクティブリスニングだ。
 アクティブリスニングはいろいろなスキルで構成されている。
 次のものを意識するといい。」

 ・体ごと相手を向き、傾聴の体勢を取る
 ・怒ったような表情や、無表情で対応しない
 ・「うんうん、なるほど、へぇ、そうなんですね」などのあいずち
 ・オウム返し
 ・自分なりの言葉で相手の言ったことをリフレーズする
 ・相手が考えているときは、沈黙して待つ

「こういった行動をとることで、相手は自分の話を聴いてくれていると感じる。
 それが信頼関係につながるんだ。
 まぁ、東條はできているほうだと思うが。」
「そうですか?そう言っていただけるとありがたいですが、もっと意識してみます。」
「良い心がけだ。次は、フィードバックだな。」
「フィードバックというと、感想を言うようなイメージですね。”良かったと思います”とか。
 信頼関係のため、相手を褒めるということですか?」
「厳密には、フィードバックは感想を言うことや、褒めることじゃあない。
 フィードバックというのは、”事実を伝える”というのが本来の意味だ。」
「事実?」
「そう。褒めることは有効ではある。
 だが、褒めるという行為は、相手を評価することだ。評価というのは、立場が上の人間がしたの人間にすることという印象が強い。
 そのため、褒めることを多用すると、上下関係を意識させてしまうんだ。
 信頼関係を築くには、実際の立場の上限関係があったとしても、心理的には対等な立場と感じさせるほうがいい。」
「そうなんですね…」
「ちょっと疲れたな。少し、昔の話をしようか。」
「はい。いろいろアドバイスいただいてありがとうございます。休憩しましょう。」
「東條、お前がうちの会社にいたとき、すごく頑張っていたよな。一生懸命企画していたお前の姿、素晴らしかったぞ。」
「え!?いきなりなんですか!?」
「あと、お前がうちの会社に入ってから、企画の質が上がったとヒーローアソシエーションのアンケート結果で出ていたな。」
「はい。ありがとうございます。」
「その結果について、どう思う?」
「そうですね。ヒーローのために頑張ったことが報われた気がします。」
「これが、”褒める”と”フィードバック”の違いだ。」
「え?」
「初めに俺がいったのは、”素晴らしかったぞ”という俺の感想だ。お前を褒めた。
 そして、次に言ったことは、企画の質が上がったというアンケート結果、つまり事実だ。
 どちらのほうが、東條にとって”自発的な”ポジティブな感情を与えることができただろう?」
「”自発的な”ですか。
 ”素晴らしかったぞ”もうれしかったですが、自発的というよりは言われてうれしかった、という受け身的なものだったかもしれません。
 アンケート結果が良かったということについては、それがうれしい出来事だったと、自分で認識したような気がします。」
「そうだ。マネージャーからの偏見や主観ではなく、客観的な事実をもとにポジティブな感情を抱かせることができる。それがポジティブフィードバックというものの効果だ。
 マネージャーから主観的に褒められ続けても、いずれは”私の気分を良くさせるために、嘘をついているんじゃないか”と思われてしまう。
 メンバーの行った良い影響や結果などの事実を伝えるほうが、信頼感が生まれる。
 逆に、悪い結果を引き起こした事実を伝えることはネガティブフィードバックだ。直接マネージャーからことの是非を伝えるより、相手に改善が必要なことだと自発的に認識させるほうが効果は高い。
 実際そのためにはマネージャーはメンバーのしていることをよく観察する必要がでてくるしな。メンバーは”自分を見てくれている”と感じ、信頼関係が高まる。」
「なるほど。アクティブリスニングとフィードバックですか。」

 ***

 赤崎は指示を違反するという、ヒーローの任務においては一歩間違えれば大きな事故になりかねないことをした。
 だが、赤崎は自律的に動くという意図があって指示を違反したのかもしれない。感情に任せて赤崎を非難するのでは、赤崎のみならず、他の隊員の信頼関係までも脅かすと東條は考えた。
 信頼関係を築きつつ赤崎の行動へ対策するには、なぜ赤崎がそうしたのかを突き止めるほうが有用だ。アクティブリスニングとフィードバックを意識し、赤崎の考えを受け入れてから指摘を加えることにした。
 そこで東條は、赤崎を会議室へ呼び出し、まず任務を達成できた感謝の意を伝えた。まずは、成果を挙げたことへのポジティブフィードバックである。
「赤崎さん。お疲れさまでした。
 赤崎さんの迅速な行動により、無力化は現場到着から10分も立たずに達成されましたね。」
 東條は事実を述べることを意識した。
「…はい。ありがとうございます。」
 赤崎は少し怪訝な顔をした。前司令官の時は、指示の無視の際にはよく衝突していたらしい。受け入れた東條に戸惑っているのかもしれない。
 東條は、一般人と赤崎自身に被害が出てしまった事実を伝えたうえで、なぜ赤崎そのような行動をしたのかを確認する質問をした。

「赤崎さん、なぜ私の指示を無視して行動をしたのでしょうか?何か考えがあってのことだと思いますので、聞かせてください。」
 赤崎は東條に目を合わせず、言った。
「一般人の避難や犯罪者の能力の様子見なんかせず、先手必勝で一気にたたくほうが速く終わると思ったからです。
 実際、東條司令官も先ほど10分も立たずに無力化できたと言っていたじゃないですか。」
「一般人の身に危険がある可能性は、考えられませんでしたか?」
「危害が及ぶ前に無力化するべきだと考えました。」
「迅速に無力化されたことは、事実です。結果的に一般人に被害が及び、赤崎さん自身も軽微ではありますが負傷しました。これも、事実です。
 現場での迅速な判断、一撃でターゲットを無力化する戦闘力は、客観的に見て他のヒーローより秀でているでしょう。これからも発揮してほしい思いではあります。
 しかし、私はあなた方ヒーローと一般人が負傷せず、ターゲットを安全に捉えることが我々の成果だと思っています。早く敵を捕らえることではありません。
 今回の”透明化”の敵に対しては、先に白川さんの麻酔銃で無力化できたら、赤崎さんの負傷はなかったはずなんです。各ヒーローは得意・不得意があります。それを補い合うのが…」
 赤崎が東條のほうを急ににらみつけ、声を荒げて言った。
「俺は負傷なんて恐れていない!覚悟はできている!そして、ヒーローは強くあるべきなんだ!たとえ1人でも敵を殲滅できなきゃ、ヒーローじゃない!チームなんて必要ない!」
 東條は急な赤崎の変容に驚いた。彼の琴線に触れてしまったようだ。過去に何かあったのだろうか。
「赤崎さん、怒らせるつもりはありませんでした。」
 東條は冷静に答えた。東條は赤崎がなぜここまでチームより個人プレーを優先するのか、それをただただ知りたいと思った。
 東條は間を置いてから言った。
「私は赤崎さんの能力であれば、独力でもたいていのターゲットは無力化できる。そう思います。」
 東條は実際に赤崎は優秀なヒーローだと思っている。信頼関係を考慮し、こういうネガティブな状況だからこそ、ポジティブなことを伝えた。
 その後、東條はさらに間を置いた。赤崎はまだじっとこちらを睨みつけている。だが、少し落ち着きを取り戻した様子だった。
「ですが、赤崎さんでも不得手な状況はあるはずです。例えば、多数のターゲットと戦う場合や、長期戦です。赤崎さんのタイプの能力は、数時間に及ぶ戦闘には向かないでしょう?エネルギーを多く必要とする能力ですから、バテてしまう。そんな時は、仲間と協力して立ち向かう必要があるのではありませんか?」
「そんなことは分かっています。だから、トレーニングをしているんですよ。自分の弱点は知っているつもりです。それを埋める努力をしているんです。今日だって、それが分かっているから早く終わらせようとしたんです。」
 赤崎は吐き捨てるように言った。
 東條はなおも落ち着いて返す。
「無理に弱点を埋める必要はありません。お互いに弱点を補い合い、得意なことで大きな成果を出すことが、チームというものです。逆に、赤崎さんの能力は他の隊員の弱点を埋めることもできる。チームというものをもっと活用してみてはいかがでしょうか?」
「それは、他の奴らが俺の足を引っ張るということです。そんなのはごめんです。ヒーローは1人でも強くなくてはいけないんです。」
「なぜそこまで1人での強さにこだわるのでしょうか?」
 ここで、赤崎の動きが少し止まった。その後、少し逡巡した様子で答えた。
「それは…言いたくありません。ただ、俺は目の前の異能犯罪者は許せない。1人でも倒す力が欲しいんです。」
 そう言うと、赤崎は会議室を出て行こうとした。
 ドアに手をかけた赤崎に、東條は声をかけた。
「最後に聞かせてください。赤崎さんは、なぜヒーローとして戦っているのですか?」
 赤崎は今度ははっきりとこう答えた。
「当然、異能犯罪者をこの世からなくすためです。…では。」
 そう言って部屋を出て行った。

★つづく★