凡人が成果を出すための習慣

残業ゼロで成果を出すには、どうしましょうか?

小説:ヒーローの管理職 第3話 序章3

 異能者による犯罪が起きた時、異能犯罪者捕獲部隊は要請を受けて出動する。

正確には、異能者の犯罪を検知する部隊である”異能犯罪捜査部隊”から、東條たち異能犯罪者捕獲部隊でなければ対処できないと判断された案件の連絡が来る。

案件の多くは、異能の力を使った強盗犯や殺人犯を取り押さえることだ。異能者同士の喧嘩の仲裁、なんていうのもある。

異能者同士の戦いなど、警察をはじめとした一般人には手に負えないのだ。ヒーローアソシエーションには異能犯罪者捕獲部隊以外にも異能者はいるが、戦闘に長けた東條のチームでなければ対応が難しい。

なお、犯罪者には昼も夜もなく、いつ異能犯罪が起きるかわからない。とはいえ、24時間勤務することはヒーローでもさすがにできないため、異能犯罪者捕獲部隊は、夜間部隊が別途存在する。司令官も異なる。

これは、夜には夜の活動に適した能力を持つヒーローがいるため、夜と昼で部隊を明確に分けたほうが効率的だという考えからだ。

また、4年前の戦いは司令官の反逆によって引き起こされ、大きな犠牲が出てしまった。そのため、司令官を複数に分散することも昼と夜で部隊を分けている目的となる。

東條は昼の部隊の指揮を預かっており、犯罪者捕獲部隊というと一般的には昼の部隊を指す。

その異能犯罪者捕獲部隊には、東條を除き14名の隊員が勤務している。

だが、基本的にオフィスには9人か10人の隊員しかいない。というのも、犯罪者捕獲部隊にも休みはあり、週休二日制である。全員が一度に休みを取ることはできなため、シフトを引いて、一週間のうちに各自が二日、休みを取るという仕組みだ。

そのため、常時4~5人は休みを取っているため、必然的にオフィスには10人程度が勤務していることになる。

だが、それらの隊員全員が異能犯罪者を捕まえるために出動するわけではない。

 

隊員の役割は、2つに分かれている。

出動して異能犯罪者と戦う者が9名。常にオフィスには6名以上が出勤している状態とし、戦闘チームと呼ばれている。文字通り、戦闘に特化した能力を持つヒーローがメンバーで構成されている。

一方で、オフィスからサポートする者が5名。常にオフィスには2名以上が出勤している状態とし、サポートチームと呼ばれている。索敵のための透視能力や、状況に応じた武装を瞬間的に戦闘チームへ転送するような、支援に特化した能力のメンバーが主だ。

ちなみに、”サイコキネシス”の白川も、東條の挨拶後に憎まれ口を叩いた赤崎も、戦闘チームのメンバーである。

 

異能犯罪者は増加傾向にある。

今では、ばらつきはあるものの、異能犯罪者捕獲部隊に対して2日に1件程度の出動要請が来る。

さらに、最近ではヒーローアソシエーション自体を襲撃しに来る異能者が現れだした。

全ては、”石”の存在が一部の者に知られてしまった、4年前の戦いのせいである。

”石”は能力を消す。異能の力を無くしたくない異能者たちは、”石”の存在を疎ましく思い、”石”を保管しているヒーローアソシエーションへ襲撃を繰り返すようになったのだ。中には、組織的な犯行もある。

 

東條が着任した次の日、出動要請が来た。

2名の異能者が、一般人に対して危害を加えている、という状況らしい。

出動要請は、基本的には捜査部隊から東條への電話連絡によって行われる。

司令官は連絡を受けると、在籍している戦闘チームから隊員を3名選出し、出動を指示することになっている。

万が一、他にも同時間帯に出動要請が来た場合に備え、戦闘チームの残りの3名はオフィスに残すのだ。

そうして、戦闘チームが出動し、サポートチームと連携して異能犯罪者を無力化するために活動する。

ここで言う"無力化"とは、あくまでも異能犯罪者を気絶させたり拘束したりして戦えなくなる状態にすることであり、能力を取り除くことでは無い。異能犯罪者捕獲部隊が無力化した犯罪者を移送部隊が移送した後、"石"の力で能力を取り除く。

その日の出動メンバーとして、東條は、赤崎、白川、黄原の3名を指名しようとした。

だが、指名する前に赤崎が出動の準備を始めていた。

東條は少し驚きつつも、赤崎へ確認した。

「赤崎さん、まだ私は出動指示していないのに、私があなたに出動要請をすると、良くわかりましたね。」

「俺が出動しないと、満足に敵を無力化できないんですよ。ほかの奴じゃあ力が足りない。だから、俺が出るんです。いつも。」

東條は、問題児という言葉を再認識した。赤崎は他の隊員を見下しているようだ。

「無駄話している話はないんです、早く出動する他の2人を決めてください。誰でも一緒ですけど。」

そう言い放つ赤崎に、東條は返した。

「わかりました。でも、他の隊員をもっと信用してもいいと思いますよ。後で少し話を聞かせてください。」

東條はほかの隊員へ向き直り、

「白川さん、黄原さん。赤崎さんと共に出動してください。」

「了解しました。」白川と黄原がハモるように言った。

すでに戦闘用スーツを着用しにロッカーへ向かった赤崎を尻目に、白川が東條に小声でつぶやいた。

「すいません、いつもあんな感じなんです。でも、赤崎さんにみんな頼ってしまっているのは事実ですから…」

白川もまたロッカーへ向かった。

黄原は、大きな胸板を少し縮めて、力なさそうに笑みを浮かべながら東條へ会釈し、同じくロッカーへ駆け出した。

 

赤崎涼真。26歳。3年前から異能犯罪者捕獲部隊に勤務しており、自他ともに認める戦闘チームのエースである。

能力は”超身体能力”。常人より速く、常人より力が強く、常人より体が頑丈である。それも、圧倒的に。

単純な能力ゆえ、汎用性が高い。多くの戦闘向けヒーローはこの能力を持つ。

だが、赤崎のそれは、普通のヒーローを一回り上回るような能力値だった。

それゆえ、一対一では異能犯罪者に対して遅れをとることはほとんどない。

だが、その能力が赤崎が他の隊員たちを見下す理由となっているようだった。

自分でなければヒーローは務まらない、そんな驕りがあるように見える。

 

思えば、出動要請の前からその雰囲気は感じられた。

出動要請がない時は、基本的に隊員たちはトレーニングをしていることが多い。

東條はその様子を観察していたが、隊員同士の会話はほとんどなかった。

互いを信頼し合っていないような、そんな雰囲気だ。

そんな状態でチームとしてうまく連携できるのか、東條は不安に思った。

だが、そんな隊員たちが円滑に異能犯罪者を捕獲できるよう指示するのも司令官の仕事だ。

 

赤崎、白川、黄原の3人が現場へ移動を開始した。

移動については、遠い場合はヘリコプターだったり、近い場合は組織の車だったり、いろいろだ。

サポートチームには、ものをテレポーテーションさせる異能を持つ者はいる。だが、人間に使うとどうなるかわからないので、基本的には使わない。マウス実験で、テレポート後に死んでしまったり、一部が欠けたマウスがいるためだ。

異能犯罪の多くは東京都内、つまりは"石"が保管されているヒーローアソシエーションの近くで起こる。原則として、”石”に近いほど異能が強くなることが影響していると思われる。近い現場が多いため、出動にはヒーロー専用車を使うことが多い。

だが、赤崎はその超身体能力でビルの屋上を縦横に飛び移り、現場に急行していた。

渋滞もなく、直線距離で移動できるため、そのほうが移動が早いようだ。

足での移動が車より速いのは、赤崎と、”音速”の能力を持つ青森慎吾の2人だけだろう。

白川と黄原は専用車で向かっていた。おそらく赤崎が先に現場に着く。

 

司令官は、管理職としての仕事以外に、出動要請が出た時には現場をオフィスから指揮、または現場に直接赴いて指揮することも行う。

なお、東條が休暇の際にはサポートチームのメンバーが、代理指揮として、これを代行する。

多くの場合、現場よりもオフィスのほうがサポートチームの能力や衛星からの映像、ヘリからの映像などで現場の状況が俯瞰的に把握できるため、オフィスから指揮する。

今回、東條はオフィスから指揮をしている。

東條は、4年前まで戦闘チームのメンバーとして活動していた。

だが、東條の持つ異能の力は少し特殊で、サポートチームとして活動することも少なからずあった。

戦闘チームとサポートチーム、その両方の経験がある東條は、4年のブランクがあるとはいえ、現場の状況把握のノウハウがある。司令官には適任なのだ。

実際、引継ぎの期間中にバーチャルでの現場指揮トレーニングを行ったが、成績は上々であった。

とはいえ、初めての現場指揮である。東條は落ち着くよう自分に言い聞かせた。

そして、那須賀に教わった3つの管理の一つ、”仕事の管理”の一部を思い出していた。

 

***

 

那須賀が言った。

「仕事を指示するときは、次の三つを意識することだ。」

那須賀は東條のノートに次の文を記載した。

 

・指示のゴールとタスクの明確化

・指示の明文化

・指示の必要性の提示

 

東條はノートを見ながら尋ねた。

「ふーむ。どういう内容でしょうか。」

那須賀は続けた。

「まず一つ目の"指示のゴールとタスクの明確化"は、簡単に言えば指示内容を明確にするということだ。どうなれば指示を達成できるのかを明確化したゴールと、ゴールに至るための手順であるタスクを明確化するってことだ。

仕事の指示をするときに、ふわっとした言い方で指示をするマネージャーが結構いる。『これ、うまいことやっといて。』みたいにな。自律的に動ける優秀な部下にはそれで通じるかもしれないが、基本的にはNGだ。

ちゃんと、自分が相手に期待することを明確に伝えないといけない。でないと、せっかく部下は指示通りに仕事をしたと本人は思っていても、こちらが期待してた結果とは違うかもしれない。」

「なるほど。でも、ゴールやタスクをいちいち明確にするのって、面倒じゃないですか?」

「面倒に思うかもしれない。だが、明確な指示をせずに部下がこちらの意図と違う仕事をしてしまったら、そのカバーのほうが面倒になると思うぞ。」

「指示するときに、ちょっと面倒でもゴールとそこに至るためのタスクを明確に指示したほうが、結果的には楽になると。」

「楽になる、というよりは、自分の望む成果が得られるって言う方が正しいな。ただ、メンバーに考えさせて成長を促したい場合は、『タスクを自分で考えるように』というタスクを与えるのも一つのやり方だ。だが、どちらにせよゴールは確実に明確にしておかないといけない。

次は、"指示の明文化"だ。」

「指示のを文章にするってことですかね。」

「その通りだ。"指示の明文化"は、明確にしたゴールとタスクを、可能な限り文章にして伝えることだ。人間、口頭で聞いたことは忘れる。認識を確実に合わせるためには、文章で、メールや議事録や管理台帳なんかで伝えないといけない。」

「さらに面倒な感じはしますが、これも望む成果を得るために必要ってことなんですね。」

「まぁ、そうだな。さっきも言ったが、優秀な部下にはそこまで意識する必要はないんだ。リーダーとマネージャーの違いで言ったように、優秀な部下にはマネジメントなんてそこまで頑張ってしなくていい。

重要なのは、チームには優秀な人間のほうが少なく、基本的に凡人で構成されているという意識だ。最後に、"指示の必要性の提示"について説明しよう。」

「なぜその指示が必要なのか、を説明するということですか。」

「そう。"指示の必要性の提示"はメンバーに対して、その指示内容を実行することを納得させることだ。人間は、行動に理由を求める生き物だ。なぜ自分がその業務をする必要があるのか、納得しないと主体的に仕事をしない。やらされ感をもって仕事をしても、つらいだろ?」

「なるほど…。そうですね。でも、納得感を持たせることって難しそうですね。」

「そうだ。これが一番難しい。だからこそ、必要性やなぜそのメンバーが実施すべきなのかを、丁寧に伝えることと、その業務が本人にどんなメリットがあるのかを意識させることが重要だ。」

 

以上が、東條が那須賀から教わった”3.仕事の管理”の実践の一つ、下記を意識した適切な業務指示である。

 

・指示のゴールとタスクの明確化

・指示の明文化

・指示の必要性の提示

 

***

 

東條は、教わったことを意識し、戦闘の指揮を執ることにした。

 ★つづく★